公開日:2022年8月9日

「瀬戸内国際芸術祭2022」夏会期レポート! 直島・豊島・女木島・男木島・宇野港の新作をめぐる

「瀬戸内国際芸術祭 2022」の夏会期がスタート。金氏徹平、冨安由真、坂茂+大岩オスカールといった作家たちの新作を中心に、女木島、男木島、豊島、直島、宇野港をめぐる。

金氏徹平 S.F. (Seaside Friction)  2022

アートの夏はやっぱり瀬戸芸。新作続々の夏会期が開幕

「海の復権」をスローガンに、地方の魅力を再発掘することを目指す瀬戸内国際芸術祭。3年ぶり5度目の開催となる2022年は4月から開催された春会期に続き、8月5日から夏会期が開幕。会期は9月4日まで。その後、秋会期が9月29日〜11月6日に開催される。

今回は8月3日に開催されたプレスプレビューの様子から、夏会期に公開される新作を中心に見どころをお伝えしたい。

▶︎春会期のレポートはこちら草間彌生小沢剛らの作品が公開された直島の「ヴァレーギャラリー」(安藤忠雄設計)などを紹介。

女木島

木村崇人 カモメの駐車場 2010

高松港から船で約20分。 大竹伸朗《女根/めこん》(2013)など、人気作品がある女木島からスタート。船から降りてまず感じるのは、吹き付ける風の強さだ。風見鶏のように風向きによってその向きを変える木村崇人《カモメの駐車場》(2010)が、港で鑑賞者を出迎える。

「オオテ」と呼ばれる防風防潮の石垣

強風で知られる女木島を象徴する景色が、「オオテ」と呼ばれる防風防潮の石垣だ。江戸時代後期頃から作られ、現在も明治〜昭和初期のものが残っている。

このような女木島の景観を取り入れたのは、三田村光土里の《MEGI Fab(メギファブ)》(2022)。春会期からオープンしているこちらは、女木島の風景をプリントしたテキスタイルによる一点物の布製品を製造、展示、販売する手芸工房だ。インスタレーションを展開するテキスタイルには、作家が女木島の風景を撮影した写真が使われている。その上に見える矩形の幾何学模様は、「オオテ」のかたちがもとになっているという。「(ここを訪れた人が)日常に女木島の風景を持ち帰ってもらえるような作品にしたかった」(三田村)。

隣の部屋では高松市にある手芸店、ボタンのアカネヤの協力のもと、美しくかわいいボタンやアクセサリーも販売している。

三田村光土里 MEGI Fab(メギファブ) 2022
三田村光土里 MEGI Fab(メギファブ) 2022

大川友希《結ぶ家》(2022)も春会期から公開された作品。地元の人たちや来場者が持ち寄る古着を短冊状にし、それを作家やワークショップ参加者がつなぎ合わせたもので、空き家を覆ったインスタレーション。身に見えない記憶がテーマで、「私の記憶、古い家の記憶、この地域の記憶をつなげていくような作品」(大川友希)。

《結ぶ家》(2022)の前にて、大川友希
記憶を分入りながら進むようなかたちで見る、《結ぶ家》(2022)の内部

美術家・彫刻家の小谷元彦による《こんぼうや》は夏会期から。プレビュー時には未完成だったが、空き家を改装し、「棍棒」を制作する工場を作る。公開時には完成品6本、制作中のものを2本を展示し、秋会期には棍棒を販売予定だと言う。

でも、なぜ棍棒なのか……?
女木島は通称「鬼ヶ島」とも呼ばれ、桃太郎伝説に登場する鬼が住んだとされる巨大な洞窟がある。日本の民俗、文化で欠かせない鬼の存在から、鬼が持つとされる棍棒がモチーフとなった。「木製の棍棒とは、敵や闇を追い払う道具であり、人類最初の木彫だったとも考えられるだろう」(公式サイトより)。彫刻家の視点から現代に誕生する新たな棍棒。どのようなものになるのか、期待が膨らむ。

なお上述の鬼ヶ島大洞窟では、県内の中学生が制作、展示した鬼瓦の作品をもとにした《オニノコ瓦プロジェクト2》も展示中。

制作中の小谷元彦《こんぼうや》(2022)
鬼が描かれた島内の壁がかわいい

ニコラ・ダロ《ナビゲーションルーム》(2022)も夏会期から公開。海水浴場として知られる女木島のビーチ沿いにある旧海の家が舞台だ。室内に用意されたベンチに腰掛け、キネティックなオブジェとその奥に広がる瀬戸内海の風景を望む。天体の動きから発想された作品で、12か月に対応する曲を奏でるオルゴールの音色が空間に溶け込んでいく。「内と外の風景が融合するというコンセプト」(ニコラ・ダロ)から生まれた本作を眺めながら、しばし心と体を休めたい。

《ナビゲーションルーム》と、ニコラ・ダロ
ニコラ・ダロ ナビゲーションルーム 2022

「寿荘」は、女木島名商店街の心臓部となるインフォメーション&総合レジカウンター。かつて民宿だったこの建物のピロティは、いわば海の家のテーマパーク的な場所。原倫太郎+原游《ピンポン・シー》やレアンドロ・エルリッヒ《ランドリー》など2019年に制作された人気作に加え、今年からの新作も公開されている。

原倫太郎+原游 ピンポン・シー 2019
レアンドロ・エルリッヒ ランドリー 2019
中里繪魯洲 ティンカー・ベルズ ファクトリー 2022
柳建太郎 ガラス漁具店 2022
女木島の浜辺

男木島

高松市の最北にある男木島は、素朴な暮らしが残る漁村。細くて急な坂が多い、ワイルドな会場だ。男木港に2010年に設置されたジャウメ・プレンサ《男木島の魂》は、瀬戸内国際芸術祭で生まれた男木島のランドマークとなっている。

ジャウメ・プレンサ 男木島の魂 2010

険しい坂道を登ると、鮮やかな黄色の立体物が目に入る。夏会期から公開されるワン・テユ(王德瑜)《No.105》だ。大きな風船状のオブジェの中には椅子が設置されており、鑑賞者は靴を脱いで座ることができる(繊細な作品なので、全体重をかけないようにお気をつけて)。瀬戸内海の名産品であるレモンから着想を得たという黄色が、森の緑、海と空の青といった周囲の景色のなかでよく映える。

ワン・テユ(王德瑜) No.105 2022
《No.105》(2022)に腰掛けるワン・テユ
瀬戸内国際芸術祭2022が開催されている男木島の景色

海を一望できる高台に建てられる「男木島パビリオン」(2022)は、坂茂による建築設計。その壁とガラス窓に、大岩オスカールが瀬戸内のイメージを描く。それぞれ絵が描かれた3枚のガラスをスライドして重ね合わせると、ひとつのイメージが現れると言う楽しい仕掛けも。

男木島パビリオンにて、大岩オスカール
「男木島パビリオン」(2022)に描かれた大岩オスカールの絵

ロシア出身のアーティスト、エカテリーナ・ムロムツェワは古民家を舞台に3作品を発表。《学校の先生》(2022)は、作家が様々な人たちから聞き取った「学校の先生」のエピソードに基づくドローイングだ。また男木島の子供たちと行ったワークショップの成果も見ることができる。これらの作品はすべて「子供時代」に捧げられたものだという。

なおエカテリーナ・ムロムツェワ は、東京のアートフロントギャラリーでも個展「Breaking History」を8月28日まで開催。ロシアによるウクライナ侵攻後、厳しい状況のなかにあって、作家は反戦の意思を制作を通して示してきた。ロシア東欧美術研究者の鴻野わか菜によるこちらの作家論で詳しく紹介しているのでぜひ合わせて読んでほしい。

エカテリーナ・ムロムツェワ 学校の先生 2022
エカテリーナ・ムロムツェワ 授業の歴史 2022
エカテリーナ・ムロムツェワ 手をあげよう 2022

ほかに男木島では春会期からの作品として、眞壁陸二《漣の家》(2022)などを見ることができる。

眞壁陸二 漣の家 2022

豊島

春会期から豊島に展示されているヘザー・B・スワン+ノンダ・カサリディス《海を夢見る人々の場所》(2022)

内藤礼と建築家・西沢立衛による「豊島美術館」や、横尾忠則の「豊島横尾館」クリスチャン・ボルタンスキー《心臓音のアーカイブ》といった人気作品で知られる豊島(てしま)。

今回プレスツアーが訪れたのは、島の南側にある甲生エリアに登場した、冨安由真の新作《かげたちのみる夢(Remains of Shadowings)》(2022)だ。本作は、築100年あまりの朽ちかけた古民家をまるまる使った没入型作品。舞台となる特定の場所と、そこを描いた絵画が入れ子状態になるような幻想的なインスタレーションを発表し、近年大きな注目を集める冨安だが、今回は小泉八雲『和解(The Reconciliation)』に着想を得たと言う。「記憶」をテーマに、ここで暮らしてきた人々の記憶の残像が漂う、現実と非現実のはざまのような空間を作り上げた。展示の最後まで驚きがあるので、注意深く歩を進めてほしい。

冨安由真 かげたちのみる夢(Remains of Shadowings) 2022
冨安由真 かげたちのみる夢(Remains of Shadowings) 2022
作品の前にて、冨安由真

直島

瀬戸内海のアートめぐり、その中心地となる直島に2019年に誕生した、瀬戸内「   」資料館。この島に移り住んだアーティストの下道基行が、島の人々や各分野の専門家とともに、瀬戸内の風土や文化、歴史などを調査、収集、展示し、語り合うプロジェクトとして構想した。「   」の中には毎回のテーマが入り、これまで「緑川洋一」「百年観光」「鍰造景」資料館として調査・展示を行ってきた。

瀬戸内「   」資料館 外観

そしてこの夏〜秋会期に開催されるのが、瀬戸内「中村由信と直島どんぐりクラブ」資料館だ。中村由信(なかむら・よしのぶ、1925~1990)は直島出身の写真家。そして中村が属していた直島の写真団体が「直島どんぐりクラブ」だ。中村はこの資料館の最初の展示で焦点が当てられた写真家・緑川洋一に師事し、1955年に上京して写真家として活躍。『忘れられた日本人』などで知られる民俗学者・宮本常一とも親交を結んだ。下道は中村について「貧しいなかで暮らした瀬戸内の人々を泥臭く撮影した。(戦後復興の時代のなかで)自身の親たちの世代にあたる、忘れられていく人々の姿を職業ごとに残した」「フォトジャーナリズムの手法を感じさせながら、その写真には『物語性』がある」と説明。本展では写真集『瀬戸うちの人びと』から、中村の父親である鯛網の網元をはじめ、産婆さん、郵便屋さん、世話焼き婆さん、医師、といった人々を写した写真が展示された。

瀬戸内「中村由信と直島どんぐりクラブ」資料館
瀬戸内「中村由信と直島どんぐりクラブ」資料館
瀬戸内「   」資料館にて、下道基行

宇野港

直島の宮浦港を出て船で20分ほど。この日最後の目的地である、岡山県の宇野港へ到着した。ここには夏会期から、アイシャ・エルクメンによるモニュメント作品《本州から見た四国》が設置された。高さ8m、横幅5mほどの本作が立つここ宇野港では、かつて宇高連絡船が運行されていた。岡山県玉野市の宇野駅と香川県高松市の高松駅との間を結んでいたが、1988年に瀬戸大橋が開通したことでその役目を終えたと言う。本作はかつて宇高連絡船が発着した宇野港の向かいにある四国のかたちを、金属製のパイプを使って1本の線で描いたものだ。作品の近くには宇高連絡船の遺構も残されている。

アイシャ・エルクメン 本州から見た四国 2022
宇高連絡船の遺構

港からふと丘の上を見上げると、そこには「玉野競輪」の文字が。ここ宇野港に1950年に開設された玉野競輪場の看板だ。観客席から瀬戸内海を見渡せるという素晴らしいロケーションを誇るこの競輪場の隣にある日の出公園では、金氏徹平が作品《S.F. (Seaside Friction) 》(2022)を展示する。

玉野競輪の看板

玉野競輪場が改修工事を行った際に出てきたスタンドの椅子や看板など、競輪施設で使われていた素材を使って彫刻作品を制作した。彫刻の大部分を占めるオレンジ・青・黄色のカラフルな部分がスタンドの椅子。そしてその唐突さに目を奪われる男性の顔は、ここで活躍した競輪選手の写真だという。その裏には、新潟で開催される「大地の芸術祭」に作家が参加した際に撮影した雪景色の写真がはめ込まれており、ヤシの木が並ぶ海沿いの公園で異質な雰囲気を醸している。まったく異なる場所が不意につながるような、ちょっと不思議な空間で夕焼けを浴びながら、トリップ感のなかでツアーは終了した。

瀬戸内国際芸術祭2022より、金氏徹平《S.F. (Seaside Friction) 》
金氏徹平 S.F. (Seaside Friction)  2022

新作の一部を回るだけでも、このようにボリューム満点の「瀬戸内国際芸術祭2022」夏会期。いまでは日本中に数多くの芸術祭があるが、その土地の魅力と作品のコラボレーションという点ではやはり随一の魅力がある。せっかく訪れるなら、瀬戸内の美しい景色や、フェリーの上で受ける風の心地よさ、そして地域の食材を使ったおいしい食事も味わいたい。瀬戸内の旅は船での移動が鍵となるので、事前に時刻表と睨めっこしてしっかり計画を立てながら、各島・各港のアート作品をめぐってほしい。島では商店にアクセスしづらい場所もあるので、飲み物をはじめ暑さ対策のグッズもお忘れなく。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。