公開日:2023年1月13日

香取慎吾インタビュー。絵画で表現する自分のなかの「闇」と「光」

初の全国巡回展「WHO AM I-SHINGO KATORI ART JAPAN TOUR-」を開催中の香取慎吾。アーティストとしても精力的に活動する香取に創作への思いを聞いた。

香取慎吾。個展「WHO AM I」(渋谷ヒカリエ)の会場にて 撮影:編集部

渋谷で3年ぶり個展「WHO AM I」開催中

アーティストとしても精力的に活動する香取慎吾の3年ぶりの個展「WHO AM I-SHINGO KATORI ART JAPAN TOUR-」が、東京の渋谷ヒカリエで開催中だ。東京展の会期は1月22日まで。その後、大阪や福岡、石川、福島など全国を巡回する。

個展タイトル「WHO AM I」について、「いろんな顔をもっている自分、常に変化している自分を表している」と開幕時に語った香取。その言葉通り、広い会場には折々の心境が投影されたような多種多彩な表現、モチーフの絵画など200点が並ぶ。香取が生み出したユニークなキャラクター「くろうさぎ」の像や初公開となるスケッチも公開している。

芸能活動が多忙ななか、香取が絵画制作に打ち込んできた理由とは?今回の個展や作品に対する思いを聞いた。


香取慎吾 PARIS 2022 © SHINGO KATORI

ライブのセットリスト感覚で展示を考える

──個展の開催は、2018年のパリ・ルーヴル美術館、2019年の「BOUM! BOUM! BOUM! 香取慎吾 NIPPON 初個展」(東京)に次いで3回目です。今回は巡回展も行うそうですね。

今回の「WHO AM I」は、大阪や福岡、金沢、福島と全国を巡回する予定です。巡回展を行うと聞いて、全国各地をめぐるライブツアーを連想しました。なので、サブタイトルは「SHINGO KATORI ART JAPAN TOUR」。アートツアーってなんだろう?と思ってもらえるといいかな、と。

──長年、音楽活動を行っている香取さんならではのアイデアですね。新しい発見や気づいたことなどはありますか?

展覧会の会場が、広さや会場の形状、天井の高さなど何もかも違うことですね。ライブコンサートでは、会場の規模に応じて、劇場、ホール、アリーナ、ドームといろいろありますが、基本的なつくりはほとんど同じです。まず舞台があり、それに向き合うように正面に客席がある。でも展覧会の会場は、面積も天井高も形も、どこもまったく異なる。だから、会場ごとに展示の構成や見せ方を考える必要があります。作品が大きすぎて搬入できない作品もあるんですよ。「ではその作品をどうするか? かわりに少し小さいサイズのあの作品を入れてみたらどうだろう?だとしたら隣にこの作品を置いてみたら、周囲の雰囲気が変わるんじゃないかな?」と、ライブのときのセットリストのような感覚で、展示作品の組み合わせを考えています。これが、けっこう大変で、けれどもとても面白いんです

──会期中、頻繁に会場に足を運び、会場で新しい絵も描いていると伺いました。

絵を描くだけじゃなくて、来てくれたお客さまたちとお話もしたいと思っています。だから、絵は描かずに、お話しだけする日もありますよ。時間を作り、できるだけ会場にいるようにしています。来てくださるお客さまは、ありがたいことに展覧会を細部までしっかり見てくれていて、自分でも考えが及ばなかったことを質問してくれる。たとえば、「最近、ダンボールに直接描いた作品が多いのですが、どうしてなのですか?」といった質問を受けました。自分でも気づかなかったことです。でも、思い返してみると、たしかにダンボールが多い。

香取慎吾 マイナンバー 2022 © SHINGO KATORI

──自分の新しい傾向を、鑑賞者側が気づいて指摘してくれるのは非常に貴重な機会ですね。ちなみに、どうしてダンボールが増えたのですか?

絵を描き始めた当初はダンボールにばかり絵を描いていました。それはたんにキャンバスを知らなかったから。その後、キャンバスの存在と描きやすさを知り、現在まで引き続きキャンバスに描いています。最近は、依頼を受けて絵を描くことが増えています。リクエストに合わせて絵を描くのとは、いつもの絵を描く制作とはまた違う楽しさがあるんですけれど、やはり仕事ですから自分の本来のマインドとは少し違う。そこで、机の上に仕事の絵を描くためのキャンバスを置き、床にはダンボールを敷き詰めることにしました。ダンボールは床が汚れないように敷くわけではなく、キャンバスでの制作作業が一息ついたときや行き詰まったときに、すぐに絵を描くためのものです。床に座り込んで描くんです。

──絵の仕事が増えるたびに、ダンボールの新作も増えていくわけですね。

そうなんですよ。先日も、100号くらいの大きなキャンバスが届いたんですけれど、梱包しているダンボールが折れ曲がらないように、かなり丁寧に気を使ってダンボールを取り出しました。キャンバスよりも大事に扱っていたくらい(笑)。

香取慎吾と自身が創作したキャラクター「くろうさぎ」像(左)。個展「WHO AM I」(渋谷ヒカリエ)の会場にて 撮影:編集部

絵具の色と会話しながら描く

──依頼を受けて描く絵と好きに描く絵とでは意識が異なるというのは興味深いです。

まったく異なりますね。好きに描くときは、描く内容は全く決めません、使う色すらも決めない。絵具のチューブがたくさん入った箱のなかから、手だけ突っ込んで、掴みとったチューブの色で気が向くままに描きます。

──それは驚きました。香取さんの作品は、どれも配色のバランスがとても美しいので、計算しながら描いているのだと思っていました。

まったく考えないです。ただ、塗る前に使う色と“会話”はします。「ピンクか、じゃあ真ん中かな? 次は黄色が来た、隣に塗ってみよう。あ、きみは横にいてくれ」みたいな感じで、色と話し合って置く場所を決める。照明を最小限にして、暗い中でお酒を飲みながら描いたりすることもあります。で、最後に明かりをつけたら鮮やかな色彩が目の前にいきなり現れて、さっきまで描いていた本人がびっくりすることもある。

香取慎吾 SKnaht 2019 © SHINGO KATORI

──手で描いたり、筆で描いたり、またコラージュだったり、ドリッピングだったり、ときにはゲルハルト・リヒターのようにヘラに色々な絵具をつけてキャンバスの上に滑らせたりと、表現に様々な技法を試みています。それも描くときに決めるのですか?

僕はつねに「描きたい」気持ちが先にあるんですね。最初のころは筆で描いていたんですが、筆に絵具をとる、描く、筆を洗う、別の絵具を取るという、普通のプロセスが自分にはまどろっこしい。とにかく早く描きたい。絵具のチューブを直接キャンバスに絞り出して描くこともやりました。これだと、すぐに描けます。しかし、とにかく線が細い! もっと大きく、太く、速く描きたい。そう考えると、手に絵の具をつけて直接描くのが一番早いです。手で描いているのはそんな理由からです。

テクニックについては、ここ最近はInstagramやYouTubeの影響もあります。こんなやり方があるのか! 絵具と筆だけでこんなこともできるのか! そう驚きながら他の人の動画をかたっぱしから見ています。見始めると、関連動画がその後、どんどん出てきて見続けてしまう。とても勉強になりますね。そして、実際にやってみる。でも、逆に落ち込むこともありますよ。いままで苦労して何時間もかけてやっていた作業が、簡単にできる方法を知ったときとか。遠回りしちゃったのかなあ、と思いますね。

香取慎吾 Wink泥棒 2022 © SHINGO KATORI

アートは見れば見るほど自分のなかに残る

──絵を描く前にとくに完成形を決めていない場合、香取さんは作品の「完成」をどのように見極めるのでしょうか?

次の絵を描きたくなる気持ちが、制作中に突然やって来ます。次は何を描こう、どう描こうとワクワクしちゃって。とりあえず今やっている絵は置いておこうと思って、次を描きます。そして、ふと置いておいた絵を見ると、もう十分描いたな、これで完成だなという気持ちになる。だから、次の絵を描きたくなるときが、僕にとっての完成ってことなんですかね。

少し話がズレてしまいますが、僕ってストック魔なんです。洗剤やトイレットペーパーといった生活用品は何でも多めに買ってあります。たとえばトイレットペーパーが、もうすぐ切れそうなときはワクワクする。使い切ったら新しいものと取り替えられるし、取り替え終わったら新しいストックをまた買えるから。次の絵を描きたいとワクワクする気持ちは、このトイレットペーパーを換える直前の気持ちに近いんですよね。

──香取さんは、お仕事柄たくさんのアーティストの方とも交流があると思います。影響を受けた方や作品、展覧会はありますか?

これまでに出会った人や作品すべてですね。音楽は聞けば聞くほど、アートも見れば見るほど、自分のなかに残っていく。展覧会もいろいろと見に行っているんですが、今回の個展がスタートしてから全然行けてないです。

なかでも気になっているのは、東京国立近代美術館「大竹伸朗展」。2006年に東京都現代美術館で開催された大竹さんの回顧展「全景 1955-2006」も見に行きました。そのとき、偶然会場に本人がいらして、めったにないことなんですけれど自分からお願いして写真を撮らせてもらいました。それくらいファンです。でも、今回の展覧会はまだ行けてない。

というのは、自分の展覧会に来てくれた人に会って話がしたいから。これまでに大竹さんや会田誠さん、横尾忠則さん、草間彌生さんなど、様々なアーティストにお会いしてお話してきました。そのたびに自分のなかに必ず何かが残り、作品に影響を与えている。そういう貴重な経験を自分がしているからこそ、「WHO AM I」に来てくれた方には可能な限りお会いして、話して、何かが残ってもらえれば、と思うんです。だから今のところ、「大竹伸朗展」は行きたいけれども行けない。葛藤しています。

香取慎吾。個展「WHO AM I」(渋谷ヒカリエ)の会場にて 撮影:編集部

次はブロンズ像に挑戦したい

──「Who Am I」の東京展は間もなく終盤で、その後は全国に巡回します。

今回の個展では、以前の展覧会に出した作品が100点と初出展となる100点の合計200点を出品しています。会場ごとにベストな展示方法にしていくので、それも楽しみにしてほしいです。大阪や福岡、金沢や福島のみなさんも楽しみにお待ち下さい。東京展の会期は残りわずかですが、自分は可能な限り足を運ぶつもりです。

じつは、まだ発表していない作品も結構あるんです。かなり先の話になりますが、このアートツアーが終わったら、オール新作展を計画しています。なので今回の作品は、ツアー後はしばらく展示しない予定です。次はまた、新しいセットリストをお見せしたいと思っています。

──気が早くて恐縮ですが、次の個展で新しい分野に挑戦するならどのような作品を作ってみたいですか?

立体作品を作ってみたい。なかでもブロンズ像に挑戦したいと漠然と感じています。コロナ前はヨーロッパの色々な美術館を回りました。そうすると、ブロンズ像を展示しているエリアは大体隅にあって、いつも人が少なく非常に静かで、そこがとても気に入っているんですね。ブロンズは、独学では作れないのでどなたかに教えてもらって、大きい作品を作れるようになりたいですね。

香取慎吾 NO TITLE 2013 © SHINGO KATORI

今は楽しい気持ちになるために描く

──香取さんのアートに対するあふれるモチベーションは、一体どこからくるものなのでしょうか?

年代を経るにつれて変わっています。今回の展示作品で最も多いのは20代、30代に作ったもの。当時は仕事がいちばん忙しくて、描く時間はなかったはずなのに、とにかくたくさん描いていました。今回の個展は「闇」と「光」の2部構成ですが、準備する際にこれまで描いた絵を仕分けしたら、自分の内部と向き合ったような「闇」の作品が多かった。今にして思えば、ちょっとネガティブな気持ちをぶつけるために描いていた部分があったのだな、と感じています。

でも、子供のころに絵を描き始めたときは違っていました。とにかく楽しかった。描くことにワクワクしていたんです。ここ数年は、時間にもゆとりが持てるようになったこともあり、原点に戻った感じで絵を描くことがとても楽しい。楽しく、ハッピーな気持ちになるために絵を描いています。

「WHO AM I」では、ネガティブな気持ちから生まれた作品もポジティブな気持ちで描いた作品も、どちらも合わせて展示しています。すべて見てもらって、僕の様々な面を感じていただきたいですね。

■展覧会概要
タイトル:WHO AM I -SHINGO KATORI ART JAPAN TOUR-
会期:2022年12月7日(水) ~ 2023年1月22日(日)
会場:渋谷ヒカリエ9階 ヒカリエホール ホールA
住所:東京都渋谷区渋谷2-21-1
開館時間:平日12:00~19:00 (最終入場18:30)金曜日は20:00まで(最終入場19:30)、土曜11:00~20:00(最終入場19:30)、日・祝11:00~18:00(最終入場17:30)
料金:一般=平日2300円・土日祝2500円、中高生=平日1300円・土日祝1500円(小学6年生までは無料)
ウェブサイト:https://www.whoamitour.jp/

巡回先:【大阪会場】グランフロント大阪 2023年4月~(予定)

【福岡会場】福岡市美術館 2023年7月~(予定)

【石川会場】金沢21世紀美術館 2023年9月~(予定)

【福島会場】とうほう・みんなの文化センター(福島県文化センター)2024年3月~(予定)

浦島茂世

浦島茂世

うらしま・もよ 美術ライター。著書に『東京のちいさな美術館めぐり』『京都のちいさな美術館めぐり プレミアム』『企画展だけじゃもったいない 日本の美術館めぐり』(ともにG.B.)、『猫と藤田嗣治』(猫と藤田嗣治)など。