日本から3時間足らずで着いてしまう、それほど近い国、韓国。コロナも明けて、仁川国際空港には日本だけでなく世界から観光客がたくさん訪れている。今回は韓国の首都、ソウルのアートスペースを3回に分けて紹介したい。ショッピングや観光のついでに立ち寄るのもよし、本気で歩き回るのもよし、それぞれエリアごとに街の雰囲気を楽しみながら出かけるのをおススメする。なお、スムーズに周るコツとして次の3点をまず挙げたい。
①手荷物は少なめに:地下鉄構内は日本ほどエレベーターやエスカレーターが充実しておらず、また展示会場によってはアップダウンが激しい。ホテルや駅のコインロッカーに預けてから展示を観に行こう。
②地下鉄を使いこなそう:タクシーやバスはデモによる通行止めや帰宅ラッシュで、時間が読めないのが難点。地下鉄は日本ほど複雑でなく、路線ごとに振り分けられた色を頭に入れておけばスムーズに移動できる。交通系ICカードの「T-moneyカード」(ティモニ、티머니)にチャージをして、ビュンビュン回ろう。
③お手洗いは駅・美術館・カフェで済まそう:韓国のコンビニには基本的に御手洗がない。ビルの御手洗にもパスワード入力式のロックがかかっていることが多いので、ご飯や展示ついでにしっかりと寄っておきたい。
第1回は、「シチョン~ホンデ~ウルジロ」エリアで足を運ぶことのできるアートスペースを紹介する。韓国に到着したその日から、観光を楽しみつつも美術展を楽しみたい方には、おススメのコースである。
また各スペースには公式サイトのリンクや、筆者が運営する日本と韓国の展覧会・イベント情報を紹介するポータルサイト「Padograph」のリンクを付けているので、訪問前に詳細を確認してほしい。
仁川国際空港(인천국제공항)からソウル駅(서울역)までは直通列車が通っている。真っ先に展示を見たい人はソウル駅で地下鉄1号線に乗り換えて、シチョン(市庁、시청)駅近くのソウル市立美術館(公式サイト、Padograph)の本館に行って見てはいかがだろうか。愛称はSeMA、正式名称は「ソウル市立美術館西小門本館」である。建物はもともと、日帝時代の1928年に京城裁判所として建てられたものだ。改修工事を経て、2002年に正式にオープンした。
海外・国内アーティストの大規模な回顧展や企画展のほかに、秋には2年おきに「メディアシティ・ビエンナーレ」も開幕する。ちょうど今年(2023年)は第12回として、レイチェル・レイクス(Rachael Rakes)を芸術監督に迎え「これも、また、地図(THIS TOO, IS A MAP)」(2023年9月21日~11月19日)というテーマのもと、開催が決定した。
ここが本館ということは、分館もある。今回は割愛するが、南ソウル美術館(公式サイト)、北ソウル美術館(公式サイト)、SeMAストレージ(公式サイト)、SeMAバンカー(公式サイト)などなど、関連施設も頭の片隅に置いておこう。本館で展示を見た後に時間があれば、写真賞のコンペも行っているイルー・スペース(公式サイト)や、北上してイルミン・ミュージアム(公式サイト、Padograph)に足を運んでみるのもよいだろう。ソウル駅の文化駅ソウル284(公式サイト)でもブックフェアや企画展が開催される時期もあるので、要チェックだ。
金浦空港から向かう人は、ソウル駅よりホンデイック(弘大入口、홍대입구)駅のほうが親しみがあるかもしれない。駅名のとおり大学の最寄り駅ということもあって、学生や若者で賑やかな街である。駅近に流行りのセレクトショップなども多く、外国人観光客の姿もちらほら朝早くから見られる。
しかしお店のオープンにまではまだ時間が……こんなときに、展示に足を運んでみてはいかがだろうか。後述のウルジロほどではないが、この一帯はアートスペースが密集しており、1日かけてコースのように回ることも可能だ。
ホンデイックからバスに乗ってヨニドン(連禧洞・연희동)方面:スペース・パド(公式サイト)、アートラボ・バン(公式サイト)、さらに北上してカジャ(加佐、가좌):Gallery Inn, Gallery Inn HQ(公式サイト)、Placemak2(公式サイト)、美學館(公式サイト、Padograph)、アートスペース衣食住(公式サイト)、地下鉄のルートで言うなら、ホンデイック→ハプチョン(合井、합정)→マンウォン(望遠、망원):Alterside(公式サイト)、WWW Space(公式サイト、Padograph)、OUTHOUSE(公式サイト)、ハプチョン→サンス(上水、상수):POST TERRITORY UJEONGGUK(公式サイト)、lad(公式サイト)、漢江を眺めながら南方向へ乗り継いでタンサン(堂山、당산):Show and Tell(公式サイト、Padograph)、Hall(公式サイト)、ムンレ:SPACE FOUR ONE THREE(公式サイト)、そしてヨンドゥンポ:ムンレ・アートスペース(公式サイト)、プロジェクトスペース・ヨンドゥンポ(公式サイト)といった周辺地域のスペースまで広範囲に回ることもできる。
スタート地点はホンデイック駅。いちばん混む9番出口から出て歩くこと10分、全時空間(All Time Space:公式サイト、Padograph)に到着する。裏が版画工房でもある会場は個展にちょうどいい広さで、これまでも多くの若手作家が見ごたえのある個展を開いている。ここ数年は特にペインティングやドローイングの個展や企画展が注目された。
同じエリアにはほかにも、オルタナティブスペース・ループ(公式サイト)やチャプター・ツー(公式サイト、Padograph)など平日の朝10時からオープンしているアートスペースもあるので、上手く周る順番を考えてみるのもいいだろう。また、すぐ近くにはソギョ芸術実験センター(公式サイト)があり、タイミングが合えば地下やロビーの展示を見るのもおススメする。
ひとつ隣の駅のハプチョン(合井)方面に足を運んでみよう。地下鉄だと1駅、御徒町駅〜上野駅より少し歩くくらいの距離感ではあるが、アメ横より人が溢れかえっていないので散歩がてら歩いてもよいだろう。その地名のとおり、合井地区(ハプチョンジグ:公式サイト、Padograph)というアートスペースがある。ショーウィンドウのように作品が飾られていたりと、行き交う人々も興味津々である。2015年にオープンしたこのスペースには、1階に白い壁が目立つ展示室、地下1階に映画館のような暗さの会場があり、見ごたえにアクセントをつける。
合井地区の近くにあるスペース・ソ(公式サイト)で展示を見てから来訪するのもよし、オンスコンガン(公式サイト、Padograph)で展示を見てお茶をするのもよし、会社員でごった返す前に近くのお店でお昼を食べるのもよし、と選択肢は幅広い。ホンデとはまた落ち着いた街の雰囲気を楽しみながら、展示を周ってみよう。
合井地区とは反対方向、ソウルの北と南を分ける漢江が見える方角に、レインボーキューブ(公式サイト、Padograph)がある。外見は一軒家だが、中に入れば若手アーティストの個展が楽しめるスペースだ。2015年にオープンしたこのスペースでは、2016年から「マイ・ファースト・エキシビション」という公募企画を行っており、若手アーティストの初個展を毎年サポートしている。グループ展や卒展で気になっていたアーティストや、はたまたまったく知らなかったアーティストの作品と出会える、嬉しい場所である。
ホンデ・ハプチョン駅から地下鉄2号線に乗って20分、ウルジロ3街(乙支路3街、을지로3가)・ウルジロ4街(乙支路4街、을지로4가)駅にたどり着く。雑居ビルや小売業のお店が建ち並ぶこの一帯には、小さいアートスペースがひっそりと点在している。前もってチェックしておかないと、なかなか足を運ぶことは難しいだろう。というのも、雑居ビルの玄関口にスペースの大きい看板があるわけでもないからだ。逆に言うと、マップ上の情報を集めておけば、かなりの数の展示に足を運ぶことができる。1日で沢山の展示に足を運びたい人には、うってつけのエリアである。
雑居ビルの3階にあるスペース・カダログ(公式サイト、Padograph)は、2021年にオープンしたアートスペースである。ここは真向かいのビルの4階にある同名のカフェと共同で運営されている。急な階段を上りながらいくと、白い壁の会場ではペインターをはじめ、様々な個展や企画展が開催される。カフェでは、デザイナーのOTC(公式サイト)やシャルウィダンス(公式サイト)のインテリアや照明に囲まれながら、美味しいコーヒーを嗜むことができる。韓国総合芸術学校やソウル科学技術大学の造形専攻の卒展記録集をパラパラ見ながら一休みして、1階下のアートスペース・ヒョン(公式サイト)や周りのスペースを訪れるのもよい。
こんなところに展示が…と思った方は、中間地点Ⅰ(公式サイト、Padograph)にも一度訪れてみるのもいいだろう。雑居ビルのエレベーターに乗って、703号室。初めて訪れる人には、展示のポスターが張られていても、入るのに緊張する場所である。2018年にオープンしたこのスペースは、複数人のアーティストが出入りしながら運営を続けている。制作や作品に向かっていくコレクティヴというより、管理人・運営者という位置づけに近いだろう。現在は、東洋画専攻をはじめとした5名のアーティスト(イ・ウンジ、パク・ソヒョン、ジョン・ジホン、ファン・ウォネ、ジョ・スミン[客員])が、中間地点を率いている。積極的にYouTubeやNotionを活用しながら、これまでの展示のアーカイヴもしっかり残している。また2022年の秋には中間地点Ⅱ(公式サイト、Padograph)が新たにオープンした。第2回で取り上げるアングク・キョンボックンエリアのほかのスペースと併せて、足を運んでみよう。
YPC(公式サイト、Padograrph)はイエロー・ペン・クラブの略字である。2015年から活動をはじめ、2016年9月に同名のページを開設し美術批評の活動を開始した書き手が、2022年から運営をはじめたスペースだ。いまでも美術批評やキュレーターとして活動している3名(イ・アルム、クォン・ジョンヒョン、ユ・ジウォン)が、展示企画に限らず様々なアプローチを展開して芸術活動のネットワークを編み出している。自主企画をすることはもちろん、外部から専門家を呼んで「女性マンガを読む」「分析美学セミナー」といった、専門性の高い講座を開いてもいる。また出版活動「YPC PRESS」として、企画展の記録冊子やアーティストとコラボしたオリジナル・カレンダーなども展開している。先に紹介したソウル市立美術館の書店でもYPC PRESSの書籍が一部取り扱われているので、要チェックだ。
カダログ~中間地点Ⅰ~YPC SPACEのエリアには、先に述べた通り、多くのアートスペースが点在している。
中間地点の最寄り駅であるウルジロ3街駅の近くには、グブルー・ギャラリー(公式サイト)、スペース・ミラージュ(公式サイト)。ウルジロ4街駅方面に向かって行くと、サンオプ画廊(公式サイト)、スペース・ユニット(公式サイト)、pie(公式サイト、Padograph)、ONEROOM(公式サイト)。建物の中にいくつものお店が並ぶ「世運商街」にあるFF Seoul(公式サイト)、ポケットテイルズ(公式サイト)、視覚美術研究所ピルスンサ(公式サイト)。小売業のお店が立ち並ぶ中にあるザ・ソソ(公式サイト)、COSO(公式サイト)、ウルジロOF(公式サイト)、n/a(公式サイト)。ウルジロ4街駅と東大門歴史文化公園駅(東大門歴史文化公園、동대문역사문화공원)の間にあるエブリーアート(公式サイト)などなど、ものすごい数のアートスペースが点在している。ウルジロエリアからは次の回で紹介するチョンノ~アングク~キョンボックンエリアにもアクセスしやすいので、こちらもご参考までに。
第2回は国立現代美術館(MMCA)ソウル館などがあるチョンノ~アングク~キョンボックンエリア、第3回はリウム美術館などで知られるイテウォン~アックジョンエリアを紹介。ぜひ合わせてみてほしい。