イギリスを構成するカントリーのひとつ、スコットランドのエディンバラにあるスコットランド国立美術館。1859年に開館し、ルネサンス期から19世紀後半までを中心とする西洋美術の重要作品を多数コレクションしてきた。そのなかから約90点の油彩画・水彩画・素描作品が来日したのが「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」展だ。東京都美術館で、4月22日~7月3日に開催される。
展示室に入ると、まずスコットランド国立美術館の歴史を紹介する序章があり、次に「1章 ルネサンス」の展示室がスタート。ラファエロの習作やティツィアーノの素描、パオロ・ヴェロネーゼやエル・グレコの油彩画などが並ぶ。
アンドレア・デル・ヴェロッキオ《幼児キリストを礼拝する聖母》(1470)は通称「ラスキンの聖母」と呼ばれており、19世紀のイギリスにおいて大きな影響力を持ったジョン・ラスキンの重要なコレクションであったことを示している。
「2章 バロック」では、レンブラントやベラスケスといったこの時代を代表する油彩画を展示。またあまり知られていないが、色彩の緻密画がルーベンスら芸術家からも愛されたというドイツのエルスハイマーの、小ぶりながら非常に精緻な作品も面白い。
正直なところ、ルネサンス〜バロックへといたる巨匠たちの華々しい代表作を期待すると、ここまではちょっと物足りなく感じるかもしれない。
本展の特徴がより出ているのは、1フロア上がった「3章 グランドツアーの時代」からだと言えるだろう。スコットランド国立美術館ならではラインナップとして、ゲインズバラ、レノルズ、ブレイク、コンスタブル、ターナー、ミレイといったイングランド出身の画家と、レイバーン、ラムジー、ウィルキー、ダイスといったスコットランド出身の代表的な画家たちの名品が紹介されるからだ。
1500年代に活動した南ドイツ出身のハンス・ホルバインや、1600年代に活動したフランドル出身のアンソニー・ヴァン・ダイクをはじめ、イギリスでは王室や上流階級の世界と密接に結びつきながら、画家たちが肖像画を更新してきた歴史がある。その遺産は18世紀、イングランド・スコットランド出身の画家たちに受け継がれ、新たな肖像画の表現が花開いた。
レノルズは1768年のロイヤル・アカデミー設立に関わり、初代会長となった人物。画壇の最高権威として大きな影響力を発揮した。
ゲインズバラはレノルズと同時代の画家。豊かな自然を背景にした洒脱な肖像画で人気を誇った。
続く「4章 19世紀の開拓者たち」では、前章に引き続きイングランド・スコットランド出身の作家を多数紹介。現在も人気のあるブレイクの水彩画、甘美なミレイの人物像を見ることができる。
普段日本で見る機会の少ないスコットランドの画家たちにも注目だ。「祖国に定住した最初の高名なスコットランド人肖像画家」と称賛されたという、エディンバラ出身のヘイリー・レイバーン、同じくスコットランド出身で世界的な名声を得たデイヴィッド・ウィルキーなどの絵画が展示されている。
もうひとり、19世紀のスコットランドを代表する画家であるウィリアム・ダイスの《荒野のダビデ》(1860)と《悲しみの人》(1860)は、なかでも気になる作品。宗教に主題をとりながら、イギリスの現代的な風景が自然主義的に緻密に描かれ、リアルな描写のいっぽうで内省的な詩性をたたえている。ラファエル前派とも親交があったというのもうなずける。
またた本章ではこの時代のイギリスを代表する二大風景画家、ターナーとコンスタブルが並ぶほか、ゴーギャンやモネ、シスレー、スーラといったこの時代を代表する巨匠の作品も出品。
エピローグとして紹介されるのは、アメリカの画家フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》(1867)。本展ではひときわ大きな作品で、崇高さをたたえたナイアガラの風景は圧巻だ。しかし、アメリカの雄大な風景をドラマティックに描いた「ハドソン・リバー派」の代表的な作家と知られるチャーチの絵が、本展を締めくくるのはいったいなぜ?
それは本作の来歴に理由があった。東京都美術館の学芸員・高城靖之は、プレス向けの解説でこのように語る。
「本作はスコットランドの貧しい家庭で生まれ、アメリカで成功し財を成した実業家が購入し、故郷のスコットランド国立美術館に寄贈したものです。このスコットランド国立美術館は素晴らしいコレクションを誇っていますが、開館当初は作品購入の予算を一切与えられていませんでした。ではなぜこれだけの作品を収集することができたのかと言いますと、地元の名士たちや市民からの寄贈、遺産の寄付金などによって支えられてきました。この作品はまさに美術館の作品収集の歴史を象徴する、記念碑的な作品なのです」。
本展ではイングランド・スコットランドの画家の存在に注視して西洋絵画の歴史をみることで、また新しい発見があるかもしれない。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)