公開日:2024年11月29日

ぬいぐるみが美術館にお泊まり。約3000人が応募した「ぬいぐるみお泊り会」(東京国立近代美術館)に込められたメッセージ

11月に東京国立近代美術館で開催され、大きな話題を呼んだ「ぬいぐるみお泊り会」。国立美術館初の試みの意図について企画者に聞いた

「ぬいぐるみお泊り会」の様子 撮影:永井文仁 画像提供:東京国立近代美術館

2024年11月、東京国立近代美術館で「ぬいぐるみお泊り会」が開催された。子供たちが大切にするぬいぐるみに美術館に泊まってもらい、作品を鑑賞したり、館で過ごしてもらうことで、子供たちが美術館を疑似的に楽しみ、美術館やアートに親しみをもってもらうための取り組みだ。

Tokyo Art Beatでも告知記事を発表するやいなや、SNSで大反響が巻き起こったこの企画は、いったいどのような意図で開催されたのだろうか? イベントを企画した成相肇(東京国立近代美術館主任研究員)に話を聞いた。

絵画をじっくり鑑賞中。作品はアンリ・ルソー《第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神》(1905-06) 撮影:永井文仁 画像提供:東京国立近代美術館

倍率約150倍という反響

──「ぬいぐるみお泊まり会」、Tokyo Art Beatで記事化するやいなや大きな反響があり驚きました。弊社スタッフのお子さんも応募しましたが、残念ながら落選してしまったようです。どれほどの方が応募されたのでしょうか?

成相肇(以下、成相):約3000人の方から応募がありました。そこから20体のぬいぐるみを選ぶので、倍率としては150倍ですね。結果的には17体のぬいぐるみが館に預けられ、作品鑑賞を中心に美術館を巡りました。参加された方には後日お泊まりの様子を撮影したフォトブックをお送りしました。アンケートも同封したので、どのような反応をいただけるか楽しみです。

今回参加したぬいぐるみたち。奇遇にも一部同じキャラクターが対面 撮影:永井文仁 画像提供:東京国立近代美術館
コレクション展会場入口で。乗っているのは絵画専用の台車 撮影:永井文仁 画像提供:東京国立近代美術館

──屋内から屋外まで、いろいろなロケーションで撮影されたのですね。どれも微笑ましい写真ばかりです。

成相:強調しておきたいのは、今回の企画の目的はあくまで「子供の代わりにぬいぐるみに美術館を疑似体験してもらう」ということ。ですから、ぬいぐるみだけが特別に入れる場所では撮影してないんです。どの場所も一般来館者の方が訪れることができます。

開放感のある屋外での一枚 撮影:永井文仁 画像提供:東京国立近代美術館
4階の休憩スペース「眺めのよい部屋」で皇居方面を眺めながらリラックス 撮影:永井文仁 画像提供:東京国立近代美術館

ぬいぐるみを通して子供たちの擬似鑑賞体験を

──企画のきっかけについて教えてください。

成相:こうした「ぬいぐるみお泊まり会」の企画はもともとアメリカの図書館で始められ、日本でも図書館を中心に行われていて、その存在は知っていました。調べたところ、日本の美術館では山形の酒田市美術館で一度開催されたという記録を見つけました。私は現在、美術館コレクションの広報担当として配属されているのですが、どうしてもコレクションに関連した企画は、コンサート、スタンプラリーなど作品鑑賞そのものとは少々離れた間接的なものになりやすい。それはそれで魅力があるのですが、ストレートに鑑賞体験を伝えるための企画を考えるなかで、ぬいぐるみを通じた子供の鑑賞体験はどうかと思い、館内で提案しました。

ぬいぐるみが鑑賞する所蔵作品展は12月22日まで開催中 撮影:永井文仁 画像提供:東京国立近代美術館

──アイデアを伝えたとき、スタッフのみなさんのリアクションはいかがでしたか?

成相:「いいんじゃない?」と。もともと当館では2023年から「Family Day こどもまっと」という子供向け企画を行い、多くの方に参加していただいたので抵抗なく受け入れられました。「ぬいぐるみお泊まり会」も同企画の一環として提案したかたちで、準備としては実際にスタッフのお子さんのぬいぐるみでシミュレーションを行いました。今回、ぬいぐるみの応募条件のひとつを「最長辺10cm以上100cm以内」としているのは、館内のシミュレーションで撮影のしやすさを検討したうえでの最適値です。

作品鑑賞中 撮影:永井文仁 画像提供:東京国立近代美術館

ほかの美術館でもやってほしい

──実際にイベントを行ってみて、いかがでしたか? 気づきがあれば教えてください。

成相:低コストかつハンドリングしやすい点に魅力を感じました。あとは、自立しないタイプのぬいぐるみはスタンドが必要だという実務的な気づきはありましたね。私としては、ほかの美術館でもぜひやってほしいです。低コストで美術館に親しんでもらうことができ、需要も非常に高い。これから同様の企画をされる美術館へのアドバイスとしては「1枚の写真に収めるぬいぐるみは20体くらいがベスト」ということくらいでしょうか。

撮影中の様子。和気藹々とした雰囲気のなかで行われた 画像提供:東京国立近代美術館

──今後、大人向けにもこうしたぬいぐるみ企画を開催される予定はありますか?

成相:それは考えていません。大人の方は、ぜひご自分で美術館に訪れていただきたいです(笑)。当館はいつでも子供を歓迎していますが、まだまだ美術館は子供にとって身近であるとは言えませんよね。今回の企画を通して、子供たちが美術館という場所に、具体的なイメージと親しみを持ってもらえたら嬉しいです。

芥川(間所)紗織《女(B)》(1955)の前で 撮影:永井文仁 画像提供:東京国立近代美術館

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。