公開日:2012年12月12日

東京アートミーティング第3回『アートと音楽-新たな共感覚をもとめて』

美術館で音楽を「見る」ということ、「聴く」ということとは?

東京都現代美術館にて、東京アートミーティング第3回『アートと音楽-新たな共感覚をもとめて』が開催されている。坂本龍一を総合アドバイザーに迎え、「見ること」と「聴くこと」が交錯する展示を通し、現代における音楽とアートの新しい関係について問いかける、というものだ。坂本自身もオノセイゲンや、ダムタイプ創立メンバーの一人、高谷史郎とコラボレーションした新作のインスタレーション2点を出展している。

歴史を紐解くまでもなく、いつの時代も音楽家と美術家は親交を深め、互いに影響しあってきた。20世紀初頭には、美術と音楽の差異を飛び越え、聴覚や視覚を自由に横断しようとする試みが、カンディンスキーやクレーらによって音を視覚化することで抽象絵画を生み出されてきた。60年代にはジョン・ケージが幅広い表現領域においてさまざまな実験を行い、それは今なお影響を与え続け、70年代に入るとサウンド・アートが確立される。今日、美術館において、音や音楽をテーマとした展示は「サウンド・アート」「メディア・アート」というかたちで一般化しつつある。

さて、展覧会場に入ると、最初に出合う音はセレスト・ブルシエ=ムジュノの《クリナメン》だ。白い空間の中央に張られた大きな青い池。その水面を、大小さまざまな白い磁器が浮かんでおり、ときどき器同士がぶつかりあって、音を発する。彼が手がけるサウンド・インスタレーションは非日常的な視覚空間の中に聞き覚えのある音の要素を含んでいるという。日常では雑音とされる音を独自のアプローチで再現している作品だ。インドネシアのガムラン音楽さながらの心地よい音色が時おり、かすかに会場に響き渡る。

続く部屋には、一変して薄暗い空間が広がり、そこに坂本龍一の新作2点が展示されている。まずはオノセイゲン、坂本龍一、高谷史郎による、音を聴く道具として抽象化された茶室《silence spins》だ。これは外側からのノイズを遮断して、内側での音の反響を抑える吸音構造になっており、高音の反射を遅らせる仕組みになっているそうだ。静寂のなか、全神経を集中させ、会場から聞こえてくる音に耳を傾けると、聴覚だけでなく、「音に触れる、触る」というような不思議な感覚をおぼえる。

もう一つの作品は、2台のピアノが断続的に音を投げかけあう、高谷史郎とコラボレーションした《collapsed》だ。プラトンやイェイツによる対話仕立てのテキストを一定のアルゴリズムによって音に変換し、それらのテキストを同時にレーザーによって周囲の壁に投影している。会話というものに着目した作品であり、街で会話しているようでも、会話というのはとても難しく、成立しているのかどうか分からない、といったようなことを表している。まるで2台のピアノが会話をしているように響きを奏でる。

カールステン・ニコライによる《ミルク》は、音の振動によって牛乳の表面に幾何学的パターンを生み出し、その瞬間を撮影した作品だ。10Hzから110Hzまでの、それぞれ周波数が異なる写真はまさに本展のテーマ、「聴くこと」と「見ること」が交錯する作品といえる。新作《干渉の部屋》は、2台の励震器で空気圧を変化させることによって、2チャンネル構成のサブ周波音を水面に伝送する仕組みの作品だ。それぞれの音は水の表面に同心円の波を繰り返し起こし、異なる音がつくりだす動きは互いにぶつかり合い、干渉のパターンをつくりだしていく。さらにこれにストロボスコープを使い音波を同期することによって、波形を展示室内のスクリーンに映し出している。科学的手法による分析でありながら、哲学的視点からの自然の考察ともなっているそうだ。スクリーンに投影された波のような動きは、美しく、ずっと見ていたいほどであった。

ずっと見ていたいといえば、会場最後の空間に展示されている池田亮司の《data. matrix [n°1-10]》は、近未来さえ感じさせるような、最先端のテクノロジーでもって、私たちの感覚、知覚を最大限に高める圧巻のインスタレーションだ。池田は、私たちが知覚する世界を、0と1の組み合せによって制御されるコンピュータのプログラムを介して「データ」として捉え直すことを試みる。世界を0と1で再構成し、すべての知覚を、音と光の関係性に書きかえることで、不可視とされている感覚も、視覚化され、さらには音として感じ取ることができるようになる。言い換えれば、すべての知覚を視覚と聴覚に集約するわけだから、その感覚は圧倒的であり、眩暈さえ覚えるほどだ。

吹き抜けの大空間を生かし、大友良英ら5名のアーティストがコラボレーション

そのほか、本展には、フロリアン・ヘッカーやクリスティーネ・エドルンドなど、近年国際的な評価を得ているアーティストによる作品や、大西景太、八木良太らの若手日本人作家も出展している。さらに、20世紀初頭のカンディンスキー、クレーの絵画や、ジョン・ケージや武満徹の図形楽譜などアーティストや音楽家が、過去から現在までどのように音楽と視覚芸術との関係の探求を試みたか、その歴史的観点も紹介されている。

”アート”として発せられる音を聴くということはどういうことだろうか。それは、音そのものを聴くということ、つまり音のキメや変化に耳を傾けることである。作品は発する音自体には何の意味もメッセージもないものだとすれば、自ずとその周りに意識が向くようになる。かすかな振動や、その音が発する環境に対して注意深く意識が、感覚が、向くようになり、聴覚だけでなく、視覚、さらには知覚などさまざまな感覚が働くようになる。その結果、作品に対する意識は拡張され、その他の感覚との境界を悠々とまたぐことができるようになる。

坂本龍一は「私たちはもう一度、現代のアートの役割を外界、そして自然にさらす必要がある」と語る。このように音それ自体を体験するアートでは、デジタル技術を利用して、音が伝わる原理である空気の振動そのものを体験したり、自然のエネルギーが作用して偶然に起こる音響を聴いたり、自然の中での「生態系の言語」を聴き取ろうとするなど、結果として「自然」も重要な要素となる。デジタル技術が発達するなか、人間とテクノロジーの関係、自然に対する問題など、こうした音の芸術がもつ力や捉え方の視点を通して、あらためて考え直すことこそ、今回の展覧会の狙いなのでないか、と言ったら考えすぎだろうか?


■REPORT■ MOT美術館講座 d.v.d ライヴパフォーマンス

本展覧会に関連して、「共感覚」をテーマにしたMOT美術館講座が会期中に3回行われる。第1弾は11月18日にd.v.dによるライヴ・パフォーマンスが2時間にわたって行われた。

d.v.d は、Itoken とJimanicaのドラムデュオと、映像作家・山口崇司からなるアーティストユニットだ。二人のドラムが奏でる音楽と山口がつくりだす映像を同期させることにより、2台のドラムが映像を操作し、映像が曲を奏でるインタラクティブな「ライヴインスタレーション」をライブハウスのみならず、美術館などでも行い、国内外から注目を集めているグループである。彼らのパフォーマンスは、観客の聴覚と視覚を同時に刺激し、まさに本展のテーマである共感覚を誰もが体験できるものとなっている。

ドラムが刻むリズムと同期した映像に観客はつい引き込まれてしまう
ドラムが刻むリズムと同期した映像に観客はつい引き込まれてしまう
ヘリコプターラジコンをつかって実験中
ヘリコプターラジコンをつかって実験中

彼らが面白いのは、プログラミングでしっかりと構成された表現に、演奏者同士の、あるいは演奏者とそこにいる聴衆との間で起こるライブなコミュニケーションが加わり、新たなインタラクティブ表現が生まれるところにある。ライブパフォーマンス中に観客の反応をみて、アレンジを加えたり、曲や映像を変えていったりすると言う。今回のパフォーマンスでは、「まだ一度も成功したことがない実験」と言いながら、ヘリコプターのラジコンを用いたパフォーマンスを披露した。本来であればiPadやiPhoneなどで操縦する4翼タイプのヘリコプターのラジコンを、音楽と同期させるというのだ。観客ははらはらと見守りながら、次の展開を期待するもあえなく墜落。最先端技術を単に使いこなすのではなく、彼らはちょっとしたアイデアや工夫、ときにそれをワーク・イン・プログレスな状態で披露する。この予測不可能なドキドキであったり、ユーモアが観客を引きつけるのであろう。

なお、12月15日には眞壁宏幹による講演会「“共感覚”の魅力~なぜ芸術家、教育者、心理学者は惹きつけられてきたのか-二つの世紀転換期におけるいくつかの事例を中心に-」が、12月23日には青葉市子のコンサート「うた降るμseum」が行われる予定だ。


TABlogライター:タカギミキ 横浜生まれの横浜育ち。アートとは無縁の人生を送ってきたが、とある企業のイベントPRに携わった際、現代美術と運命的な出会いを果たす。すぐれた作品に出会うとき、眠っていた感覚や忘れていた感覚が呼び起こされる、あるいは今までに経験したことのない感覚に襲われ全身の毛孔が開くような、あの感じが好き。趣味は路地裏さんぽ。 ≫ 他の記事

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