公開日:2024年7月26日

小林エリカ、新井卓、竹田信平らが参加。原爆開発・投下から80年、生きた継承の形を探るアートコレクティヴ「爆心へ/To Hypocenter」が始動

長年にわたり、独自の視点から核・放射能・被爆の歴史や記憶に対峙してきたアーティストらが集う。日本、ドイツ、アメリカを拠点に「爆心」の多義性に注目する

「爆心へ/To Hypocenter」ヴィジュアル

アートを通して、「爆心」の多義性に目を向ける

国内外で活動する現代美術作家、キュレーターが中心となって結成されたアートコレクティヴ「爆心へ/To Hypocenter」による記者会見が、7月25日にオンラインで行われた。

「爆心へ/To Hypocenter」は、アーティストの新井卓、作家・アーティストの小林エリカ、アーティストの竹田信平、キュレーターの三上真理子が発起人となり、今年4月に活動を開始した日本発のコレクティヴ。ともに1978年生まれである新井、小林、竹田は、それぞれ長年にわたり、独自の視点から核・放射能・被爆の歴史や記憶に対峙し、リサーチに基づいた作品を写真やインスタレーション、マンガなど異なる表現形態で発表してきた。

2025年は、世界初の核実験であるトリニティ実験と、その後につづく広島、長崎への原爆投下から80年を迎える年。「爆心へ/To Hypocenter」では、そんな2025年に向けて、日本、ドイツ、アメリカの地で、「生きた継承の形」を探っていくという。アートを通して、「記憶と記録を再起動し、未来につながる歴史のあり方を創造する」ことで、「爆心」というものの多義性に注目する取り組みだ。

4人は、2021年に竹田の呼びかけで行われた、「アンチモニュメント」に関連する勉強会および2023年の新井の著書の刊行イベントをきっかけに交流を深め、コレクティヴの結成に至ったという。2024年4月から公開の勉強会を行ってきた。

三上真理子

三上は「それぞれが独立した個人で活動しているからこその流動性、柔軟さ、俊敏さを生かした活動、ムーブメントを目指している。爆心という大きなテーマはひとりではとても太刀打ちできるものではないが、コレクティヴのかたちをとること、そして東京や日本以外でも活動経験のある複数の立場の人々の集まりによってこのテーマに取り組んでいきたい」と説明。

今後の活動としては、2025年に東京、広島、長崎、デュッセルドルフなどで展覧会やシンポジウムなどを多数実施していく予定だという。さらに、参加メンバーを増やしながら、各拠点でイベントなどを行っていく。

「歴史や記憶は、表象・表現されなければなかったことになるのではないか」

会見では4人それぞれがプロジェクトにかける思いを語った。

ベルリンと川崎を拠点に活動する新井は、国立新美術館のデータベースに登録された、1995年〜2005年に日本の公共美術館で行われた展覧会全3186件中、原爆に関する展覧会の数が12件であったことや、被爆者の高齢化による記憶の継承の問題に触れ、「歴史や記憶は、表象・表現されなければなかったことになるのではないか」との課題意識を表明。

「表象されてこなかったたくさんの“爆心”にアートを通して光を当てるということをしていきたい。私にとってこのプロジェクトは、『唯一の被爆国』というひとつの視点から、複数の“爆心”を見つめて、みんなで表象していくという活動になるかと思い、期待している」と話した。

新井卓によるスライド
新井卓

南米・北米に移住した被爆者を訪ねるプロジェクトを2005年から実施し、現在はメキシコのティフアナ、サンディエゴ、デュッセルドルフの3地点を拠点に活動する竹田は、被爆者の人々と交流するなかで感じた語り手がいなくなることの危機感を吐露し、「継承ってなんなのか? 実際その場にいたわけではないから、どんなに想像してもできない。でもどうやって少しでもわかろうとするかがすごく大事」と強調。様々な継承の難しさがあるなかで、「継承は文化活動になっていかなくてはいけない」と今回のコレクティヴとしての活動への意気込みを語った。

これまでも長崎で被爆者の声を使ったプロジェクトなどを行ってきた竹田は、今回の活動の一環として、2025年の夏頃に長崎とメキシコで企画を展開する予定だという。

竹田信平

アーティスト主導のコレクティヴとして活動することの意義とは?

作家、マンガ家、アーティストとして活動する小林エリカは、マリー・キュリーが「放射能」と名付けてから現在までの歴史を辿ることの重要性を語り、「たった100数十年ちょっとしかない核の歴史を振り返らず、未来の100年、1000年の先のことは考えられないのではないかと思って作品を作ってきた」とこれまでの活動を振り返る。また、自身の小説の題材にもなった戦時下で風船爆弾作りに動員された女学生たちなど、歴史からなかったことにされてしまうような個人の生や声を書き留めることを「爆心へ/To Hypocenter」でも大事にしたい思っているとし、「それを小説やマンガ、映像、アート作品としてどのように共有できるのかを考えながらこのプロジェクトをやっていきたい」と話した。

さらに、「マンハッタン計画で科学者だけなく、たくさんの学際的なジャンルの異なる人たちが集まってひとつの原爆というものができたのであれば、それを解明するにあたって、私たちもそれ以上にたくさんの人たちが協働して、それぞれ異なったジャンルから研究したり、表現したり、書き記したりすることが必要なんじゃないかと考えている」と今回コレクティヴとして活動することについての意義を述べた。

小林エリカ

最後に、「歴史と記憶のずれ・衝突」に関心があるという三上は、3人の作品を通して原爆や核のテーマに興味をもったひとりであると語り、「人類が原爆の開発に成功してから80年。当事者がいなくなっていくなかで残された私たちに何ができるのかを考えたときに、集合的記憶のあいだに埋もれている声・記憶にどれだけ想像力を発揮できるかなのではないかと思っている」とプロジェクトにかける思いを明かした。

そして今回の活動が、美術館などのインスティテューション主体ではなく、アーティストが主導するインディペンデントな活動であることの重要性に触れ、「3人の活動を可能な限りサポートしていきたい」と意気込む。

異なる場所に拠点を持つ各メンバーは、今後それぞれに活動しながら、ゆるやかに関連し合う個々のイベントを行っていき、「爆心」の多面性にアプローチしていく。将来的に歴史資料として活用されることを想定し、2026年には、それまでの活動記録をアーカイブ化した多言語ウェブサイトの立ち上げと書籍の出版を目指すという。

後藤美波

後藤美波

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。