公開日:2007年9月25日

ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展

シュヴァンクマイエルの奇形的展示室 イラスト、彫刻、立体など200点も

ヤン・シュヴァンクマイエル《母なる自然(エロスとタナトスシリーズ)》 1997
ヤン・シュヴァンクマイエル《母なる自然(エロスとタナトスシリーズ)》 1997
そこはまるで美術館の展示室というより博物館だ。

<昔々、ヨーロッパのどこか田舎のはずれに、石でできた小さな博物館がひっそりと佇んでいました。外壁はぼろぼろに朽ち果て、遺跡のように見えるの で、きっと長い間雨風にさらされてきたのでしょう。その博物館に、私は偶然たどり着きました。私は恐れながらも、しっかりとした足取りで、ゆっくりと中へ 足を踏み入れました。するとそこには、奇形動物の剥製ばかりが集められていたのです・・・。>

展示室はそんな雰囲気ではじまる。

ラフォーレミュージアム原宿で、チェコ出身の芸術家で映像作家として知られるヤン・シュヴァンクマイエルと、公私にわたる長年のパートナーであった エヴァの作品展が開催されている。オブジェや絵画、彫刻など、シュヴァンクマイエル夫妻の手による約200点が所狭しと展示され、夫妻の半世紀にわたる創 作活動を振り返る展覧会となっている。

石や潅木や日用品や絵の具など、あらゆる素材を使い、グロテスクでエロチックで、フェティッシュで魔術的で、一度目にしたら忘れられないほど強烈な 作品を作るシュヴァンクマイエル。シュルレアリストといわれ、また、アートアニメーションの鬼才・映画監督としても世界からの評価は高い。仮に、シュヴァ ンクマイエルの仕事をシュルレアリストとしてのものと、映画監督としてのものと、このふたつの側面に分けて考えるとするなら、今回の展覧会は前者の仕事に スポットを当てたものとなるだろう。

とはいえ、彼の仕事をそうしたふたつの側面に分けて考えること自体、実は無意味であることを、この展覧会を観ていて気づかされることになった。

展示室にはシュヴァンクマイエル自らの選定のもと、8つの大きなテーマに沿って、さまざまな素材の作品が並べられている
展示室にはシュヴァンクマイエル自らの選定のもと、8つの大きなテーマに沿って、さまざまな素材の作品が並べられている
集 められた作品のひとつひとつ、いや、集められた作品の総体が、シュヴァンクマイエルの、そのつど素材を選び分けて取り組む創作への姿勢と、シュルレアリズ ムとの関係性を語っていた。場内歩を進めれば進めるほど、実感が増していった。絵画だろうと映画だろうとオブジェだろうと、彼がどんな表現を選ぶにしろ、 彼は一貫してシュルレアリズムの精神を目指していて、過去のシュルレアリストと呼ばれた作家たちの作品を模倣しながら、独自のシュルレアリズム論を構築し てきたのだ、と。

ヤン・シュヴァンクマイエル《新古典主義》 1990
ヤン・シュヴァンクマイエル《新古典主義》 1990

ヤン・シュヴァンクマイエル《ウェルトゥムヌスとモナリザ》 1997
ヤン・シュヴァンクマイエル《ウェルトゥムヌスとモナリザ》 1997

<どうやらそこは奇形博物館のようでした。展示物はどれも黒ずんでいて煤けているように見えました。思わず昔のヨーロッパ人がメランコリーの原因と考えた黒胆汁のことが思い起こされて、ぞっとしました・・・。>

鬱々とした作品ひとつひとつの連なりは、私たちの鑑賞体験をずっしりと重みのあるものへ変えていく。理性や秩序を欠いた倒錯的世界が幾重にも渦巻く展示室の中で、私たちもあっという間にその渦の中へ飲み込まれていってしまう。

ヤン・シュヴァンクマイエル 書籍『人間椅子』原画 2007
ヤン・シュヴァンクマイエル 書籍『人間椅子』原画 2007
そんな道中、最新作の原画が見られる特設コーナーは、何か異質の空気に包まれていた。

<暗くてじめじめとした展示室を散策していたら、ふと、日の当たる明るい中庭に出ました。私は一瞬、人の気配を感じた気がしたのですが、ちょうどそ の時、光が眩しくて目がくらんでしまいました。しばらくして明るさに慣れた頃、辺りを見まわしたけれど誰もいませんでした。中庭の真ん中には、干上がった 噴水があって、その周りには木が生い茂っていました。石畳の上をよく見たら、鍋のふたや掃除用のブラシや洗濯バサミが、枯葉や虫の死骸と一緒に転がってい ました。女性のはく靴の片方や、鈎針、網みかけのレース、ボタンやジッパーといったものまでありました・・・。>

新作とは、小説家・江戸川乱歩と時空を超えてコラボした書籍『人間椅子』(エスクアイア マガジン ジャパンより発売中。原画は本展が初公開)であ る。このコーナーには、紙をメインに毛皮やボタン、レース、ジッパー、ブラシ、洗濯バサミ、鍋のふたなどを素材に使ったコラージュ作品が展示されている。 ポップな趣があり、軽快で親しみやすく、これまでの展示室とは妙に違う何かがあった。足を踏み入れた瞬間に、木漏れ日の差し込む中庭に出たような、ある種 の爽快感が訪れたのだった。

新作の出版物に加え、この8月はシュヴァンクマイエルのほぼすべての映像作品を観ることができる初のDVDプレミアムBOXもリリースされたところ。立て続けにシュヴァンクマイエル・ワールドを堪能したい。

Aie Shimoguchiya

Aie Shimoguchiya

東京都出身。ライター/文筆業。「スタイリッシュ・シネマ」を連載。 <a href="http://fashionjp.net/fashionclip/stylishcinema/">http://fashionjp.net/fashionclip/stylishcinema/</a>