畠中実 meets 久保田成子。シリーズ:私が見た「Viva Video! 久保田成子展」(2)

東京都現代美術館で2月23日まで開催中の「Viva Video! 久保田成子展」を3名の人物が訪れ、思い思いに考察や気持ちを綴る全3回のリレー企画。第2回はNTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員の畠中実が、久保田によるヴィデオ・アートのオリジナリティを軸に本展をレビューする。

「Viva Video! 久保田成子展」(東京都現代美術館での展示風景、2021) 撮影:森田兼次

未来が映ったヴィデオを見るとき〜
久保田成子は明日のヴィデオ風景を予見した

ヴィデオ・カメラを持った久保田成子のポートレートが印象的である。それは、この展覧会のタイトル「Viva Video!」(ヴィデオ万歳!)とともに、久保田成子というアーティストがいかにヴィデオというメディアの持つ表現に可能性と希望を感じていたかを表しているように見える。たしかに、ヴィデオ・アートの時代とでもいうべき熱が、あの時代のニューヨークにはあっただろう。展覧会カタログに再録された久保田によるテキスト「ヴィデオ—開かれた回路」(1974)を読めば、「メディアの改造なしに社会の改造はありえない」と、まるで「ヴィデオ芸術」宣言のようである。それは、ヴィデオ・アート以前に、久保田も関わりを持っていた「ソニック・アーツ・ユニオン」の活動のように(今回、メアリー・ルシエらとの「ホワイト ブラック レッド イエロー」の活動を知ることができたのは重要)、エレクトロニック・アートとしてとらえられるべき動向の台頭でもあった。久保田のパートナーであったナムジュン・パイクがそうだったように、そこにはヴィデオというメディアを、ツールとして手にした、エレクトロニクス時代の新しい芸術を創造する、明日のアーティスト像が表出している。

「Viva Video! 久保田成子展」より、「ホワイト ブラック レッド イエロー」のポスターの展示(東京都現代美術館、2021) 撮影:森田兼次

ただし、ここで言いたいのは、そうしたある時代を、新しいメディアが新しかった頃を思い出させるという意味で評価しようということではない。あらためて認識すべきは、その当事者であったアーティストの、テクノロジー状況とともに自身を更新し続けていく態度とでも言うべきものだ。1970年代から80年代を通じてヴィデオ・アートという動向の台頭が、それ以降90年代のメディア・アートの登場まで連続するという見立てをしてみるならば、ヴィデオ・アートを画一的なフォーマットに収斂させることではなく、メディアの形式的な使用法に固執することのない、流動的な思考こそが見えてくる。そして、それが久保田のオリジナリティなのだということをあらためて思わされたのだった。それは1992年の個展を観たときには意識されなかったことだった(もちろん私が未熟だったことが大きいのだけれど)。

「Viva Video! 久保田成子展」(東京都現代美術館での展示風景、2021) 撮影:森田兼次

2022年には、「ヴィデオ」という言葉さえ、どこか過去のものにも感じられる(少なくとも若い観客にはすでにヴィデオ・テープというものに馴染みがない)かもしれない。「Viva Video!」を謳うこの展覧会は、ヴィデオというメディアが、すでに美術においても新しいメディアとは言えないほどに時間が経過し、ヴィデオ・アート以来の歴史を持ったいま、あらためてヴィデオの汲み尽くせぬ可能性を、いかに久保田が制作のなかで探求していたのかを再確認することができる。

もちろん、これはひとりのアーティストの全貌を綿密な調査研究によって詳らかにする稀有な展覧会である。とくにヴィデオを制作に用いるようになり、「ヴィデオ彫刻」なる独自のスタイルを確立していく過程を見せる後半の構成からは、パイクとは異なるヴィデオ・アートのオリジナルな表現語彙を久保田が獲得していたことを知ることができる。パイクがヴィデオ映像の電子的な可塑性に着目し阿部修也とヴィデオ・シンセサイザーを制作したのに対して、久保田は映像自体だけではなく支持体としてのモニターも含めた可塑性を追求し、映像を彫刻的に立体に組み入れ、空間にインストールする方法を見つけたのだった。それは、美術表現としてのヴィデオのあり方を考えるうえで、大変示唆に富むものだと言えるだろう。

「Viva Video! 久保田成子展」より、《メタ・マルセル:窓(雪)》(1976-77/2019、久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵)の展示(東京都現代美術館、2021) 撮影:森田兼次

ヴィデオはきのうの窓。
ヴィデオは明日の窓。

展覧会の冒頭、「デュシャンピアナ」シリーズのひとつ《メタ・マルセル:窓(雪)》(1976-77)とともに展示室の壁にそえられた箴言のような言葉。ヴィデオが、撮影された瞬間に過去となる現在をとらえる記録メディアであるといういっぽうで、未来を提示してみせることが可能なメディアでもあることを、ささやかに宣言するような言葉だと思う。過去を未来に投機することで、その使用法によって、ヴィデオはたんに追憶のためのメディアではなく、未来を映し出す、未来へと通じる開かれた窓となる。パイクが《グローバル・グルーヴ》(1973)で未来の放送を垣間見せ、それが、実際の衛星を使用した同時多元中継システムによる作品《グッド・モーニング・ミスター・オーウェル》(1984)などで現実のものとなったように。

「Viva Video! 久保田成子展」より、《メタ・マルセル:窓(雪)》(1976-77/2019、久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵)の展示(東京都現代美術館、2021) 撮影:森田兼次

だからだろうか、この「ヴィデオ彫刻」の作品群は、現在でもまったく古びていないばかりか、多くの映像インスタレーションが発表されている現在の状況からみても、むしろだからこそ、それぞれの作品から新鮮な印象を受ける。なにしろ作品が制作されたのは45年前である。そのさらに55年ほど前にマルセル・デュシャンが、窓の向こうを黒い革で覆い隠して見えないようにしてしまった《なりたての未亡人》(1920)を発表した。久保田によってそこにヴィデオによる窓の外の風景が重ね合わされるのは必然だっただろう。まだTVモニターが箱のようだったころ、モニター自体は見えないように新たにしつらえた箱の中に隠され、窓の向こうを様々に変化する映像に置き換えることで、外部へと開いた。そこから、壁掛けディスプレイに環境ヴィデオ、という1980年代に夢想された、ヴィデオの日常空間への展開のひとつはもうとっくに現実になっている。

また、本作でモニターを縦にして使用していることは、モニター本体を隠してしまっていることで、その事が見えにくくなっているかもしれない。それは、ブライアン・イーノがブラウン管モニターを縦にしたヴィデオ作品とインスタレーションを発表するより前のことだった。パイクの《TV ガーデン》(1974)では、むき出しのモニターが空間に環境的に配置される。しかし、久保田の「ヴィデオ彫刻」は、別の意味でより環境的だと言える。ヴィデオをたんに映像の支持体として見るのではなく、鏡や水を使ったモニターからの光の反射、あるいはモニターを光源として使用する方法など、映像を偏在させ、拡散させることで、空間を拡張的に展開するのである。現在では、映像インスタレーションという分類がなされるような手法とも言えるが、そこには映像を彫刻的に扱うのと同時に、空間自体を彫刻するという意識があるように思う。

「Viva Video! 久保田成子展」より、《ナイアガラの滝》(1985/2021、久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵)の展示(東京都現代美術館、2021) 撮影:森田兼次

ヴィデオ・テープに未来の出来事が記録されていたとしたら、それはSFめいた話である。しかし、この展覧会において、久保田のアーティストとしての来歴が、現在の時代状況から再照射されるとき、久保田成子のアーティスト像もまた更新され、よりクリアに見えてくるようになるだろう。いま、この「Viva Video!」展を見ること、それこそが未来が記録されたヴィデオを見るときなのである。

「Viva Video! 久保田成子展」(東京都現代美術館での展示風景、2021) 撮影:森田兼次

畠中実

はたなか・みのる NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員。1968年生まれ。多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。「サウンド・アート――音というメディア」(2000)や「サイレント・ダイアローグ――見えないコミュニケーション」(2007)、「[インターネット アート これから]――ポスト・インターネットのリアリティ」(2012)、「坂本龍一 with 高谷史郎|設置音楽2 IS YOUR TIME」(2017)など多数の企画展を担当。このほか、ダムタイプ、ローリー・アンダーソン、八谷和彦、ライゾマティクス、磯崎新、ジョン・ウッド&ポール・ハリソンといった作家の個展も手がける。2022年1月15日〜2月27日、谷口暁彦、指吸保子とともにキュレーションする企画展「多層世界の歩き方」が開催。