公開日:2023年11月2日

「大巻伸嗣―真空のゆらぎ」(国立新美術館)レポート。大スケールの作品に体を委ねて、新たな息吹と運動を感じる

国立新美術館の天井高8m、2000㎡にもおよぶ、柱の無い大きな展示室で開催。会期は11月1日~12月25日。入場無料。

会場風景より、《Liminal Air Time-Space  真空のゆらぎ》(2023)。プレス内覧会で行われたダンサーによるパフォーマンス。11月5日にもパフォーマンスが行われる 撮影:編集部

天井高8m、2000m²にもおよぶ展示室で“真空のゆらぎ”を感じる

「存在するとはいかなることか」という問いを掲げ、身体の感覚を揺さぶるような大規模なインスタレーションを作り出してきた現代美術家、大巻伸嗣の個展「大巻伸嗣―真空のゆらぎ」国立新美術館で11月1日にスタートした。今年に入って「The Depth of Light」(A4美術館、成都)、「地平線のゆくえ」(弘前れんが倉庫美術館)という2つの大規模な個展を行ってきた大巻。引っ張りだこの作家が今年の最終幕として見せるのは、天井高8m、2000m²にもおよぶ展示室をダイナミックに使った大スケールの展覧会だ。担当学芸員は国立新美術館学芸課長の長屋光枝。

大巻伸嗣 撮影:編集部

現代物理学において、宇宙の創始に起こるとされる“真空のゆらぎ”。そのイメージを起点とする本展について、大巻は次のように言う。「“真空のゆらぎ”に、なにか新しいものがはじまるイメージを持ちました。真空というのは、何か存在したものが抜き取られたとき初めてそこが無になり、振動や攪拌が起こる。けっして停滞しているのではなく、失ったものに新しい息吹・運動が生まれてくるということです。長屋さん(担当学芸員)と話し合って、美術館の空間そのものの中に私たちの存在・不在が起こって攪拌され、私たちのエネルギーと実体と虚体がうねり合い、“真空のゆらぎ”のように展示室を真空にしたり、新たに注ぎ込んでいったりするような空間ができたらいいと思いました」

会場風景より、《Gravity and Grace─moment 2023》(2023) 撮影:編集部
会場風景より、《Linear Fluctuation》(2019-21) 撮影:編集部

作家にとって過去最大規模のインスタレーション作品も

会場に足を踏み入れるとまず人々を迎えるのは、空間全体を光と影の空間に変容させる《Gravity and Grace》(2023)。2016年に初めて発表された「Gravity and Grace」シリーズの最新作だ。その大きさと、写真からは伝わってこなかった強烈な眩さにしばし圧倒されるが、作品写真を撮影すると、逆光によって人の姿は真っ黒な影のように見える。

会場風景より、《Gravity and Grace》(2023) 撮影:編集部
《Gravity and Grace》(2023)の部分 撮影:編集部

作品そのものの美しさと、人々をたんなる影に変えてしまうような強烈な光とが入り混ざることで、美とかすかな恐怖が重奏される本作は、原子力が引き起こした人災という悲劇を下敷きに、エネルギーに過度に依存した今日の社会を批評している。足元に目を落とすと、そこでは詩人・関口涼子とのコラボレーションも見ることができる。「空間を歩きながらふと足元を見ると言葉に気づく、その些細な気配に気づいてもらいたい」と大巻。コラボレーションの様子はぜひ会場で確かめてほしい。

会場風景より、《Liminal Air Time-Space  真空のゆらぎ》(2023) 撮影:編集部
会場風景より、《Liminal Air Time-Space  真空のゆらぎ》(2023)。刻一刻と形を変えていく 撮影:編集部

作家にとってこれまでで最大規模となるインスタレーション《Liminal Air Time-Space  真空のゆらぎ》(2023)は、空間、時間を含みこむ作品を“運動態としての彫刻”ととらえる大巻の思想が反映された大作だ。薄いポリエステルの布が強い風を受けて形を変えていく様子は、寄せては返す波のようでも、海中の生命体のようでもある。「見えていないけれど存在するものがある。あるいは逆に、見えているものは実際にはそれと違うのではないか」という作家の考えが発端となった本作。壁に取り付けられた長椅子に座り、わずかな光のなかで送風機の断続的な音とともに作品を眺めていると、そうした概念的な世界に誘われるような気分になるのでないだろうか。

通常は見せないドローイングにも注目

学芸員の長屋が本展でとくに注目してほしいと強調したのは、大巻によるドローイング作品だ。プレス内覧会では「いつもはドローイングを見せない。内臓を見せるような感じがあるから」と気まずそうに笑顔を見せた作家だが、長屋はアトリエで大巻による大量のドローイングを見て、それらが存在したことに驚いたのだという。ドローイングはつねに未完で、完成形が見えた時点で終えるというが、大巻の頭のなかの“運動“のイメージや、線の集合体が大きな作品へと結実していく過程が想像できる、見どころのあるパートになっている。

会場風景より 撮影:編集部

大巻が教鞭を執る東京藝術大学では作品制作の苦労や迷いを知ってもらおうと、学生とともに名だたる現役アーティストのもとを訪ね、そのドローイングを研究していたという。ドローイング研究を通して、「すごい作家はすごいものをつくるんじゃなくて、運動を起こして何かしらを掴み取ろうとしていることがわかった」という大巻の言葉は、大巻の活動そのものを思わせるようでもあった。

会場風景より 撮影:編集部

本展について「空間そのものを体験してもらいながら身体、精神的な振幅と精神的な揺らぎ、振幅を感じられる空間になったと思う。それを体験してほしいし、みなさんそのものが空間やインスタレーションの一部であり、そのなかで運動を起こしていく一部だと、作品を撮影したり見たりしながら考えてほしい」と語った作家。じつは本展は入場無料。これまで美術館に馴染みのない人々も、目の前に立ちはだかる作品に身を委ねて思索の旅に出るような、美術館ならではの体験を味わってみてほしい。

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。