公開日:2012年2月22日

TOKYO FUTURE SKETCH —— 3.11以降、文化は未来をどのように描いていくか

東京クリエイティブウィーク 「FUTURE SKETCH 東京会議」2日目レポート


3.11の震災の後、これからの社会や未来をどのように描いていくか、文化や芸術はその過程においてどのような意味をもちうるか? このような問いかけで国際シンポジウム「FUTURE SKETCH 東京会議」が開催されました。(2011年10月29日 於:秋葉原コンベンションホール 主催:東京都、東京文化発信プロジェクト室[公益財団法人東京都歴史文化財団] 助成・協力:国際交流基金)

ゲストはオーストラリア国立大学教授で日本近現代史を専門とするテッサ・モーリス=スズキ氏、インドネシア出身の都市計画家のマルコ・クスマウィジャヤ氏、 オーストリア・ウィーン芸術週間チーフドラマトゥルグのマティアス・ペース氏、中国で建築から出版まで様々なプロジェクトを展開するオウ・ニン氏、3.11後に「プロジェクトFUKUSHIMA!」の活動を開始した音楽家の大友良英氏、そしてジャーナリストの津田大介氏です。

アーティストの日比野克彦氏がスーパーバイザーとなり実施した「TOKYO FUTURE SKETCH」のスペシャル・プログラム「FUTURE SKETCH BOOK」ワークショップの様子
2011年9月20日 三宅島会場 参加アーティスト:日比野克彦、近藤良平

 
復興を支える市民活動。芸術家の創造力が活かされるとき

基調講演ではテッサ・モーリス=スズキ氏とマルコ・クスマウィジャヤ氏がそれぞれの立場から、震災後の日本や東京の果たすべき役割について語りました。モーリス=スズキ氏からは現代の日本におけるNPOや草の根の市民活動が創造的であることと福島第一原発事故後、日本が世界に対して果たすべき役割について、クスマウィジャヤ氏からは環境問題の側面から見た大都市の役割と、そこからから導き出される東京の模範的役割についての提言がなされました。「震災後の日本に寄せて」「文化、災害、そしてエコ都市の未来とは?」と題されたそれぞれの講演の概要は、記事末で紹介します。

両氏からの提案に共通する意識は、「日本にはすでに成熟した市民社会と、模範的な先進性を持つ社会資本のシステムがあるが、その可能性を拡げることが課題である」 「市民や芸術家の創造性を引き出し、アジア太平洋地域をはじめとした海外の市民社会と交流していくことが必要である」という2点です。モーリス=スズキ氏は、特に原発事故からの復興のヴィジョンとして「一義的に物質的な復興を目指すのではなく、未来に対するネガティブなイメージを払拭し、ポジティブなものに転換する」という「精神的な復興」に向けた取り組みが必要であると述べました。「精神的な復興」とは、傷ついたアイデンティティや自尊心を回復することであり、そのためには、次世代を見据えた市民社会の動きや、創造的なヴィジョンを提案し実現していくことが求められているのだといいます。そしてクスマウィジャヤ氏は、それが求められているいまこそ、「芸術家の自由な創造性を引き出すことが必要である」と強調しました。

第2部ではまず津田大介氏より前日(シンポジウム1日目)に議論された内容が紹介されました。Facebookのようなソーシャルメディアがもたらした新しいコミュニティと新しいリーダー像についての議論、そして最終的に「人」がどのような役割を果たし、コミュニケーションを図っていくかという問題意識に帰着していくということについて、改めて振り返りました。そして司会の加藤種男氏(公益財団法人東京都歴史文化財団エグゼクティブ・アドバイザー)が、シンポジウムのテーマであり、今年度の東京文化発信プロジェクトのテーマである「TOKYO FUTURE SKETCH~日本の未来のために、文化ができること~」に込めるメッセージについて説明し、スペシャル・プログラム「FUTURE SKETCH BOOK」が始まった経緯について報告を行った後、パネルディスカッションが開始されました。(詳細は文末参照)

論点となったのは、社会と芸術の関わり、とりわけローカルなコミュニティにおけるアーティストの活動をどう捉えていくかについてです。
マティアス・ペース氏からは、ドイツとブラジルでの活動での経験から、社会構造や歴史が異なる場所では、人々にとって「芸術」の社会的な機能が全く異なるため、コミュニティにおける芸術家の活動について多様性を尊重するべきであることが提示されました。オウ・ニン氏は、中国の地方村落におけるアートプロジェクト「ビーシャン村収穫祭」を紹介しました。氏は、震災復興を資金の力ではなくコミュニティの相互扶助機能の復活を中心に据えて行った建築家・活動家の謝英俊(台湾)氏の活動にインスパイアされたといいます。地方において、慈善としての支援活動ではなく、都市の知識人が地方人とお互いにつながって共に活動していくことの具体例としてこのプロジェクトを取り上げ、思想的背景を示しました。大友良英氏は、自身が共同代表を務める「プロジェクトFUKUSHIMA!」について説明しました。福島のローカルコミュニティは、目に見えない放射能の被害により、家庭崩壊や一家離散といった精神的な危機に晒されている状況です。大友氏は、それでもなお慎み深さが美徳とされるコミュニティの中で、芸術家が率先して怒りを表明する意義や、作品の理解よりも個人としての芸術家が地域の人々に隣人として受け入れられることを切実に訴えました。津田大介氏は、被災地が、外部と精神的なつながりを持ち続けていくという課題に対して、これを解決するためには、ソーシャルメディアのパワーや芸術家の創造性から新たな活動のしくみが生み出されることも必要ではないかと指摘しました。

「プロジェクトFUKUSHIMA!」と連携して行われたTERATOTERA祭り特別企画「オーケストラTOKYO-FUKUSHIMA!」
「プロジェクトFUKUSHIMA!」と連携して行われたTERATOTERA祭り特別企画「オーケストラTOKYO-FUKUSHIMA!」

 

■ FUTURE SKETCH 東京会議 2日目 基調講演より

基調講演1「震災後の日本に寄せて」
テッサ・モーリス=スズキ(オーストラリア国立大学教授・日本近現代史)

復興を支える草の根の市民社会の力。
いま、国境を越えて、日本から市民運動が広がる

日本には欧米に見られるような大規模NPOがないため、日本の「市民社会」は弱いと欧米で考えられてきましたが、今回の震災とその後の市民社会の対応により、日本には既に強固な独自の草の根の市民社会が存在していることが、世界中に認識されました。しかし実は「平和と手仕事・多津衛民芸館」*1(長野県)に見られるように、地方の地域文化に根ざした市民運動が、1920年代には既にはじまっていました。
戦後は環境問題へ対応しようという市民社会の動きがありました。水俣病の発見から、地域の再生、さらには傷ついた地域イメージの回復へ向けた取り組みまで、市民社会が主導して状況を変化させてきました。この事例は、福島第一原発事故による放射能汚染でも同じことが言えましょう。
さらに、阪神大震災後に生まれ、様々な分野で活動してきたボランティア団体が今回の震災においても活躍しています。こうした市民社会の取り組み自体がクリエイティブな活動です。東日本大震災後の数カ月の間でも、「子供たちを放射能から守る福島ネットワーク」のようなクリエイティブな市民社会の取り組みが新たに生まれています。

日本にとどまらず、こうした市民社会のクリエイティブな取り組みは世界的なトレンドです。今後は国境や政治的な立場を超えた国際的な救援隊をアジア太平洋地域に広げていくというのはどうでしょうか。また、放射線から健康を守るための国際的な研究の権限を握るのは、現状では原子力発電推進機関でもあるIAEAです。3.11後のいま、これを改めて、新たに国際的な研究機関を発足させる必要があり、このような国際イニシアティブをつくる上で、日本にも役割があると思います。

 

基調講演2 「文化、災害、そしてエコ都市の未来とは?」
マルコ・クスマウィジャヤ(インドネシア/ RUJAK Center for Urban Studies ディレクター)

コントロールは不要。
文化・芸術が、 未来のヴィジョンを描き、実現していく力

世界が抱える天然資源の枯渇問題、そして気候変動に対する地球単位の問題を解決するための鍵が東京にあります。東京の公共交通システムは素晴らしく効率的であり、また人口あたりの環境負荷の数値は、日本の中でも、また世界の中でも優れているといえます。つまり、今後アジアの都市がますます発展していく中で、東京が都市としての持続可能性や効率面でもアジアの大都市の模範になり得るということを意味します。また、文化や芸術によって人々の創造性が高まることで、代替素材やさらに環境負荷の低い生活スタイルが見出されていく可能性が高まります。
2009年に今村有策氏(東京都参与・トーキョーワンダーサイト館長)らとともに、COP15(第15回気候変動枠組条約締約国会議)にパネリストとして出席しました。その関連企画としてアジア・ヨーロッパ財団が主催するワークショップ「Arts, Culture and Sustainability: Building Synergies between Asia and Europe」において、私は「 芸術は人間の基本的な活動の一つであるから、プロフェッショナルの仕事であるだけではなく、アマチュアとして芸術活動に参加していくことで人間性を獲得していくことができる。」と発言しました。文化や芸術にはヴィジョンを提案する力や、それを実現していく力があります。しかし、そうしたアートの力が発揮されるためには自由が必要です。第三者からのアートに対する支援は必要だが、コントロールは不要です。

また今日、アートが経済的な利益をもたらすということは重要な事実ではありますが、経済的な目的にアートが従属すべきではありません。なぜなら、文化や芸術というものは、プロセスや対話によるイノベーションを重視しなければならないからです。

基調講演・ディスカッションの後の質疑では、会場から、国際的に定められている原子力の規制枠組みの問題点などについての質問も挙がりました。「震災」と「文化の力」という非常に幅広いテーマであったにもかかわらず、議論が進むにつれて、会場が徐々に人々の未来への意思に満たされていくように感じました。これはおそらく、国際的な視点とローカルな視点を両立しながらアート・文化に携わってきたパネリストたちが、それぞれの全く異なる経験・知見から真剣に創造的な意見や事例を提示し、議論に向きあう姿が来場者と共鳴したからではないでしょうか。

「“文化の力”とは、“文化的な活動を実現する力”ではなく、“いかなる状況でも個々の人間の知性を信じる力”であるべきだ」――彼らの姿勢や発言を通じて、私はこのようなメッセージを受け取ることができたと感じています。
世界中から東京に集まり、「精神的な復興」にとって最も大切なことを思い出させてくれた彼らに感謝し、拍手を送りたいと思います。

 
・東京クリエイティブウィーク
10月20日から30日までの11日間にわたって、伝統文化から現代アートまで、幅広いプログラムを集中して開催しました。例年開催している「東京大茶会2011」「フェスティバル/トーキョー11」 「TERATOTERA祭り」など、期間中に行われたプログラムは46を数えます。

・TOKYO FUTURE SKETCH

東京文化発信プロジェクト室は、2011年度のテーマを『TOKYO FUTURE SKETCH ~日本の未来のために、文化ができること~』と設定し、様々な事業を展開しています。このテーマには、「これからの日本、これからの東京を、スケッチブックに絵を描いていくように創造していこう」というメッセージが込められています。
このテーマから発想されたスペシャル・プログラム「FUTURE SKETCH BOOK」 に、アーティストの日比野克彦氏をスーパーバイザーとして起用。日比野氏や著名アーティスト等がファシリテーターとなり、毎回さまざまなテーマで大きなスケッチブックに未来の絵を描くワークショップを11回にわたり開催しました。都内各所では13,191冊の「FUTURE SKETCH BOOK MINI」を配布し、 広く一般の方々から未来の絵を集めました。これらの未来の絵は、ワークショップで制作した絵とともに、TOKYO FUTURE SKETCH ウェブサイトにて掲載されています。

【イベント情報】FUTURE SKETCH BOOKトークセッション
「TOKYO FUTURE SKETCH~日本の未来のために、文化ができること~」

昨年秋から展開された「FUTURE SKETCH BOOK」の活動を振り返りながら、参加アーティスト達と共に、未来について語ります。
日時:2012年3月13日(火)19:00~20:30(18:45開場)
会場:東京文化発信プロジェクトROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14[3331 Arts Chiyoda 3F])
※入場無料、申込不要(先着40名)
スピーカー:日比野克彦(アーティスト)、しりあがり寿(漫画家)、藤浩志(美術作家)
モデレーター:森司(東京アートポイント計画ディレクター)

*1「平和と手仕事・多津衛民芸館」…… 柳宗悦、バーナード・リーチらと親交し民芸品を収集した白樺派の教育者・小林多津衛[1896-2001]の記念館。小林は1920年代には既に白樺派の自由教育を行なっていた。

TABlogライター:作田知樹 行為としての建築:コミュニティデザインに関心を持ち、アートや情報技術による個人の表現/社会的創作活動の支援を実践を通じて研究する。
2004年、芸術を支援する法律家NPO “Arts and Law”設立。以降、プログラムマネージャーとして、視覚美術・工芸分野の作家へ、学ぶ機会が少ない法や契約、倫理、資金調達についての正確な情報をシェアし、活動で直面した疑問を法律家や他の作家等へ相談する機会を提供するほか、アートと法、公共性をめぐる倫理について理論的・実践的に考えるワークショップやトークを企画。他の記事>>

東京文化発信プロジェクト

東京文化発信プロジェクト

東京文化発信プロジェクトは、「世界的な文化創造都市・東京」の実現に向けて、東京都と東京都歴史文化財団が芸術文化団体やアートNPO等と協力して実施しているプロジェクトです。都内各地での文化創造拠点の形成や子供・青少年への創造体験の機会の提供により、多くの人々が新たな文化の創造に主体的に関わる環境を整えるとともに、国際フェスティバルの開催等を通じて、新たな東京文化を創造し、世界に向けて発信していきます。