公開日:2024年2月3日

「村上隆 もののけ 京都」(京都市京セラ美術館)レポート。江戸時代の傑作を現代に受け継ぎ、お金と文化の問題に先駆的な方法で挑んだ展覧会

新作を中心に約170点を展示。会期は2月3日〜9月1日。(*画像の無断複製・転載・流用禁止)

会場風景より、村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(2023-24、部分) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

日本の公立館では最後か? 約170点が集う大規模個展

2月3日、村上隆(1962〜)の大規模個展「村上隆 もののけ 京都」京都市京セラ美術館 新館 東山キューブで開幕する。会期は9月1日まで。企画は高橋信也(同館事業企画推進室)。

村上隆

「スーパーフラット」を提唱し、世界の現代アート・シーンに巨大なインパクトを与えてきた村上の国内で約8年ぶりとなる大規模個展。日本の文化芸術において特別な地=京都での開催であることに加え、これが国内の美術館で最後の個展になるのではといった声や、ふるさと納税制度を使った制作資金調達、直前でのYouTubeチャンネル開設、村上自身によるSNSでの「準備が間に合っていない」感満載のポストなどなど、いったいどうなるのか……!?と開幕前から緊張と期待に胸を膨らませた人は多いだろう。

最初に書くと、本展は大きくふたつの点で画期的だ。ひとつはその「内容」。大学で日本画を専攻し、日本美術史上の様々な意匠や芸術の在り方を参照してきた村上が「京都」という地で改めて江戸時代の傑作と向き合い現代にアップデートしたということ。

そしてもうひとつは文化と金をめぐる「制度」に対するアクションだ。公立美術館の限りある予算のもとで妥協なき展覧会を開催するために、村上は今回、ふるさと納税について徹底的に調べ、魅力的な返礼品を用意することでこの制度を制作費獲得に利用した。アート業界にいるといつでもどこでも「お金がない」「日本は文化にお金を回さない」という悲鳴が聞こえてくるが、そうした状況を自力で打破する術を獲得し、先陣を切ってオルタナティヴな方法を示してみせた。「第一歩を作れたことを誇らしく思う」と、村上は語る。

【2024年2月4日追記】
開幕した3日は多くの人が集まり長蛇の列となった。訪れる際は京都市京セラ美術館の公式サイトで待ち時間や事前チケット購入方法を確認することをおすすめする。

会場風景

400年の時を超えた村上流「洛中洛外図」

内覧会での様子をひと足先に紹介しよう。

会場風景より、村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(2023-24) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

第1章「もののけ洛中洛外図」から始まる本展。冒頭からいきなり今回の肝となる超大作の登場だ。洛中洛外図とは、京都の市街(洛中)と郊外(洛外)の景観や風俗を俯瞰で描き出した屏風絵で、室町時代末期から江戸時代にかけて作られてきた。なかでも国宝に指定されている岩佐又兵衛の「舟木本」と呼ばれる17世紀初頭の作品は傑作と誉高い。今回作家は本作と向き合い、約3〜4倍のサイズで全長13mに及ぶ村上テイストの《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(2023〜24)を生み出した。

会場風景より、村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(2023-24、部分) ©2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
会場風景より、村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(2023-24、部分) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

洛中洛外図は美術館からの依頼を受け、取材と作画を担うプロジェクトチームが立ち上げられた。まだ未完成の部分が残るというが、「かなりの挑戦で、今のBESTの姿はコレだ!くらいまで仕上げました」と、村上は本作についての説明を別の「言い訳」作品に書き込んでいる。

かつての京都の街並みや人々の暮らしぶりが目の前いっぱいに広がり、なかには村上キャラクターたちの姿も。金箔による雲が画面を覆っているが、間近で見ると無数のドクロが凹凸で表されている。メメント・モリとは西洋の警句だが、絢爛豪華で活気に満ちた本作にも、死やあの世の存在が同時にたち込めている。まさに「もののけ」の世界だ。

金箔の雲にドクロが見える。会場風景より、村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(2023-24、部分) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

床一面には尾形光琳風の紋様が広がり、光琳や琳派の意匠を受け継いだ絵画も同室に展示されている。

会場風景より、左が村上隆《尾形光琳の花》(2023-24)、右が《京都 光琳 もののけフラワー》(2023-24) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

本展の面白さのひとつは、前述の「言い訳」ペインティングや、作品の説明をオーディオコメンタリーのごとく吹き出しに書き込んだ作品がところどころにあること。展覧会や作品のモチーフ、経緯など、その文脈を鑑賞者にできる限り伝えたいという意志を感じる。本展では未完成の作品もいくつかあるが、そんな普通は「マイナス」にとらえられかねない状況も、ユーモアたっぷりのエンタメにし、さらに作品まで作って「プラス」にしてしまう、作家のサービス精神には驚くばかりだ。

会場風景より、村上隆《岩佐又兵衛版 洛中洛外図屏風が完成していないことへの言いわけをする村上隆》(2023-24) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

京都の東西南北を守る四神たちとドクロ

続く展示室は第2章「四神と六角螺旋堂」。暗い八角形の室内に、東西南北の四方を守る四神(霊獣)、すなわち東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武の巨大絵画が鎮座する。中央にそびえる鐘楼《六角螺旋堂》は、「京都のへそ」と呼ばれる「六角堂」が着想源。ここは生花の発祥地であり、その鐘楼は地震や台風、感染症といった京都の異変を知らせる機能を担っていたという。金色のドクロの立体作品《竜等 Gold》に加え、足元のカーペットにもドクロ柄が配されていることにも注目したい。

会場風景 © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

都が碁盤目状に築かれた平安京の時代、そして近代化を経て現在に通じる街並みが形作られた大正〜昭和、そして太平洋戦争を経て現在へ。この空間は京都に流れる時間を圧縮しながら、地震やパンデミックといった脅威に晒され続けてきた人々の祈りを現在へと接続するかのようだ。

会場風景 © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

スーパーフラット:マンガ・アニメ・フィギュア〜琳派と奇想

第3章「DOB往還記」では、村上が1990年代に生み出したキャラクターDOBを中心に、日本の伝統的な絵画からマンガ・アニメへとつながる平面性と、戦後日本の階級のない社会的文脈とを関連させた概念「スーパーフラット」に言及。

会場風景 © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
会場風景 © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
会場風景 © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
会場風景 © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

第4章「風神雷神ワンダーランド」は、俵屋宗達や尾形光琳といった琳派や、曾我蕭白や狩野山雪ら「奇想」の絵師たちに挑んだ作品を展示。

会場風景より、左が村上隆《風神図》(2023-24)、右が《雷神図》(2023-24) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

《風神図》《雷神図》(ともに2023〜24)について、「明治を飛び越えた200年越しの琳派」と企画担当の高橋。「ゆるキャラというか、やや虚弱な姿の風神雷神だが、これまで描かれてきたものより遥かに大きな力を発揮しそうだ」と語る。

会場風景 © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
会場風景より、村上隆《金色の空の夏のお花畑》(2023-24) ©2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

1970年に美術史家・辻惟雄が刊行した『奇想の系譜』に村上は大きな影響を受けてきたが、師と仰ぐ辻に発破をかけられ奮起したのが《雲竜赤変図《辻惟雄先生に「あなた、たまには自分で描いたらどうなの?」と嫌味を言われて腹が立って自分で描いたバージョン》》(2010)。自ら筆をとり蕭白の龍に挑んだ18mに及ぶ本作は、日本では初お披露目となる。

高橋信也(同館事業企画推進室)。後にあるのは、村上隆《雲竜赤変図《辻惟雄先生に「あなた、たまには自分で描いたらどうなの?」と嫌味を言われて腹が立って自分で描いたバージョン》》(2010、部分) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

《ライオンと村上隆》(2023〜24)は、一面に広がる桜の花に唐獅子という華やかで過密な画面が面白い作品。村上のお馴染みモチーフが大集合する本作には、「幕内弁当のようなゴテゴテに盛った」と自ら形容する「言い訳」ペインティングが添えられている。それによると、熱心なコレクターのオーダーに応えることで生まれた作品だそうだ。作家を経済的に支えるコレクターとのやりとりなど、作品の裏側にあるアート界のエコシステム。その一端をうかがうことができる本展のプレゼンテーションには、啓蒙的な側面も感じられる。

会場風景より、村上隆《ライオンと村上隆》(2023-24) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

村上隆の最新トレンド

第5章「もののけ遊戯譚」では、村上隆の最新トレンドを紹介。近年村上はデジタルファッションに特化したブランドRTFKT(アーティファクト)とコラボレーションするプロジェクトCLONE Xを展開しているが、その一環となる作品が展示されている。《ヒロポン》(1997)、マイロンサムカウボーイ》(1998)という初期の代表的なフィギュア作品のキャラクターが、NFTアートの考え方を通して翻案され、絵画や立体としてアップデートされているのだ。もとの作品にあった露悪的なまでの性的イメージの過剰さは影を潜め、現代的なルックが新鮮だ。平面作品はデジタル出力のように見えるが、じつはデジタルイメージを手業によって絵画として描き直すという「超絶技巧」(高橋)の結晶。

会場風景 © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

108点のお花が様々な表情を見せる《Murakami. Flowers Collectible Trading Card 2023》(2023〜24)は、トレーディングカードとして制作した作品を絵画作品として制作したもの。

会場風景より、村上隆《Murakami. Flowers Collectible Trading Card 2023》(2023-24) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

最後の第6章「五山くんと古都歳時記」には、祝幕の原画である《2020 ⼗三代⽬市川團⼗郎⽩猿 襲名⼗⼋番》(2020)に加え、舞妓さん五山送り火をモチーフにした新作など京都にちなんだ作品が展示されている。

会場風景より、左が村上隆《京都の舞妓さん アニメ風》(2023-24)、右が《2020 ⼗三代⽬市川團⼗郎⽩猿 襲名⼗⼋番》(2020) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
会場風景より、村上隆《五山送り火》(2023-24) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

そして《もののけフラワー親子》(2023-〜24)と、ラッパー・ダンサーのJP WAVYと共作した本展の主題歌「KKもののけ京都」の歌詞によって、展覧会が締めくくられる。

KaiKaiKiKi
奇想天外ギラギラ琳派
平安から江戸そして今1000年
What's up

  ー「KKもののけ京都」より

村上隆というアーティストの視点と手を通して、京都を舞台にした文化芸術の1000年を超える歴史が圧縮され、「いま、ここ」に編み込まれるような展覧会だ。

会場風景より、中央が村上隆《もののけフラワーの親子》(2023-24) © 2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

グッズも大充実

お楽しみのグッズ売り場も大充実。キャラクターたちのぬいぐるみからステッカー、パーカーなど様々なグッズが売られている。名物の聖護院八ツ橋とのコラボレーションなどお菓子も可愛い。展覧会のエッセンスを家に持ち帰り、反芻するのもまた楽しみだ。

グッズ売り場
グッズ売り場
グッズ売り場
グッズ売り場

村上隆が訴えたこと:「文化に特別税制を」

プレス内覧会で登壇した村上が語ったこと。それは「芸術、文化と金」をめぐる制度の話だった。企画者である高橋によって展覧会の内容が説明されたとはいえ、作家が自身の作品について語らずお金の話だけするというのは異様と言えるかもしれない。しかしここで村上から発せられたメッセージは、今回の展覧会に限らず、日本の公的な文化事業が抱える大きな課題に向けられたものだ。

詳細は村上隆のYouTubeチャンネルで解説されているが、本展は「特殊」なかたち、つまりほぼ新作によって構成されている。その背景には、日本の公立美術館の限られた展覧会制作予算では、主要作品を海外コレクターから借りるうえで必要な運送費用や保険料等の費用を賄えないという経済的な理由がまずあったという。本展の企画段階で、主催側が用意できた予算は村上が提示した目標額の半額程度。そこで村上は、残りの半分を自身で稼ぐことに決めた。そこで行き着いたのが、トレーディングカードなどを返礼品とした、ふるさと納税制度の利用だ。

「とにかく日本の方はアートによってお金が動くことを敵視するような社会的通念がある」(上述のYouTubeより)という村上の分析。そして日本では公的な予算が文化に十分に当てられないという現状。こうした状況にオルタナティブな方法で挑んだのが、今回の展覧会だった。

村上隆

内覧会の挨拶で、「日本の箱物行政に端を発した(美術館であり)、芸術を振興する予算が行政から降りてこないという状況になっているのが現状だと思います」と村上。「文化を共有する仕組みとして、特別税制があればいいなと思っておりました」と提言した。過去にニュージーランドが映画『ロード・オブ・ザ・リング』のロケ地となった際に、税制優遇措置をとったことで同国のエンターテインメントを大きく前進させたという事例などを紹介。そして今回、ふるさと納税制度を導入するに至った経緯を語った。これによって得た資金は3億円。「ふるさと納税は広く一般の方々に開かれたものであり、素晴らしい税法。日本全国の文化事業をやっているみなさんも、知恵を絞ってこのふるさと納税を使い、美術館を存続させてたり、文化事業を推進させたりすると大変有効的。その最初の事例を作ったと思い、チーム一同誇らしく思う」と語った。実際、ふるさと納税を活用した支援により、本展は京都市内の大学生以下が入場無料となった。

欧米がルールを築いた現代アートの世界で、一流アーティストとしてその道を切り開いてきた村上。今回、日本の公立美術館を舞台に新たな挑戦を行い、そこで導き出された問題解決の術が私たちにシェアされた。10年後、20年後に振り返ったとき、本展が展覧会の在り方における転換点になっているかどうか。芸術や文化に関わる人間としては、非常に重く大きなものを手渡されたと感じた。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。