設備メンテナンスのために、2023年4月から長期休館していた三菱一号館美術館の再開館が決定した。リニューアル・オープン最初の展覧会として「再開館記念『不在』ートゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」が開催される。会期は11月23日~1月26日。
三菱一号館美術館は、2020年の開館10周年記念展として企画された「1894 Visions ルドン、ロートレック」に際し、現代フランスを代表するアーティストのひとりであるソフィ・カル(1953~)を招聘予定であった。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行により、ソフィ・カルは来日を見送り、プロジェクトは再開館後に持ち越されることになった。
本展では、三菱一号館美術館当館のコレクションや展覧会活動の核をなすアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864~1901)の作品を改めて展示し、ソフィ・カルを招聘し協働することで、美術館活動に新たな視点を取り込み、今後の発展につなげることを目指すもの。ソフィ・カルは、本展の主題に、長年にわたり考察をめぐらせてきた「不在」を提案した。
1891年に初めててがけたポスター《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》で成功を収め、ポスター制作で習得したリトグラフの技法を用いた多彩な版画作品や油彩画を数多く残したロートレック。しかし、ポスター画家としての評価が先行し、フランスの国公立美術館は没後も彼の油彩作品を受け入れなかった。ロートレックの「不在」であったこの時期に、友人で画商でもあったモーリス・ジョワイヤンは遺族と協力しながら、ロートレック美術館の開館に尽力した。
三菱一号館美術館は、モーリス・ジョワイヤン・コレクションのうち、ポスター32点や、《ロイ・フラー嬢》(1893)をはじめとする主要版画作品、アンリ=ガブリエル・イベルス(1867~1914)と共作した『カフェ・コンセール』(1893)といった代表的版画集を所蔵。これらすべてとともに本展では、さらにフランス国立図書館から借用した版画作品11点を加えた136点により、「時代の記録者」ロートレックの作品を「不在」と「存在」という視点から見直す。
ソフィ・カルは、自伝的作品をまとめた《本当の話》(1994)、自身の失恋体験による痛みとその治癒を主題とした《限局性激痛》(1999)など、テキストや写真、映像を組み合わせた作品を生み出してきた。自分自身や他者とのつながりをモチーフに、現実と虚構のはざまを行き交う大胆で奇抜な制作は、常に驚きに満ちており、見る者の心に強い印象を残す。
本展では、ソフィ・カルの作品に通底する「不在」をテーマに、作家自身や家族の死にまつわる「自伝」や、テキストを刺繍した布をめくると写真が現れる「なぜなら」など、テキストと写真を融合した手法で構成されたシリーズを紹介する。また、美術館における絵画の盗難に端を発したシリーズ「あなたには何が見えますか」や、ピカソ(作品)の不在を示す「監禁されたピカソ」、映像作品《海を見る》など、ソフィ・カルの多様な創作活動が紹介される。
見どころは、ソフィ・カルによる《グラン・ブーケ》。2010年に三菱一号館美術館が収蔵した19世紀末フランスの画家オディロン・ルドンによるパステル画の代表作《グラン・ブーケ(大きな花束)》は、限られた期間しか公開されず、通常は展示室内の壁の裏側で保管される。ソフィ・カルはこの作品の「不在」に着想を得て、自らの《グラン・ブーケ》を完成させた。
トゥールーズ=ロートレックも彼が描いた人々も「不在」となり、いまでは作品のみが「存在」している。ソフィ・カルから投げかけられた「不在」という主題を通して、美術館や作品そのものの「存在」について考えたい。