韓国内やアジアを超えて、世界へとその影響力を広げるK-POP。その表現は音楽のみならず、映像やファッション、パフォーマンスなど、多様な領域を巻き込み、進化を続けている。なかでもMVやアートワークは、各アーティストのアイデンティティを表す重要なツールだが、そうした視覚的な要素を駆使して、アーティストを主人公とした複雑な物語を伝えようとするグループもいる。ここではK-POPにおけるヴィジュアルストーリーテリングの手法を、今年の「NHK紅白歌合戦」に初出場するTOMORROW X TOGETHERを例にひもといてみたい。
K-POPのアイドルグループは「コンセプト」がそのイメージを左右する。もちろん作品や楽曲ごとにコンセプトを据え、それを中心としてMVやアートワークが展開されるのはK-POPに限ったことではないが、とくにK-POPのアーティストはグループ自体がデビュー時から明確なコンセプトを伴って結成されたり、作品ごとに作り込まれたコンセプトをティザー写真から楽曲、MV、アートワーク、パフォーマンスまでのすべてに一貫して反映させたり、グループがコンセプトとセットで語られることも多く、アーティストもコンセプトの演者として世界観を表現する力を「コンセプト消化力」という言葉で評されたりもする。ある意味では「設定」とも言えるこのコンセプトの徹底は、ファンに作品世界への深い没入感を提供する。
たとえば「10代、20代に向けられる抑圧や偏見を止め、自身たちの音楽を守りぬく」という意味を込めて「防弾少年団」と名付けられたBTSは、「学校3部作」「青春3部作」など複数の作品をテーマごとにシリーズ化して発表してきた。また、「自我のアバターに出会い、新しい世界を経験する」という世界観のもと、仮想世界と現実世界を行き来する壮大なコンセプトを持って結成されたaespaは、デビュー曲“Black Mamba”に始まり、楽曲ごとに仮想世界への旅立ちや「ブラック・マンバ」との格闘といった一連の物語を展開。さらには「SM Culture Universe」と題された、SF映画のような映像作品シリーズも公開されている。
すべてのアーティストがこうした連続した物語を持つわけではないが、グループコンセプトを核にしたストーリーテリングにおいて、MVはその物語が紡がれる主要な舞台となる。
2019年にデビューした5人組ボーイズグループ・TOMORROW X TOGETHER(以下、TXT)は、「それぞれ違う君と僕がひとつの夢で集まって共に明日を作って行く」という意味がグループ名に込められている。
彼らは「チャプター」で区切られた連続性のあるアルバム構成を通じてストーリーテリングを行う。これまでに「The Dream Chapter(夢の章)」「The Chaos Chapter(混沌の章)」「The Name Chapter(名前の章)」、そして今年11月にリリースされた最新作を皮切りとする「The Star Chapter(星の章)」の4つの章が存在し、章ごとに複数のアルバムやミニアルバムを制作。青春の喜びや友情(The Dream Chapter)、混沌のなかでの恐れや選択(The Chaos Chapter)、誘惑と自己の探求(The Name Chapter)、広がる世界と愛情(The Star Chapter)などの地続きのテーマが、多様な作品やコンテンツを通じて追求されてきた。
物語の軸になっているのは、5人を主人公とした少年の成長譚で、自分と他者、そして世界との複雑な関係を等身大の若者のレンズを通して描き出している。つまりTXTの現実の活動と並行して、現在進行形でひとつの物語が紡がれているのだ。
ひとつの章が始まる=新作がリリースされるたびに制作されるコンセプトトレイラーは、映画の予告編のような役割を果たす。あわせて公開されるコンセプトフォトも、物語の世界観を掴む鍵となる。『The Chaos Chapter: FREEZE』(2021)の凍った廃墟や、『The Name Chapter: TEMPTATION』(2023)でのエデンの園を思わせる幻想的な自然の風景は、これから始まる物語の舞台がどのような景色なのかを一目でファンに伝える。
TXTが紡ぐ物語はそのヴィジュアル表現を含め、ファンタジー性が強いものが多い。デビュー作『The Dream Chapter: STAR』の収録曲“Nap of Star”では、MV自体も章立てになっており、ある日、目が覚めると頭にツノが生えていた少年(最年長メンバーのYEONJUN)を軸としたストーリーが展開される。
ツノが生えて自分が怪物になったような気分で森に逃げ込んだ少年は、耳や肩など身体の部位にそれぞれ特徴のある4人の少年(SOOBIN、BEOMGYU、TAEHYUN、HUENINGKAI)と星の下で出会い、仲間として受け入れられていく。その様子を『かいじゅうたちのいるところ』を彷彿させる絵本のような世界観で描いている。このほか『ピーターパン』や『ハリー・ポッター』といった誰もが知る冒険譚へのオマージュが見られる作品もある。
彼らが探す「星」や、成長に伴って起こる肉体的・精神的な違和感を表す「ツノ」など、作品を横断して象徴的なモチーフが登場するのも特徴だ。“Nap of Star”のMVで展開される物語は、そのままデビュー曲“ある日、頭からツノが生えた(CROWN)”の歌詞で歌われていることと重なる。制作陣がどこまで意図しているかはわからないが、ファンたちはMVやティザー映像などから様々なイースターエッグを見つけてつなぎ合わせ、SNSで考察を繰り広げる。受け手の解釈によって物語がさらに拡張される仕掛けが施されているともいえる。
2022年には『星を追う少年たち』と題されたオリジナルストーリーによるウェブトゥーンとウェブ小説が制作された。ここでは魔法能力が覚醒した5人組アイドルグループが「星の歌」を探すために奮闘する物語が描かれている。そしてそのサウンドトラックとして、TXTの新たな楽曲が公開された。メディアを横断して展開される彼らの物語は、その全体像を掴むだけでも一苦労だ。
いっぽうで「The Dream Chapter」と「The Chaos Chapter」をつなぐ2020年リリースの『minisode1 : Blue Hour』収録曲“We Lost The Summer”では、コロナ禍で文字通り夏を失った10代の日常を表現し、同世代の共感を集めた(ちなみに「紅白歌合戦」で披露されるのは同作の表題曲“5時53分の空で見つけた君と僕(Blue Hour)”日本語バージョン)。『minisode1 : Blue Hour』では、部屋の中でスクリーンを眺める時間の増えたパンデミック下の日々を反映したような、ピクセルアートによる縦型画像が公開された。
チャプターごとに展開する物語はTXTのメンバーが演じるフィクショナルなストーリーではあるが、TXTという物語の主人公は仮想世界を生きる彼らはではなく、現実世界を生きる主体性のある5人のメンバーだ。作られた物語に彼ら自身の経験や心情が重なって生身の身体で表現されるからこそリアリティを伴い、ファンも彼らの表現に精神的なつながりを見出すのだろう。
さらにグループのヴィジュアルアイデンティティともいえるロゴマークも、作品世界の構築に一役買っている。彼らのアルバムジャケットはすべてロゴが中央に配されたデザインだが、並べて見るだけでもその時々の物語とリンクするように有機的に十字が変化しているのがわかる。
デビュー作『The Dream Chapter: STAR』(2019)のロゴアニメーションでは、色だけが異なる2つの幾何学的な記号が出会って重なり合い「X」の文字を作る。TXTのブランディングを手がけるBX2部門のチェ・セヨルは、これは「自分と同年代の集団、つまり『僕たち』の関係のなかで、自らのアイデンティティを見つけようとする物語」を反映したと説明している(*1)。
『The Dream Chapter: MAGIC』(2019)ではこの記号が煌めく星のような形に発展し、『The Chaos Chapter: FREEZE』では混沌の中にいる少年たちの心情を表すように凍った十字の中で赤いハートが鼓動する。そして誘惑と対峙し自分自身と格闘する『The Name Chapter: TEMPTATION』では、大人へと成長していくなかでの心のゆらぎを反映するかのように曲線的な形状の文字がサイケデリックにゆらめくロゴになっている。
チェの同僚であるキム・イェウンが「ロゴは物語に沿って成長していくアーティストの姿を要約して見せる役割を果たしている」(*同上)と述べているとおり、本人たちの姿が存在しないロゴのデザインの変遷だけでも、その壮大な物語の展開を感じ取ることができるのが面白い。
このほかにもコンサートのVCRや、年末の大型音楽番組でのパフォーマンスなどが物語を進める一つの要素として機能することもある。このように音楽だけでなく、映像、写真、ファッション、パフォーマンスなどあらゆる視覚的要素を駆使して連続した物語を紡ぐアプローチは、心理的な面でもクリエイティブな面でも受け手の関心や共感を誘いやすい。さらに近年は観客がメンバーと交流するようなインタラクティブな体験もできるVRコンサートや、ヴァーチャルシンガーも人気を博しているように(前述のaespaも自身のアバターとステージで共演している)、デジタルテクノロジーの進化は、観客との新たな関係性を生み出す可能性をさらに広げている。
なお、TXTは1月5日に韓国で行われる音楽賞への出演を最後に長期休暇に入ることが発表されているため、この年末年始で彼らのライブパフォーマンスはしばらく見納めとなる。彼らのように作り込まれた並行世界の物語を展開してるグループばかりではないが、アイドルの身体を媒介に音楽と独自の美学の融合させるK-POPのヴィジュアル表現は今後どのように発展していくのだろうか。
*1——TXT’s logo chronicles how they’ve grown up - Weverse Magazine
https://magazine.weverse.io/article/view/667?lang=en&artist=TXT