2008年に上野の森美術館で開催された「井上雄彦 最後のマンガ展」と並ぶほど記録的な動員を続けている「進撃の巨人展」。
『進撃の巨人』と言えば、原作である漫画はコミック累計発行部数4200万部を超え、アニメ化や実写映画化も進行している説明不要の超人気作品だ。
開催前から“自主規制”ポスターが波紋を呼び、実際に展示を観た人からの評価も高いこの展示。大勢の人たちが長蛇の列を作り続ける理由とは一体?今回、「進撃の巨人展」の空間演出の企画・デザイン・施工を担当した乃村工藝社のデザイナー山田竜太氏から、展示の裏側を紹介してもらった。
オープニングから強制的に世界観に引き込む!
展示のオープニングは「光と音の全身体感シアター」。薄暗い部屋の中にはスクリーンが設けられており、調査兵団の服装をした女性がアナウンスを始める。ここは《ウォール・トーキョー》と呼ばれる壁の中の街であり、観客たちは近くを歩いている巨人から身を潜めているという設定だ。スクリーンのストーリーに合わせて部屋の中には風が吹き、スクリーンの下のガレキも動き、臨場感に溢れている。やがて観客たちは巨人に見つかってしまい、その後アナウンスの女性は巨人に立ち向かうのだが…。
「大切にしたのは、『進撃の巨人』を知らない人にも楽しんでもらえること。そのためには最初に世界観に引き込む必要があります。そこで『巨人が人を食べる』という『恐怖』を体で感じてもらうわけです。ここは展示というより、もはやアトラクションですね」
デザイナーの山田氏の狙い通りオープニングからいきなり圧倒され、有無を言わさず『進撃の巨人』の世界観に引きずり込まれる。観客たちは足取り重く、次の展示へと進んでいく。
もはや原画を用いた新しいインスタレーション
「光と音の全身体感シアター」の次は原画の展示へ。シアターを出た後のスペースは赤いライトに照らされており不気味な雰囲気が漂う。最初の一角では、『進撃の巨人』の肝でもある巨人が人を食べるシーンを主に展示。キャラの悲痛な顔、叫び声などが至るところに散りばめられており、漫画の世界の重々しさや絶望を表現している。圧倒されながら原画を見ていると「まもなく巨人から逃げてくるお客さまがいらっしゃいます」と先に進むよう促すアナウンスが。
原画は大きなテーマごとに分けられているのだが、それぞれの雰囲気の作りも凝っている。街の中をイメージしたような壁や床、漫画のコマ割りのような展示の仕方、場面によって額縁を変えるなど随所に工夫が凝らされている。あるシーンでは、原画を用いたプロジェクションライティングを実施。コマごとに光の演出が加わり、圧倒的な迫力で原画を見せつける。展示を観ているうち、漫画の中に入ってしまったような気持ちになってきた。
「原画の展示では、『読む』と『見る』の間を目指したんです。アニメからファンになった人はもちろん、原作ファンにはもっと楽しんでもらえるように、漫画のコマ割りを活かしたグラフィックをレイアウトしたり、動きが出るようにいろいろ試行錯誤しました。ただページを大きくするだけだと動きがでなかったりして。一方セリフは面で見せるなど、メリハリも付けています。空間だからできる、空間だから面白い、ということを感じてほしいです」
また、原画ではないが立体機動装置のスピード感を体験できる映像も上映されている。立体機動装置で移動している人物の視点から森の中を駆け巡るわけだが、映像のすぐ近くの椅子に座ってみると世界観に没入できる。すると、ここで山田氏が裏事情を教えてくれた。
「実はこの展示手法って、非常にシンプルです。よく見てみると新たに投影面として設置したのは正面の三角形の一面だけ。他は元々の壁や床に映し出しているだけですから。でも普通に一面だけに投影するものとは没入感が格段に違います」
原画展示の最後では階段を降りていくのだが、実はここも漫画と連動している。階段の上にはアニの後ろ姿。階段を降りて振り返ると、伏目がちのアニの表情が見える。原作を読んだ人には分かる、あのシーンの再現だ。
ミカサのマフラーに触れる! あのブレードにも!
階段を降りると、エレンの家の地下室への扉があったり、『進撃の巨人』に登場する有名なアイテムを実体化したものが展示されている。ミカサのマフラー、サシャの芋、調査兵団のマント、イルゼの手帳、リヴァイのブレードなどが並べられており、実際に手に触れることができる。
「形にしたから分かったこともあります。たとえばリヴァイのブレードは実際に作ってから諫山さん(諫山 創、『進撃の巨人』作者)に見ていただくと、『武器として短い』とのお話があり、そこで、カッターナイフのような刃2個分延長し、厚みも薄くしてリアルさを追求しました。なので、実は漫画の比率よりは長くなっています」
実物大の立体機動装置の装置も展示されている。
「諫山さん本人がこだわって描かれた設定資料を元に、立体機動装置は正確にトレースして、エイジング加工を施しています。綺麗なままだとおかしいので、タンクなどには闘いの中で付いたような傷も付けているんです。あと、タンクと本体をつなぐホース部分はもともとゴム状でしたが、より本物らしい風合いにするために金属に変えました」
超大型巨人には鼻毛もある!?
展示のクライマックスは実物大の超大型巨人。手をくぐって部屋に入ると、あの巨人がこちらを見ている。こんなものに襲われたら完全に終わりだと即座に理解できる大迫力の存在感だ。
「作る際には、まず20分の1の模型を作って検証から始めました。そこで初めて見えてくるディテールがたくさんありました。顔の表情や頭の傾き、手の形などは模型を作ったことで決まった部分です。もちろん監修には諫山さんも関わっていて、まつ毛を付けるというアイディアは途中段階の実物を目の前にしながら本人から出たものでしたね」
こちらを見ているかのような視線のリアルさの正体は、瞳の作り込みだ。眼球の球体の中にもうひとつ黒目として球体を入れ込んでいるそうだ。さらに肩部分は顔とは素材を変えることで、呼吸しているような脈動を感じさせる作りになっている。さらに、巨人の顔に近づいて分かったことが。間近で顔を見上げると、鼻の穴の中には鼻毛も生えているのが見えた。本当に細部まで抜かりのない作り込みだ。
会場の最後には、イラストレーターや現代美術作家とのコラボレーションもある。参加しているのは天明屋尚、石塚隆則、熊澤未来子、下田ひかりの4名だ。
360°どこを見渡しても『進撃の巨人』の世界
展示本編とは別会場になるが、「360°体験シアター“哮”」も体験させてもらった。ヘッドマウントディスプレイの「Oculus Rift」を装着して鑑賞するコンテンツだが、これも展示とは別の意味で『進撃の巨人』の世界に入り込むことができる。
「Oculus Rift」を装着して周囲を見渡すと、まさに360°壁・壁・壁。ミカサやアルミンがすぐ近くにいるという感動。そして壁の向こうから迫り来る巨人。自分は調査兵団の一人という設定になっており、立体機動装置で飛び回ってミカサやアルミンたちと一緒に戦う。
立体機動装置の高度感とスピード感、巨人の気持ち悪さ、巨人化したエレンのスケール感を身をもって体感することができる。この感覚は「進撃の巨人展」でしか体験できない。
「進撃の巨人展」はもはや単なる原画展ではなく、一種のアトラクションであり、原画を用いたインスタレーションだ。この突き抜けた世界観、ぜひとも身をもって感じてほしい。
山田竜太 (やまだ りゅうた)
株式会社 乃村工藝社 CC事業本部 クリエイティブ局 デザイン1部 デザイナー1977年東京都生まれ。2002年に株式会社乃村工藝社入社以来、エンターテインメントデザイナーとして、エンターテインメント空間を中心に、企業の展示会やショールーム、展覧会、ショップ、飲食施設まで集客施設デザインを幅広く手掛ける。
「ナガシマスカ」をはじめ数々の富士急ハイランド アトラクションを手掛ける一方、韓国・エバーランド アトラクション「Horror Maze」では日本のお化け屋敷を実現するため、企画、空間、演出だけでなく、アクターの演技指導までトータルにクリエイティブディレクションする。
デザインコンセプトは、訪れた人が「ワクワクドキドキ」する空間づくり。エンターテインメント空間の魅力をつくるため、空間デザインだけでなく、照明や音、ギミックなどを取り入れた複合演出全体のデザインを得意とする。■主な実績
2008年 「井上雄彦 最後のマンガ展」:空間デザイン
2009年 東京ドームシティ アトラクションズ シューティングライド「The Dive(ザ・ダイブ)」:クリエイティブディレクション(企画/空間/演出)
2011年 富士急ハイランド「高飛車」:空間演出デザイン
2014年 「進撃の巨人展」:空間演出ディレクション(企画/空間/演出)
「進撃の巨人展」
会場:東京・上野の森美術館
会期:2014年11月28日(金)~2015年1月25日(日)
・前期日程:2014年12月1日(月)~12月31日(水)
・後期日程:2015年1月1日(木)~1月25日(日)
※休館日なし(年末・年始も開催)
開館時間:平日10:00~17:00/土日祝10:00〜20:00
※12月26日(金)は20時まで開館
※12月30日~1月2日は祝日扱い
※チケットはすべて全日・日時指定
©諫山創・講談社/「進撃の巨人展」製作委員会