公開日:2024年8月24日

「おじさんの詰め合わせ」自民党総裁選2024ポスターのイメージ戦略とは。ジェンダー表象研究者の小林美香さんに聞く

自由民主党が公開した歴代総裁が登場する総裁選挙のポスターとウェブ動画。格闘技やスポーツの広告を思わせるこれらを、広告の表象を研究する小林美香さんはどう見る?

自民党総裁選2024「THE MATCH」

実際に「おじさん」ばかりだが…?

8月21日、自由民主党が9月12日~27日に実施する総裁選挙に向けて、歴代総裁が登場する総裁選挙のポスターとウェブ動画を公開した。同日にTBS系の報道番組「news23」で、タレントのトラウデン直美氏が「おじさんの詰め合わせって感じがする」とポスターの印象を述べたところ、ネットを中心に賛否両論が起きている。

実際にポスターにいるのは「おじさん」や「おじいさん」と言っても良さそうな高齢男性ばかりだ。そして、そうした人々だけが自民党総裁を務めてきたことを端的に示すこのポスターは、日本の政治の男性中心主義とジェンダー不平等を反映している。タレントの「おじさんの詰め合わせ」発言を「男性差別」だと批判するなら、そもそも中高年男性だけが自民党の総裁や日本の首相という権力の座に就き続けてきた状況を下支えする、圧倒的な女性差別(加えてLGBTQをはじめとする様々なマイノリティへの差別)という構造をこそまず問いただすべきだろう。そもそも「おじさん」ばかりじゃなければ、このようなポスターも生まれないのだから。それとも、政治における構造的な不平等よりも、「詰め合わせ」という比喩のほうが批判すべき問題なのだろうか……? 
(歴代自民党総裁や首相に女性がいないことがジェンダー不平等の結果だとは思えない、またはたんなる適材適所の結果ではないかと感じる場合は、安藤優子『自民党の女性認識―「イエ中心主義」の政治指向』の一読をおすすめします)

自民党総裁に限らず、社会における公的な重要性を持つとされるポストは、いまだにほとんど「おじさん」に占められている。そしてこのポスターからは、そうした不平等への問題意識が感じられるどころか、むしろそんなおじさんだらけのマチズモ政治を「THE MATCH」という格闘技を思わせるコピーとともにポジティブに表現しているように感じた。現在の自民党が、このようなエンタメ感の強い表現でイメージを発信するのはなぜなのだろうか。

デジタル時代のPR活動

小林美香『ジェンダー目線の広告観察』(現代書館、2023)

『ジェンダー目線の広告観察』(現代書館、2023)などの著書がある表象研究者の小林美香さんに今回のポスターと映像について聞くと、「まず今回のポスターと動画は、初代デジタル大臣(平井卓也衆議院議員)が広報本部長として主導するかたちでPR活動をしている」ことに注目したという。

「ポスターと動画という2つの広報物が作られていますが、このポスターは街中に掲出して反響を呼ぶという一般的な趣旨とは違い、メディアを通して総裁選をアピールするうえでの見栄えやインパクトを重視して制作されたものと思います。これまでも、総裁選のポスターが街に掲示され話題になったということはなかったのではないでしょうか。

また動画を見ると、『それは誰だ? 自民党を変えるのは』といった文言が太ゴシックの斜体の文字で表現されています。このように文字を横にスクロールさせて斜体で使うのは、近年の日本維新の会のポスターに見られる傾向で、力強さや勢い、切迫感を打ち出して煽るような表現です。今回の動画はこうした維新の手法に寄せているような印象を受けました」。

提供:小林美香

「また動画とポスターに共通するのは演説のシーンです。ポスターの写真は手をあげる、指をさすといった動作を強調するように配置され、力強く演説する指導者像を印象づけるものになっています」。

今回の総裁選は、政治資金パーティー裏金問題による自民党への不信感から脱却し、刷新感のアピールを狙うものだと報じられている。こうした停滞感の打破や世代交代のイメージは、これまで日本維新の会が強調してきたイメージでもある。

斜体は安倍元首相のポスターでは使われていないが、岸田首相のポスターには登場。「前に向かう」「停滞感を打ち破る」というイメージの表現だろうか。今回の動画もこうした流れのなかにあると小林さんは指摘する。

「秀逸なコメント」が起こすハレーション

話題になっている「おじさんの詰め合わせ」発言については、「秀逸なコメント」と小林さん。

「地上波のテレビで理知的な若い女性が、自民党総裁というもっとも高い地位と名誉を付与され特権的な立場にある男性を『おじさん』と臆面もなく呼んで腐したと、自分ごとのように傷ついてしまった男性がたくさんいたのでしょう。しかし、このコメントは『おじさん』総体を指して説明するために発せられたものではありません。実際にこのポスターの表象としては『おじさん』の写真が詰め込まれており、ポスター自体の説明としては的確だと思います」。

「男性差別」という批判のなかで、「おばさんの詰め合わせと言ったらそれは女性差別だと批判するだろう」という意見も目にした。しかし『おじさん』と『おばさん』では、社会やメディアにおける扱われ方に違いがある。

「そもそも『おばさん』と呼ばれるような中高年以上の女性が広告に表象されることが、この国ではほとんどありません。介護や看取りなどのケア労働に関する広報物を除いて、その存在自体がほとんどないことにされている。『おじさん』ばかりが社会的な信頼性・指導的立場を担保する存在として扱われていることに、苛立ちを感じている若い女性は多いでしょう。メディアでこうした視点を正直に表明する勇気を持った人が出てきたことは喜ばしいと思います。これまで若い女性のコメンテーターは番組を円滑に進行するために、ニコニコしながら『おじさん』に相槌を打つ存在としてばかり使われてきましたから」。

詰め合わせ状態になった男性像

ネット上では、「詰め合わせ」という言い方への批判というかたちでこの発言を問題視する声もあるようだが……。

「詰め合わせという言葉に、人を物のように粗雑に扱っているかのようなニュアンスを感じとる人はいると思います。ただ、発言の前後の文脈を無視して、言葉だけ切り取ってもあまり意味がありません。

それに、私たちは詰め合わせ状態になった男性像を広告や広報物を通して実際によく見ていますよね。たとえば格闘技や、野球やサッカーなどのチームスポーツのポスターの多くは選手のコラージュで構成され、今回のポスターともよく似ています。ダウンタウン松本人志さん発案による番組『HITOSHI MATSUMOTO presents ドキュメンタル』も、やはりマッチ=試合という形式を取ることで理解しやすくし、ドラマ性を演出しています。男性がお互いに競い戦うことで興奮を生み出すというコンテンツは、任侠映画をはじめずっと作られてきました。

また、SNS上ではビジネス・カンファレンスやオンライン講座の宣伝として、起業家や専門職の男性たちの顔がズラリと並んだ画像を頻繁に目にします。

撮影:小林美香
HITOSHI MATSUMOTO presents ドキュメンタル

こうしたイメージは私たちの日常の視覚言語のなかにあって、日本における男性表象に固有の特徴だと思います。女性のアイドルグループなどでもたまに見かけますが、人の図像をパーツのように組み合わせて束ねるように扱う表現は男性ほど多くはないように感じます。

こうした表象では、そこに登場する一人ひとりが重要ではあるものの、個をフィーチャーするよりも広告全体としてのムード、たとえば勝負事の盛り上がりや興奮状態を表現することに主眼が置かれている。人が個別の人格として尊重されているというよりも、切り取られてコラージュされることで、全体に奉仕することを重視する考え方が根底にある表現だとも言えると思います」。

また総裁選のポスターは、安倍晋三、田中角栄、小泉純一郎が目立って大きく、その間を埋めるように歴代の総裁が配置されている。右上端の岸信介は静的なポーズや周りの余白も相まってどこか浮いており、孫の安倍氏を見つめる姿はまさに「昭和の妖怪」の様相だと小林さん。

「小泉純一郎氏は、首相在任期間の2001年に自民党本部ビルに自身の顔の巨大な垂れ幕を掲示したり、「小泉の挑戦に、力を。」というキャッチコピーを掲げた同デザインのポスターを販売して開始5日間で10万枚を売り上げたりと、広告会社と組んで非常に長けたイメージ戦略を展開しました。また、トップ・アイドルのように写真集を発売するなど出版社やテレビといったメディアと一体になって自民党を宣伝してきた。こうした小泉氏のやり方を踏襲したいという意図が、このポスター内での扱いの大きさからも感じ取れます」。

日本女性「ファーストレディ」たちに贈る……!

「時代は「誰」を求めるか?」とポスターのコピーは問いかける。実際のところ総裁選の選挙権を持つのは限られた党員たちのみだが、こうした政党のイメージがメディアを通していかに形成されているかは、有権者一人ひとりが注視する必要があるだろう。

小林美香(こばやし・みか) 
国内外の各種学校/機関、企業で写真やジェンダー表象に関するレクチャー、ワークショップ、研修講座、展覧会を企画、雑誌やウェブメディアに寄稿するなど執筆や翻訳に取り組む。2007〜08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。2010〜19年、東京国立近代美術館客員研究員を務める。東京造形大学、九州大学非常勤講師。著作に『写真を〈読む〉視点』(青弓社、2005)、『〈妊婦アート〉論 孕む身体を奪取する』(共著、青弓社、2018)、『ジェンダー目線の広告観察』(現代書館、2023)。アメリカのマンガ家マイア・コベイブ『ジェンダー・クィア』日本語版(サウザンブックス、2024)の発起人・翻訳を務めた。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。