公開日:2023年1月18日

泉太郎「Sit, Down. Sit Down Please, Sphinx.」(東京オペラシティアートギャラリー)レポート。地獄めぐりかアドベンチャーか、裏と表、あの世とこの世がひっくり返る驚きのアート体験

会期は1月18日~3月26日。古墳や陵墓、コスプレにキャンプ……数々のワードが重なり合うスリリングな展覧会

会場風景より

気鋭のアーティスト、泉太郎の待望の個展

新宿区初台の東京オペラシティ アートギャラリーで、泉太郎の個展「Sit, Down. Sit Down Please, Sphinx.」が開催される。会期は1月18日~3月26日。担当キュレーターは福島直。

泉太郎は1976年奈良県生まれ、東京都在住のアーティスト。独特のユーモアやこの世界のシステムやルールへの批評精神に裏打ちされた作風が特徴的で、しばしば映像やオブジェ、絵画、パフォーマンスといった様々なメディアが複合的に組み合わさった作品や、大がかりなインスタレーションを制作する。

泉太郎

2007年「夏への扉―マイクロポップの時代」(水戸芸術館 現代美術ギャラリー)などのグループ展や、2010年の個展「こねる」(神奈川県民ホールギャラリー)などで気鋭の作家として注目を集め、以降世界各地で作品を発表してきた。2017年にはパリのパレ・ド・トーキョー、2020年にはスイス・バーゼルのティンゲリー美術館でも個展を開くなど、国際的な注目も年々高まっている。そして本展は、東京の美術館で初めて開催される、待望の大規模個展だ。

会場風景より

展覧会サイトのイントロダクションには、「古墳や陵墓、ストライキ、再野生化、仮病、鷹狩におけるマニング(懐[なつ]かせる)やフーディング(目隠し)他、数々のキーワードが絡み合う思考のプロセスと、コスプレ、キャンプ、被葬のような体験を織り交ぜ、不可知に向き合い続けるための永久機関を立ち上げます」……と気になりすぎる単語が並んでおり、さらに作家ステートメントを読むと「この文を信じないでください」と冒頭に書いてあるし、正直さっぱりわからない。いったいどういうこと? 

普通の展示じゃない

本展の構造を先に書いてしまうと、この展覧会は1点1点の作品を順々に見ていくような、一般的な構成とは根本的に異なる。本展の鑑賞者は、壁に書かれた文字や音声などによる様々な「指示/ルール」と出くわすことになり、それに従ったり従わなかったりと、自分自身の能動性、もしくは行為遂行性が試される。場合によってはそれなりに“動く”ので、身動きの取りやすい服装をおすすめしたい(キャンプや遠足に行くように)。

ルール不明のゲームに放り出された人間のごとく、多くの鑑賞者は途中で不安を感じるだろう。「私はこのルールに従えるのか?」「どういう意味?」「ちゃんとできてるのか?」と。しかしそもそも与えられる指示は、文字がよく読めなかったり誤記があったり、ヒソヒソ声のせいでよく聞き取れないといったものばかり。鑑賞者を導きながら迷い込ませていく。「最短ルートで正解に辿り着く」ことを目指しがちな、タイパ時代のマインドは早々に捨てたほうが良さそうだ。

こうした鑑賞者の存在を内包することで、展覧会はひとつの動的なシステムとして駆動する。泉は開会式で本展について「システムがあり、ある体験が裏返ったり面になったり。複雑かもしれないけれど、そのなかでいろいろなことを考えてもらえるものになったと思う」と語った。この裏と表の入れ替えの感覚は本展の重要なポイントで、鑑賞者は道中、ある動作によってこの裏返しを明確に体感することになる。

会場風景より

ようするに、本展では鑑賞者の「体験」「動作」が肝である。「いったい私はどうなっちゃうの?」という怯えとともに歩を進めるアドベンチャーのような楽しい趣きがある。同時にとても複層的で複雑な内容なので、説明を読んでも全貌は掴めないはずだが、それでもまっさらな気持ちで展覧会に足を踏み入れたほうが楽しいかもしれない。

そう思う方は、このページをブックマークでもしていただいて、可及的速やかに東京オペラシティに向かわれたい。
「アートの鑑賞にネタバレもクソもあるか」というストロングスタイルの方は、どうぞこのままお読みいただければ幸いです(もしくはちょっと薄目でサッとスクロールしてみるとか)。

全体像を伝えるのはここまでで、以下は筆者個人の体験を中心にしたレポートとなる。

会場風景より

いつもと様子が違うぞ?

東京オペラシティ アートギャラリーに到着し、受付を済ませる。そしていつものように荷物をロッカーへ入れよう……と思ったら、ロッカー室の様子がおかしい。ロッカーがない。そして何かオブジェがある。というか、「週刊少年ジャンプ」が積んである。

会場風景より

ははあ、この小部屋も展示空間として使うという趣向かな、と思い、受付の方に「ロッカーはどこですか?」と聞くと、「あちらです」と指さされたのは展示室入口のすぐ脇。ロッカーがずらりと並んでいるではないか。

ずいぶん目立つところに移したなあ……と思いながら空いているロッカーを探すと、ない。プレス内覧会は大盛況のようだ。私は今日、子供の発熱というハプニングによって1時間ほど内覧会に出遅れた身。そのせいですでにロッカーは埋まってしまい、ほかの取材者はとっくに展示室の奥へと進んでいるのだろう。

「鍵付き見ーっけ」と中を覗くと、荷物が入っている。こっちにも鍵付きがと思うと、やっぱり物が入っている。今日は関係者だけの内覧会とはいえ、ずいぶん不用心というか、マナー違反な人が多いじゃないか……。

会場風景

ため息を付いていると、通路の向こうからやってきた女性が、「このロッカーの中に入っているものを出して、持ち運びながら展覧会をみるらしいですよ!」と教えてくれた。あ、そうなんですか。これを? ずるずると引き出した茶色い袋状の荷物は、不気味なほど重い。これを持って展覧会を歩くの?

周囲にあまり人もいないし、よくわからないまま得体の知れない袋を持って展覧会の入口をくぐる。

謎のルールにより、美術館のコスプレをする

そこにはモニターと、ずらっと並んだ椅子、その上にQRコードが印刷されたシート。さっそく読み込むと、「立石釜次郎(トミー)」という人との音声通話のような画面が表示され、誰かの声が流れ始めた。かなりのウィスパーボイスだ。慌てて音量を上げて、耳にあてる。ふたり(と言っていいものか、人間ではなさそうな雰囲気)の会話が聞こえる(スマホに表示された名前は、幕末に遣米使節団としてアメリカに渡り、人懐っこい性格で人気者になった“トミー”こと立石斧次郎に酷似している。もしくは「立石」は「墳墓の標石」を指す言葉として選ばれたのかもしれない)。

会場風景より
QRコードを読み取ると……

「もしもし……いくつかのルールをあなたに伝える。」などと片方が言い、もう片方は「同意はできない。」「やりたくないなあ、それは。」とひたすらネガティブな返答。よく聞いていると、前者はどうやら後者に「野生に戻る」とか「再野生化」をしようと誘っているようだ。このキーワードはこの先も通奏低音として本展を貫くものになる。

しばらくすると前者の声が、ルールとして、「白いマントを身につける」ようにと伝えてくる。さっそく茶色い袋を開くときが来たようだ。畳まれた巨大ポンチョ状のものを取り出し、黒っぽい面を内側に、白っぽい面を外側にして身にまとってみる。重い。長すぎる裾を踏んづけて転びそうだ。

白壁と一体化し、気配を消す

どうやらこの白いマントを着た状態は、美術館・展覧会のコスプレとして、白壁と一体化するもののようだ。

音声による「ルール」の説明を聞きながら、展示室の奥へ進むと、広い空間にオブジェが所々配置されている。過去に発表されたインスタレーションの一部と思われるものもあり、現代アートの展示室らしい雰囲気に少しホッとする。とはいえ、意味はよくわからない。少しでもアーティストの意図を汲み取れないかと、それぞれのオブジェを点検するように見て回る。ここでは「作品」が堂々とした雰囲気で空間に配置されるのとは様子が少し違っていて、様々なモノや素材が壁際に横たわったりケーブルでつながれたりしている。各所に点滴のような可愛らしいパイナップル型の袋がぶら下がっているし、壁に描かれた「ON」の文字もポイントのようだ。作品が「ONOFF」とはどういう状態なのだろう……と考える。

会場風景より
会場風景より
会場風景より

通常の展覧会の動線ではこの展示室の右奥から次の部屋に抜けられるはずだが、本展では「結界」が張られていて進めない。そのため展示室の入口に戻り、普段の順路とは逆走するかたちで長い廊下を歩いてもうひとつの展示室へと向かう。

その道中の壁面にも「指示」が書かれており、白い壁に白いチョークで書かれていたりするのでひどく読みづらいのだが、なんとか把握して従う。マントが重い。

テントであり古墳であり、表であり裏である

木製の床が広がる広い展示室で、私たちはテント(お墓)を立てるようにと指示される。

このテントの素材は、言うまでもなく先ほどまで身にまとっていたマントだ。詳細は省くが、テントの組み立てはちょっとした労働。しかし展覧会に来たと思ったらいつの間にかキャンプをしていたという驚きにニコニコが止まらない。

会場風景より
会場風景より

「管理人」がいて私の組み立てを少し手伝ってくれたが、どうやらテントを放置したり長居したりすると排除したり撤去したりする非情な面もあるようだ。

管理人が常駐しているあたりに置かれた図面をのぞくと、「顕宗天皇 傍丘磐坏丘南陵 図」と書いてあった。帰宅後にググったところ、顕宗天皇は第23代天皇で、『古事記』などによってその存在が伝えられているが実在は不明。父親が殺されたのち、馬・牛飼いの奴隷になって身を隠し、最終的に天皇に即位したという、劇的な貴種流離譚と言える逸話がある。その墓である傍丘磐坏丘南陵(かたおかのいわつきのおかのみなみのみささぎ)は、泉の出身地でもある奈良県にある。

会場風景より

興味深いことに、「顕宗天皇 傍丘磐坏丘南陵」で検索すると、この古墳の前に宮内庁が設置した木製の注意書き看板の写真が出てくる。そこには「一、みだりに域内に立ち入らぬこと」などと書いてあり、本展のいたるところで登場する「指示/ルール」と重なる。

この部屋では、本展の重要なイメージである「表と裏の入れ替わり(裏返り、反転)」というあり方が、幾重にもなって立ち現れる。

マントをひっくり返したテント。テントの表面は「古墳の裏側がプリントされた面」であり、内と外、光と闇が反転している。同時にこのテントは「お墓/古墳」でもあり、あの世とこの世をつなぎながら反転させる。顕宗天皇も、俗と聖をその身で入れ替えた人物だと言えるだろう。冒頭で音声の主がしきりに誘っていた「再野生化」と言うのも、人工と野生の反転・交代を目指すもののように思われるし、人工物である墓が、いつの間にか草木で覆われて山のようになってしまった「古墳」は、まさに再野生化した存在と言えるかもしれない。そのなかで人の肉体も自然へと還っていく。

会場風景より

ここまでくると、テントだけでなく展覧会全体を古墳やピラミッドのような巨大な墓と見立てることもできる気がしてきた。それなら、本展タイトルで「Sit, Down. Sit Down Please,」と墓守のスフィンクスに呼びかけているのはいったい誰なのだろうか?

このあと展覧会では、鑑賞者が棺に収まり、被葬され、またこの世に放り出されるという裏返りの体験が待っているが、詳しくは書かないでおきたい。

会場風景より

ひと通り展覧会をめぐり、私はいま、裏なのか表なのかわからない、「宙吊り=サスペンス」の状態になっている。こんなサスペンスフルな展覧会は、滅多にあるものではない。自分の身で飛び込んでみるしかないだろう。


泉太郎の動画インタビューも公開中

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。