広島県竹原市で10月29日から2023年1月31日まで開催されている、歴史的建造物社会実験「竹原アートプロジェクト2022」。寺田倉庫がバリューマネジメントとともに参画する本プロジェクトは、国の重要伝統的建造物群保存地区である「たけはら町並み保存地区」を中心としたエリアを舞台に、回遊性を促すアート作品を展示している。
竹原は江戸時代、製塩業で繁栄した町である。製塩業を営んだ浜旦那と呼ばれる旦那衆は、家業に勤しみながらも文化を後世に継承すべく、私財を投じて趣味や教養を深め、建物や教育に力を注ぎ、まちづくりに貢献してきた。寺社を彷彿とさせる本瓦葺き、灰色漆喰の重厚な大規模住宅が連なる町並みは安芸の小京都と謳われ、江戸時代以降も地域の人々によって大切に守られてきた。伝建地区(重要伝統的建造物群保存地区)指定は昭和57年と古く、歴史的建造物の利活用事例として代表的なエリアだ。
そんな竹原も今後の歴史的建造物の保存、活用については課題があるという。持ち主の高齢化、地元離れなどによって後継者がいなくなり、市で管理する住宅が増えている。また、こうした住宅は建材や工法に贅を凝らした建築であるが故に、修繕には大規模な費用がかかる。
そこで、歴史的建造物の利活用案の掘り起こしを目的に、民間事業者を中心とした社会実験「竹原アートプロジェクト2022」が実施されることになった。
竹原で「NIPPONIA HOTEL 竹原 製塩町」を手がけるバリューマネジメントが手を挙げ、さらに倉庫街だった東京・天王洲でアートで地域活性化をしてきた寺田倉庫が協力するかたちとなった。
「竹原アートプロジェクト2022」で、ひときわ目を引くのが、青い守護獣のパブリックアートだ。全長6.5メートルの「Blue guardian」は、町並み保存地区の入口にあたる酔景の小庭に展示されている。
竹原は江戸時代から製塩業や酒造業などで栄えた地域。作家の久保寛子は、塩と酒に欠かせない資源の1つである「水」の守護獣を題材にした。
「青の色彩は、竹原の歴史、瀬戸内海地域の衣食住を支える”水”の風景をモチーフにした。また造形は、神社仏閣に置かれる狛犬や古代エジプトのスフィンクスを参考にした。狛犬の起源は古代インド・ペルシャで、スフィンクスもその源流。竹原市には江戸時代のものだけでも13対の狛犬があることから、豊かな石工の文化があったことも読み取れる。竹原の風土、文化財、産業、自然がこれからも守られ継承されていくことへの願いを込めて、町の守護獣としてこの作品を作った」(久保)
歴史的建造物の利活用案の社会実験であれば、町家の利活用が中心。そこに、あえてパブリックアートを設置したのは、竹原の景観に理由がある。
本プロジェクトで重要視したのは、建物空間と街路空間をつなぐ賑わいを形成することだった。
町並み保存地区は、重厚な町家の中に広がる建物空間と、その町家を取り囲む山や神社、河川を背景にした街路空間の両方に魅力がある。そのどちらの空間にも足を止め、ゆったりとした回遊の流れを作るには、町家の内と外にアートを配置する必要があった。
町家の外に設置するパブリックアートとしては、「竹原アートプロジェクト2022」のアイコンとなる作品であるだけでなく、深い歴史の重層につながる作品にしたい。そんな思いから、広島県出身の久保と町を歩き、設置する場所やモチーフを探していった。
本プロジェクトでは「まちなかアート」として、旧松阪家住宅、旧上吉井家住宅の建物空間を活用してアートの展示を行った。企画や作品の選定には、広島市立大学の協力を得た。
唐破風の屋根が美しい旧松阪家住宅の戸をくぐると、庭園のある立派な商家の空間が現れる。畳敷きの座敷だけでなく、玄関、炊事場など建物全体を活用して展示されていたのが「脅威のリアリズム」展(〜12月13日)だ。
光が差し込む炊事場に展示されたのは、夫婦で活動するCG制作ユニットTELYUKAによる《空間のはざま_光》。まるで写真のように描かれた絵の人物は、フルCGキャラクターのSaya。
油絵による写実絵画だけではなく、木や鉄、樹脂、CGやデジタルなど、リアリズムの技法は多様である。石黒賢一郎をはじめ13名によるアーティストが、各々の超絶技巧で「リアリズムとは何か」という問いを空間に放つ。
旧松阪家住宅の中は箪笥、掛け軸、火鉢、ステレオなど、かつて使われていたであろう生活道具がそのまま残っている。生活道具が残った建物空間に、アート作品が上手く溶け込むようなかたちで展示がされているのもユニークだ。
つい最近まで人が暮らしていた気配すら感じる部屋で、まるで生きているかのような人の姿をアート作品として見る。建物とアート作品がシンクロし、感覚を揺さぶられる鑑賞体験だ。
まちなかアート:超絶技巧作品展示「脅威のリアリズム」
場所:竹原市 旧松阪家住宅
展示期間:2022年12月13日(火)をもって終了
旧上吉井家住宅では、広島市立大学・日本画研究領域の学生プロジェクト「広島海景」が展示されている(~2023年1月31日)。竹原で初めて郵便局として使われたこの建物は、明治4年(1871年)の建築である。町の景観に合わせた黒いポストは、現在でも郵便物の回収を行っている。
ここでは広島の瀬戸内風景や竹原の町並みを題材に、広島市立大学 大学院芸術学研究科で日本画を研究する学生12名が描いた絵画作品を展示した。
建物を傷つけずに、アート作品を展示するにはどうしたらよいか。
通常、美術館などでは真っ白な壁に作品を展示するが、歴史的建造物では釘一本どころかテープでさえも壁には貼ることができない。試行錯誤の上、軽い木材で枠を作り白い布を垂らすことになった。少しだけ透けて見える白い背景の布が、学生たちの作品をやさしく場になじませている。
INFORMATION
まちなかアート:広島市立大学・日本画研究領域の学生プロジェクト「広島海景」
展示期間:2022年10月29日(土)~2023年1月31日(火)
※毎週水曜日、11月11日(金)~11月13日(日)、12月27日(火)~1月3日(火)を除く
酒どころとして知られる広島。本プロジェクトでは、竹原を代表する酒造「藤井酒造」「中尾醸造」が、西元祐貴によるオリジナルラベルの日本酒を限定販売した。
西本は世界的な注目を集め、香港クリスティーズで85,000香港ドル(約130万円)で落札されるなど、墨絵・陶墨画アーティストとして注目されている。
「歴史的建造物の持続的な利活用を考えると、地域の飲食・土産をどう絡めて町を盛り上げていくかも大切な視点。日本酒は竹原を代表する商品で、帰った後もアートラベルを眺めながら竹原の余韻を味わえるように企画した。限定ラベルに惹かれて購入が促進されたり、アジアや欧米からの外国人観光客にも手に取ってもらったりしてほしい」(寺田倉庫)
社会実験のなかでもっとも新しい取り組みが、NFTアート(*)による回遊施策だ。
本プロジェクト期間中、来訪者に今話題のNFTアートを無料で配布。かつて竹原市で文教の精神を育んだ浜旦那にちなみ、覆面アーティストHAMA-DANNAが竹原をテーマにした8種類のNFTアートを制作。このNFTアートを入手することで、竹原市内の一部飲食店や施設を利用する際に、様々な特典を受けることができる。
*──NFT(Non-Fungible Token)技術を活用したアート作品。デジタルアートのコピーや改ざんを防ぎ所有者を特定することで、アート作品の唯一性を保ち資産価値を生み出すことができる。
実際にNFTアートを入手した人からは「竹原のような歴史ある地域で、NFTのような最新の技術を積極的に取り入れる発想に驚いた」といった声が聞かれた。都心部の若者を中心に広がりつつあるNFTを使うことで、県外者や若年層にも竹原を訪問するきっかけを増やすねらいだ。
天王洲で長年アートによるまちづくりを推進してきた寺田倉庫は、竹原市でのアートプロジェクトをどう考えているのか。
「現代アートが特に注目を集めるようになったのはここ数年だが、当社は1980年代より東京・天王洲で周辺企業と協働しアートによるまちづくりを推進している。創業当初からの倉庫建物を活用しながらミュージアムやアトリエなどへのリノベーションを行うほか、壁画や立体作品を展示するアートプロジェクト等への参画を通じてアートシティ天王洲のブランディングを推進してきた。
歴史的建造物や町並みにアートを組み合わせて創出される賑わいは、その地域固有の風土と歴史に紐づけることで、訪れた人が自然と地域に心を寄せる効果が生まれる。単純にアートを地域に取り入れるのではなく、地域がどのような賑わいを創出したいのか、その目的と文脈を意識してアートを取り入れていくことが重要」(寺田倉庫)
寺田倉庫のように、地域の外からアートのノウハウを持つ企業が参画するアートプロジェクトの場合、自治体、地元企業、大学などといかにタッグを組めるかがポイントだ。
人口流出や財政難などで、歴史的建造物の維持に課題を感じている自治体は竹原市だけではない。現代アートを活用するケースとして、竹原市での社会実験が各地でも参考になることを期待したい。
竹原アートプロジェクト2022
https://www.nipponia-takehara.com/takeharaart/
※各施設・展示により開催期間が異なります。詳細は公式サイトをご確認ください。