2017年に開設したYouTubeチャンネル「Watercolor by Shibasaki(柴崎春通の水彩チャンネル)」が話題を呼び、国内外に約175万人ものフォロワーを持つ画家YouTuber・柴崎春通。その佇まいは、1980~90年代に世界各地で放映され、いまなお根強いファンを持つテレビ番組『ボブの絵画教室』のホストになぞらえ「日本のボブ・ロス」とも称される。
YouTubeチャンネルでは毎回、水彩画だけではなく様々な画材を使って多彩なテーマに取り組んでいる柴崎だが、この度文具メーカーのぺんてるが開発した「アートクレヨン」の監修者に抜擢。近日発売される「アートクレヨン」の魅力と、「アートクレヨン」を使って描いた作品の展覧会、そして、自身が歩んできた知られざる軌跡について話を聞いた。
──柴崎さんが解説したYouTubeチャンネル「Watercolor by Shibasaki(柴崎春通の水彩チャンネル)」は、175万人ものチャンネル登録者がいる大人気チャンネルですが、絵の世界に入ったのはどのようなきっかけなのでしょうか?
子供の頃から絵が好きで、先生や同級生から絵が上手と言われてその気になったクチです。
僕が小学生だったころはまだ娯楽が少なく、小学校の図書室に入り浸っては絵画全集を眺める毎日でした。そこで出会ったのがモンドリアンの抽象画。あれにはびっくりしました、僕が教室で描いて褒められる鶏の絵なんかとまったく違う絵が存在するという事実が衝撃だったんです。しかも歴史的な名作だという。え、これでいいの!?許されるの!?って。嬉しいことに、その全集にはモンドリアンの初期作品も載っていて、彼が具象絵画から抽象絵画へ到達するまでの過程もわかるようになっていた。これも驚きでしたね。とても細かいところまで絵を描ける人なのに、時が経つにつれてシンプルになっていくんです。
──モンドリアンに衝撃を受けた、というのは現在の柴崎さんの作風を拝見すると非常に意外です。
彼の描き方、考え方にも影響を受けましたね。中学生のときに油彩画のセットを買ってもらったのですが、使い方がわかる大人が周囲にいなかったため独学で風景画にチャレンジすることになったんです。そのときに、僕はモンドリアンの抽象画を思い出した。僕の目の前にある風景を、モンドリアンには及ばないけれども、自分勝手にアレンジして描いてみようとした。「こういう形のものを、こういう色にして、ここに配置してみよう」って。この感覚を持ったまま現在まで絵画に関する仕事を続けているため、僕のなかでは抽象と具象に明確な区分けがないのです。描くことにあたって大切なのは構成する力、つまりデザイン力だと考えるようになりました。生徒さんに教えるときも「絵っていうのはデッサン力よりもデザイン力だからね」と教えています。描写が下手でもいいんです。デザイン感覚を大切にしてほしいって。YouTubeで絵を描いているときもそんな思いが伝わるようにお話しています。
──そんな柴崎さんがYouTubeを始めたきっかけを教えてください。
海外で展覧会を開催したいと考えていたんですよ。2000年に文化庁派遣在外研究員としてアメリカに滞在していたとき、ニューヨークのプラザホテルで個展を開催したことがあったのですが、とてもいい経験でもう一度行いたいと思っていました。とはいうものの、日本で作った作品を、展覧会のために海外に持っていくのって、税関の手続きなどがあって非常に手間と時間がかかるんです。たんに作品を荷物として輸送するわけにはいかないんですね。
そんなとき、息子が「YouTubeをやってみれば?」と言ってくれた。たしかにYouTubeで配信すれば海外の人も絵を見てくれるはず。僕は新しいことが大好きなのでさっそくやってみたら、登録者数がどんどん増えていく。YouTubeのいいところは、絵や美術にあまり興味がない人にも見てもらえること。そんな人達が絵や美術に興味をほんの少しでも持ってくれたらとても嬉しいんです。絵画教室は絵に興味がある人、好きな人ばかりがやってくるところですからね。僕のチャンネルはコメント欄が荒れないんです、それも、とても嬉しいことですね。
そして、日本だけでなく、海外の人たちも僕のYouTubeを見てくれ、さらには「日本にボブ・ロスがいた」と紹介してくれてフォロワーが増えた。かつて人気だったTV番組『ボブの絵画教室』のボブ・ロスさんになぞらえてくれるなんて、非常に光栄だと思いました。
──海外からのコメントも温かいものが多いですね。柴崎さんはここ最近クレヨン画にも取り組んでいらっしゃいます。これはどのような理由からでしょうか?
いちばんはコロナ禍ですね。2020年当時、多くの人が家に閉じこもらざるを得なかった。そんな時間を、絵を描くことで少しでも楽しく過ごせてもらえないかな?と思ったんです。
ただ、僕がYouTubeで披露している透明水彩画は、気軽に楽しむには少々ハードルが高い。というのは、世の中のほとんどの画材は濃い色を最初に塗り、徐々に薄い色を塗っていくのがセオリー。典型的なのがレンブラントで、彼の作品は白い色を最後に厚めに塗っています。
けれども、透明水彩画と水墨画だけは順番が逆。紙の白色を活かしつつ、薄い色から描いていき、最後に黒などの濃い色を塗っていくんです。薄い色から描くためには、頭の中にこれから描く絵の完成形がすでにできあがっていることが必要になってきます。これは絵の初心者にはこれは非常に困難なのです。
そこで目をつけたのが、クレヨンという画材でした。クレヨンは多くの人が子供のときに使った画材。さっそくクレヨンで絵を描く動画を配信したところ、「自分にもできそう」「さっそくやってみる」と非常に好評なコメントが多く、とても嬉しかったです。でも、そんなクレヨンも欠点があります。混色ができないということ、そして重ね塗りができないということ。混ぜたり重ねたりできればクレヨンで描く絵はもっと自由になれるし可能性が広がる。
そんなことを考えていたとき、YouTubeを見たぺんてるの担当者さんが「クレヨンについて話を聞かせてほしい」と僕のところにやってきました。そこで、現状のクレヨンについて思ってることを率直に申し上げたんです。そして、その流れでぺんてるさんが大人向けに開発したクレヨン「アートクレヨン」の監修を務めることとなりました。
「アートクレヨン」の特長は、混色と重色の素晴らしさです。そして思考錯誤して厳選した8色で、油彩のような様々な表現が可能です。ぜひ「アートクレヨン」を使って、ご自身の表現を広げて欲しいとYouTubeでの発信やクレヨン画教室などを行ってきました。このクレヨンのためのクラウドファンディングには、すでにたくさんの人が賛同してくれていて本当に嬉しいです。
そして、今回は僕の絵を通じて「アートクレヨン」で描く楽しさを感じていただけたらと、1月16日から25日まで、銀座第7ビルギャラリーでこの「アートクレヨン」を使ったクレヨン画のみの展覧会を開催します。初のクレヨン画のみの個展となるので、新作ばかり約60点ほど制作しました。できるだけたくさんの表現の作品をお見せできるように、今回は事前申し込みをやめて来場者に楽しんでいただけるかたちをとりましたので(*)、ひとりでも多くの方に作品に触れて頂ければ嬉しいですね。
──また、柴崎さんが描いたクレヨン画をもとに、制作したジークレー(複製画)も制作されたそうですね。
クラウドファンディングの返礼品として制作したのですが、最初ジークレーを見たときは本当に驚きました。自分の描いた絵をここまで忠実に再現してくれるとは思いませんでしたから。
ジークレーはインクジェットプリンターで高精細印刷する複製画なのですが、専門のスタッフが色を細かく分析し、調節してくれるので色彩や質感の再現度が素晴らしい。これまでも、個展の開催時に図録を制作したりして難しさも分かっていたのですが、ここまで再現度の高いジークレーができて本当に嬉しいですね。
絵を描いていて常々思うことなのですが、自分の作品って、一点ものしか存在しなんですよ。だから、その作品を気に入ってくれた人がいても、ひとりにしかお渡しできない。その点、忠実に再現したハイクオリティのジークレーは、多くの人に作品をお渡しできるすばらしいものだと思います。1月16日からのアートクレヨン画個展の会場でも原画と一緒に展示するので、興味のある方はぜひチェックしていただきたいですね。
2024年も今回の展示を含めて何回か展覧会を開催する予定です。人生は短いですからね、できるときにできるだけ楽しもうと思って毎日を過ごしています。
*──個展は1月16日より10日間行われる。詳細は以下の通り。
柴崎春通クレヨン画展
会期:1月16日(火)~1月26日(金)10:30~17:30(※最終日は10:30~13:30)
場所:銀座第7ビルギャラリー2F
住所:〒104-0061 東京都中央区銀座7-10-16
申込み方法:事前申し込み無し
入場料:無料
(※)会場の混雑緩和と安全確保のため50名ごとに30分の滞在時間で入場制限を行いますので、予めご了承ください。
「アートクレヨン・プロジェクト」のクラウドファンディング
https://greenfunding.jp/lab/projects/7690