公開日:2021年6月8日

地元行政+美術館の成功例、アート盗難と身代金の実態、ポンピドゥー・センターのサテライト開館など:週刊・世界のアートニュース

ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目ニュースをピックアップ

いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は、5月22日〜6月4日のあいだに世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「コロナ後のアーティスト救済措置」「アートワーカーの現状」「できごと」「世界の大美術館の分館政策」「アートマーケット」「おすすめの読み物」の6項目で紹介する。

労働組合結成の動きが活発化するブルックリン美術館 出典:Wikimedia Commons(Jim.henderson)

コロナ後のアーティスト救済措置

◎サンフランシスコでベーシックインカム実験
サンフランシスコ市はアーティスト130人に月に千ドルを6ヶ月間支給するベーシックインカムの実験を実施していた。さらにTwitter CEOのジャック・ドーシーの財団が約4億円弱の寄付をしたことで対象が50人追加されて、18ヶ月のプログラムに拡大された。コロナで被害が大きかった13の郵便番号の地域に住むアーティストで年間所得が約600万円を超えないなどの条件を満たす2594人の応募者からランダムで選ばれたそう。その95%が、有色人種か、LGBTQ、移民、身体障害者であったそうで、白人は35%だった。
https://news.artnet.com/art-world/twitter-jack-dorsey-guaranteed-artist-income-san-francisco-1972602

◎NYのアーティスト支援
アンドリュー・メロン財団はコロナ禍で深刻な経済的ダメージのあったNYのアーティスト達を救済するために135億円以上を投入する。具体的には上限2400人に月次の助成金を出すことと、別に300人にはNY中のアートコミュニティセンターでの雇用を提供する。
https://observer.com/2021/06/creatives-rebuild-new-york-mellon-foundation/

アートワーカーの現状

◎労働組合を結成する動きが活発化
ブルックリン美術館でも労働組合を組成する動きが活発化している。キュレーター、コンサバター、教育担当、来場者向けスタッフなど様々な部門の130人の従業員が意思を示している。ここ数年でアメリカ各地の美術館で同様の動きがあり、先週もホイットニー美術館で労働組合化が決まったばかり。
https://www.artnews.com/art-news/news/brooklyn-museum-union-effort-1234594047/

◎ギャラリストの収入格差
世界中のギャラリスト300人に経済状況を訪ねた調査の結果、ディレクターレベルの多くが年収1000万円を超え、中には億円単位の人もいるのに対し、アシスタントレベルの多くはNYなどの最低生活レベルを3割下回る給与水準で、健康保険や残業手当なども無い過酷な状況が判明。
https://news.artnet.com/market/artnet-news-gallery-assistants-living-wage-1974343

美術館の経済的現状とデトロイト美術館の一つの成功例

◎コロナ禍による美術館の経済ダメージ、その現状
全米の美術館を対象にした最新の調査結果によると、去年の今頃は約1/3が廃館の可能性があると答えていたのに対し、今年はそれが15%に減った。コロナ禍による経済的ダメージが当初の想像よりは下回っている様子。それでも全米平均で28週間の休館に追い込まれ、まったくリストラ無しで乗り切れたのは44%の美術館のみ。
https://news.artnet.com/art-world/american-museums-effects-pandemic-may-not-devastating-thought-new-survey-finds-1975827

◎地元行政+美術館の成功例
デトロイト美術館は2012年から周辺3郡が同意して個人資産税(2000万円の家に対して年間2000円程度)が増税され、それが直接に美術館の運営予算に組み入れられたことで収益が安定し、コロナ禍も問題なく乗り切れた。その見返りとして3郡の住民は入場無料、学校からの見学には無料バスが提供され、高齢者向けの無料プログラムなども用意し、地域密着型の運営に。2012年からの10年期限の税制だったが、コロナ直前の2020年3月にさらに10年の更新を住民に問うたところ、2012年よりも賛成票が倍以上で承認されたとのこと。資産税組み入れによって、美術館自体の基金が以前の倍以上の300億円強になり、将来的な美術館の財政的自立にもより近づいているとのこと。地元行政と美術館がうまく連携できたウィンウィンの成功例。
https://hyperallergic.com/647085/how-a-property-tax-helped-transform-the-detroit-institute-of-arts/

できごと

◎雑誌の表紙に絵画が増えた理由
雑誌の表紙はセレブリティの写真が使われることが多いが、去年から絵画が使われることも増えた。コロナで大掛かりな写真撮影がしにくかったことが直接のきっかけだったそうだが、BLMなど複雑な文脈を表現するのにある特定のセレブより絵画が向いていること、雑誌のカバーが情報ではなく感情を表現する媒体にシフトしたことなども理由にあげられている。
https://news.artnet.com/art-world/magazines-turning-to-artists-for-statement-issues-1973903

◎ルーブル美術館初の女性館長
ローランス・デ・カール(Laurence des Cars)がルーブル美術館の228年の歴史で初の女性館長に。これまでオルセー美術館の館長だった。彼女は19世紀美術の専門家だが、ギリシャ美術が専門の現館長が志向した「クラシカル」な美術館を近代化する動きの一環でもあるとのこと。マクロン大統領による人選。
https://www.artnews.com/art-news/news/laurence-des-cars-louvre-director-1234594069/

◎マスク不要の美術館
アメリカの美術館ではじめて、ボストン美術館が5月29日よりマスクの強制をなくしたとのこと。CDCのガイドラインの変更を受けたボストン市、マサチューセッツ州のガイドラインに準じたもの。また7月より事前予約制もやめる。NYやDCの大型美術館はまだまだマスク着用が必須。
https://hyperallergic.com/649556/bostons-museum-of-fine-arts-is-lifting-its-mask-requirement/

◎ギリシャとサウジアラビアが共同投資
ギリシャとサウジアラビアが、ミサイルだけでなく文化交流への共同投資でパートナーシップを模索中。サウジのオイル以降の産業育成の一つが文化で、2030年までにGDPの3%を目指している。カショギ暗殺で冷えこんで以降では西側との協議はギリシャが初。
https://news.artnet.com/art-world/saudi-arabia-and-greece-1975255

◎批判して辞任
ゲオルク・バセリッツがミュンヘン美術院を辞任することを発表。学長がコロナ禍でのアートスペースの閉館などに対して政府を批判したところ、それに対して多くの批判があがり、美術院は真っ二つに。バセリッツはそれら学長を批判する「廷臣たち」と一つ屋根の下はご免だと辞任。
https://www.artnews.com/art-news/news/georg-baselitz-resigns-bavarian-academy-of-fine-arts-covid-debate-1234594694/

世界の大美術館の分館政策

◎エルミタージュ美術館分館は白紙に
バルセロナに、ロシアのエルミタージュ美術館の分館を建設する提案が議会に拒否された。海岸沿いの港のエリアに伊東豊雄のデザインで建設する提案だったが、市はすでに旅行者で混在しているバルセロナの公共交通機関が圧迫されるとして、別の場所を提示したが、物別れに。
https://www.theguardian.com/world/2021/may/30/hermitage-museum-proposal-divides-barcelona-authorities

◎ポンピドゥー・センターのサテライトがアメリカに開館
パリのポンピドゥー・センターが2023年から27年まで改修のため休館されるのにあわせて、NYの対岸ニュージャージーにサテライト美術館が2024年にオープンすることが発表された。ポンピドゥーとジャージーシティの間で5年契約。シティが建設費用を負担し、築100年以上の工業ビルをOMAがリノベーションする。
https://www.artnews.com/art-news/news/pompidou-center-jersey-city-museum-1234594862/

アートマーケット

◎NFTバブルの終わり
NFTマーケットをアートだけでなく、スポーツやコレクティブルを含んだ全体で見て、バルブがはじけたとする分析。週単位で、最盛期は190億円弱売り上げていたのに対し、先週は約20億円まで落ちこんでおり9割減。約4ヶ月に渡ったバブルが5月初旬にはじけたのではないかとしている。
https://protos.com/nft-market-bubble-popped-crypto-collectibles-are-over/

◎疑惑のディーラーの転職
ペースギャラリーでパワハラ的労働環境を作り出したとして退職したディーラーのスーザン・ダン(Susan Dunne)がデイヴィッド・ツヴィルナーギャラリーにジョインする。同時に彼女がペースで30年近く仕事をしてきたロバート・ライマンのエステートおよび、ライマンの妻の作家メリル・ワグナーもツヴィルナーに移籍。
https://news.artnet.com/art-world/david-zwirner-susan-dunne-robert-ryman-1972541

◎スイスのアート・バーゼルは予定通り9月開催
今年の6月から9月に延期されていたスイスでのアート・バーゼルは予定どおり開催される見込み。入場に際してワクチン接種証明もしくは直近のコロナ陰性証明が必要とされ、通常の2割の収容人数で開催される。出展ギャラリーのリストは7月まで公表されない見込み。
https://www.artnews.com/art-news/market/art-basel-switzerland-september-update-1234594863/

おすすめの読み物

◎アート盗難と身代金の実態
2009年にブリュッセルのマグリットの家美術館から小さなマグリットの絵画が盗まれたが、保険会社が身代金を支払い、2年後には返却された。だが、その身代金がブリュッセルでのISISによる自爆テロの活動資金になった可能性が高いとし、ベルギーのアート盗難や警察の予算カットなどその背景を丁寧に取材した長文記事。驚くべきは、アート盗難が常態化していることで、作品の「身代金」の相場が公然の秘密として知られているということ。作品にかけられた保険金が数億円であればその約3%、1億円未満であれば、最大7%くらいだという。保険会社にとっては保険金全額を支払うよりずっと安上がりであり、今回のマグリットの価値は2億円とも言われていたそうで約1億円の保険金がかけられていたが、身代金は600万円ほどだった。
https://www.vanityfair.com/style/2021/05/did-paying-a-ransom-for-a-stolen-magritte-painting-inadvertently-fund-terrorism

◎彫像をバクテリアでクリーニング
フィレンツェのメディチ家礼拝堂では、昨年のコロナで開館時間が短くなっている間に、ミケランジェロの大理石の彫像のクリーニングにSH7という油脂やリン酸を食べるバクテリアを使ったという。実験的な試みで、すべて女性からなる科学者、修復家、歴史家6人のチームが担当。その模様を詳述したおすすめ記事。
https://www.nytimes.com/2021/05/30/arts/bacteria-cleaning-michelangelo-medici-restoration.html

Kosuke Fujitaka

Kosuke Fujitaka

1978年大阪生まれ。東京大学経済学部卒業。2004年、Tokyo Art Beatを共同設立。08年より拠点をニューヨークに移し、NY Art Beatを設立。アートに関する執筆、コーディネート、アドバイスなども行っている。