「カラー写真のパイオニア」とも言われるソール・ライターの大規模な展覧会「ソール・ライターの原点 ニューヨークの色」が渋谷ヒカリエ9Fのヒカリエホールで行われる。会期は7月8日〜8月23日。これは、2023年4月10日からのBunkamura休館(オーチャードホールを除く)に伴い、Bunkamuraザ・ミュージアムが渋谷ヒカリエ9Fのヒカリエホールを間借りするかたちで展覧会を行うというものだ。展覧会の企画担当は佐藤正子(株式会社コンタクト代表)。
ソール・ライター(1923〜2013)はペンシルバニア州ピッツバーグ生まれ。父親はユダヤ教の聖職者。1946年に画家を志し、神学校を中退してニューヨークへ移住。58年、『ハーパーズ・バザー』誌でカメラマンとして仕事を始め、80年代にかけて多くの雑誌でファッション写真を撮影した。2006年、初の写真集『Early Color』出版。08年にはパリのアンリ・カルティエ=ブレッソン財団でヨーロッパ初の回顧展を開催。12年にはドキュメンタリー映画が製作された。17年と20年にBunkamura ザ・ミュージアムで行われた回顧展はほぼ無名だったライターの名を一気に世間に知らしめ、大きな反響を呼び起こした。今回はそれらに続く、国内で3度目の回顧展となる。
展覧会は「ニューヨーク 1950-60年代」「ソール・ライターとファッション写真」「カラーの源泉─画家 ソール・ライター」「カラースライド・プロジェクション」の4章で構成。
本展を企画した佐藤は本展のコンセプトを「今回はカラースライドを中心に、もう一度ソール・ライターの色という視点で展覧会を組み直そうとした」と説明。未整理の作品はカラースライドだけでも数万点にのぼる “発展途上” の作家・ライターの作品を「色」の観点で再考したという。
ライターがカラー写真を始めたとき、まだ世間ではモノクロ写真が主流。モノクロは自分で現像ができるということで、ライターは小さなアパートに暗室を作り、モノクロ写真を自分で大量に現像したのだという。1章「ニューヨーク 1950-60年代」では、1950〜60年代の黄金期のニューヨークを写し撮った未公開スナップ写真を展示。
なかでも本展でアートファン必見と言えるのが、後のアートの巨匠たちのポートレイトのコーナーだ。アンディ・ウォーホル、ダイアン・アーバス、ユージン・スミス、セロニアス・モンク、マース・カニングハム、ジョン・ケージ、ロバート・ラウシェンバーグらの若き日の貴重な姿を見ることができる。「アートがアメリカの中心地にあった時代、ライターはいわば写真の練習としてたまたま会ったアーティストたちを撮影していました。今回、当時の時代背景を知るうえでおもしろいと思い、アーティストにフォーカスしたワンコーナーを作りました」と佐藤。
じつはウォーホルとライターは同郷で、同郷の共通の友人に紹介されたのだという。ウォーホルは母と一緒にいるところを撮影され、私たちの知る巨匠・ウォーホルと異なるナイーブな表情が印象的だ。
ライターは友人の紹介を受けて50年代よりファッション写真家として活動。「ソール・ライターとファッション写真」では、アートディレクターのヘンリー・ウルフ率いる50〜60年の『ハーパーズ・バザー』のファッション写真を一堂に公開。会場には多数の雑誌の見開きページが並ぶ。
「一度印刷所で雑誌として印刷されてしまうと写真家のところにオリジナルのポジフィルムは返却されません。そのため今回は、オリジナルとしてあえて雑誌そのものを展示しました。選定にとても苦労しましたが、雑誌の様子から当時の文化レベルの高さが窺い知れるのではないでしょうか」と佐藤は解説。一部の写真はアザーカットは別コーナーにあるので、それを推測しながら会場を巡るのも楽しい。
じつはもともと画家になるためにニューヨークに来たライター。「カラーの源泉─画家 ソール・ライター」の章では、ライターが2000点ほど残した絵画のなかから厳選し史上初めてまとまって展示されている。「当時はモノクロ写真が一般的で作家志向の人こそモノクロだった。だけどライターはモノクロもカラーも区別しなかった。それには、ライターのカラー写真の源泉には絵画があることが関係していると思います」。
最終章の「カラースライド・プロジェクション」では、ライターの作品を整理するソール・ライター財団が希望していた大スクリーンでのプロジェクション空間も実現されている。生存のライターがプリントの状態で確認したカラー作品はわずか200点余りであり、彼にとってカラー写真はアトリエ壁面に投影するなど、光を通した状態で見るカラースライドだった。会場では、厳選したカラースライドの複製を多数展示し、覗き込んで写真を楽しむというライターの鑑賞方法を追体験できる。10面の大型スクリーンには新たに発見された作品群約250点が投影。カシャ、カシャという効果音とともに切り替わる写真をいつまでも見ていられるような没入感が魅力。
日本で展覧会が行われるたびにファンを増やしていくライター。今回の展覧会も多くの人を惹きつけそうだ。
野路千晶(編集部)
野路千晶(編集部)