2024年11月、東京国立近代美術館で「ぬいぐるみお泊り会」が開催された。子供たちが大切にするぬいぐるみに美術館に泊まってもらい、作品を鑑賞したり、館で過ごしてもらうことで、子供たちが美術館を疑似的に楽しみ、美術館やアートに親しみをもってもらうための取り組みだ。
Tokyo Art Beatでも告知記事を発表するやいなや、SNSで大反響が巻き起こったこの企画は、いったいどのような意図で開催されたのだろうか? イベントを企画した成相肇(東京国立近代美術館主任研究員)に話を聞いた。
──「ぬいぐるみお泊まり会」、Tokyo Art Beatで記事化するやいなや大きな反響があり驚きました。弊社スタッフのお子さんも応募しましたが、残念ながら落選してしまったようです。どれほどの方が応募されたのでしょうか?
成相肇(以下、成相):約3000人の方から応募がありました。そこから20体のぬいぐるみを選ぶので、倍率としては150倍ですね。結果的には17体のぬいぐるみが館に預けられ、作品鑑賞を中心に美術館を巡りました。参加された方には後日お泊まりの様子を撮影したフォトブックをお送りしました。アンケートも同封したので、どのような反応をいただけるか楽しみです。
──屋内から屋外まで、いろいろなロケーションで撮影されたのですね。どれも微笑ましい写真ばかりです。
成相:強調しておきたいのは、今回の企画の目的はあくまで「子供の代わりにぬいぐるみに美術館を疑似体験してもらう」ということ。ですから、ぬいぐるみだけが特別に入れる場所では撮影してないんです。どの場所も一般来館者の方が訪れることができます。
──企画のきっかけについて教えてください。
成相:こうした「ぬいぐるみお泊まり会」の企画はもともとアメリカの図書館で始められ、日本でも図書館を中心に行われていて、その存在は知っていました。調べたところ、日本の美術館では山形の酒田市美術館で一度開催されたという記録を見つけました。私は現在、美術館コレクションの広報担当として配属されているのですが、どうしてもコレクションに関連した企画は、コンサート、スタンプラリーなど作品鑑賞そのものとは少々離れた間接的なものになりやすい。それはそれで魅力があるのですが、ストレートに鑑賞体験を伝えるための企画を考えるなかで、ぬいぐるみを通じた子供の鑑賞体験はどうかと思い、館内で提案しました。
──アイデアを伝えたとき、スタッフのみなさんのリアクションはいかがでしたか?
成相:「いいんじゃない?」と。もともと当館では2023年から「Family Day こどもまっと」という子供向け企画を行い、多くの方に参加していただいたので抵抗なく受け入れられました。「ぬいぐるみお泊まり会」も同企画の一環として提案したかたちで、準備としては実際にスタッフのお子さんのぬいぐるみでシミュレーションを行いました。今回、ぬいぐるみの応募条件のひとつを「最長辺10cm以上100cm以内」としているのは、館内のシミュレーションで撮影のしやすさを検討したうえでの最適値です。
──実際にイベントを行ってみて、いかがでしたか? 気づきがあれば教えてください。
成相:低コストかつハンドリングしやすい点に魅力を感じました。あとは、自立しないタイプのぬいぐるみはスタンドが必要だという実務的な気づきはありましたね。私としては、ほかの美術館でもぜひやってほしいです。低コストで美術館に親しんでもらうことができ、需要も非常に高い。これから同様の企画をされる美術館へのアドバイスとしては「1枚の写真に収めるぬいぐるみは20体くらいがベスト」ということくらいでしょうか。
──今後、大人向けにもこうしたぬいぐるみ企画を開催される予定はありますか?
成相:それは考えていません。大人の方は、ぜひご自分で美術館に訪れていただきたいです(笑)。当館はいつでも子供を歓迎していますが、まだまだ美術館は子供にとって身近であるとは言えませんよね。今回の企画を通して、子供たちが美術館という場所に、具体的なイメージと親しみを持ってもらえたら嬉しいです。
野路千晶(編集部)
野路千晶(編集部)