公開日:2023年6月11日

リチャード・プリンス「New Portraits」裁判のゆくえは? 変わりゆくコピーと司法の関係のなかで

アプロプリエーションはコピーに価値を生み出すのか? リチャード・プリンス「New Portraits」シリーズとフェア・ユースについて、「Art Law」に取り組む弁護士の木村剛大が論じる。

リチャード・プリンス 「New Portraits」(BLUM & POE、2015)展示風景。いちばん右が、著作権侵害訴訟の判決が出された写真 撮影:編集部

現代アーティスト、リチャード・プリンスの「New Portralts」シリーズは、2015年より数件の民事訴訟が起こされてきた問題作だ。2023年5月11日には、うち2件の判決が出され「フェア・ユースを認めない」という結果になったが、その判決は著作権と作品の関係を考えるうえで押さえておきたいポイントがいくつも含まれている。事件の経緯とゆくえを「Art Law」に取り組む弁護士の木村剛大が解説。【Tokyo Art Beat】

リチャード・プリンスとアプロプリエーション

リチャード・プリンスは、アプロプリエーションの代表的なアーティストとして知られる。「アプロプリエーション」は、既存の素材を意図的に取り込んで自らのアート作品として使用する手法を指す(*1)。この手法が注目を集めたのは1980年代であり、プリンスの有名な作品として、マールボロの広告を再撮影(リフォトグラフ)した「Untitled (cowboy)」シリーズがある。

リチャード・プリンス Untitled(cowboy) 1989 出典:グッゲンハイム美術館ウェブサイト(https://www.guggenheim.org/teaching-materials/richard-prince-spiritual-america/cowboys)
マールボロの広告 出典:グッゲンハイム美術館ウェブサイト(https://www.guggenheim.org/teaching-materials/richard-prince-spiritual-america/cowboys)

広告として流通していた視覚的イメージでは写真家の名前が出ることはなく作家性は喪失しているが、プリンスの再撮影によりトリミング、拡大してアート作品として提示されることで写真が本来有していた広告のメッセージ性は排除され、広告となる前の写真本来のイメージが回復される。再撮影によりコンテクスト(文脈)の置き換えが行われている(*2)。

アプロプリエーションでは確信犯的に他人のイメージを取り込むわけだが、当然ながらアート作品に取り込まれる他人のイメージ(取り込まれる写真を撮影した写真家のケースが多い)に関する権利との緊張関係を生むことになる。

2023年5月11日、プリンスの「New Portraits」シリーズをめぐって、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所に起こされていた2件の著作権侵害訴訟の判決が出された(*3)。

「New Portraits」シリーズは、Instagramに投稿された写真、コメントやプリンス自身のInstagramアカウントに投稿した他人の写真をわずかに加工し、自身でもコメントを加え、iPhoneでスクリーンショットしたイメージをキャンバスにインクジェット印刷したシリーズである。

この訴訟の原告となったのは、いずれもプロの写真家であるドナルド・グラハムとエリック・マクナットで、対象は次の2作品(《Portrait of Rastajay92》と《Portrait of Kim Gordon》)である。

出典:判決文5頁
出典:判決文5頁

《Portrait of Rastajay92》は、2014年にニューヨークのガゴシアン・ギャラリーで、《Portrait of Kim Gordon》は、2015年に東京のBLUM & POEで展示された。

そして被告となったプリンスは、作品への写真の利用はフェア・ユース(公正な利用)だと主張した。

フェア・ユースの4つの要素とは?

米国著作権法では原則として著作権侵害になる行為(写真の複製など)でも、次の4つの要素を総合的に考慮してフェア・ユースに当たれば、他人の著作物でも著作権者からの許可なく、利用することができる(*4)。

① 使用の目的と性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)
② 著作権のある著作物の性質
③ 著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量と実質性
④ 著作権のある著作物の潜在的市場や価値に対する使用の影響

この4つの要素のなかでも、とくに第1要素(使用の目的と性質)と第4要素(市場への影響)が主役と言われている。

フェア・ユースをめぐる解釈には変遷があるが、第1要素のなかでは著作物の利用が「変容的利用」に当たるかが重視されてきた。最高裁によれば、変容的利用かは、「新しい作品が、たんに原作品の目的にとってかわるか否かであり、言葉を換えれば、最初の表現を新しい表現や意味または主張を伴って変化させることで、さらなる目的や異なる性格を伴い、何か新しいものを付け加えているか否か」により判断される。このように、裁判所は、問題となった二次的な作品がベースとした原作品とは異なる性格を持っているかを考慮している。

そして、第1要素で被告による著作物の利用が変容的利用に当たれば、第4要素でも潜在的市場や価値に対する使用の影響がないと評価されやすくなり、結果としてフェア・ユースが認められてきた。

フェア・ユースはコピーの価値を問う枠組み

アプロプリエーションとフェア・ユースは、著作権という制度を考えるうえでも本質的なテーマのように思う。

著作権(コピーライト)のもともとの思想としては、(a)著作権者以外の人が他人の著作物をコピーしても文化の発展に寄与しないし、(b)著作権者の市場を奪うだけであると考えられていたはずだ。つまり、「コピーに価値はない」という考え方が根底にある。

しかし、アプロプリエーションが著作権との緊張関係を抱えながらも現代美術の分野で一定の評価を受けてきた事実からもわかるように、コピーによってオリジナルと異なるメッセージを表現できることもある。

そして、フェア・ユースで主役の地位を果たしてきた第1要素(使用の目的と性質)と第4要素(市場への影響)は、第1要素が(a)変容的利用かの判断を通して被告による著作物の利用(コピー)を許すことが文化の発展に寄与するか、第4要素が(b)著作権者の市場を奪う行為に当たるのかを選別する機能を果たしており、フェア・ユースは、コピーの価値を問い直す枠組みとも言えるのである。

アプロプリエーションによるコピーに価値を見出す司法の流れ

2013年に控訴審判決が出たリチャード・プリンスの「Canal Zone」シリーズに対して写真家パトリック・カリウから起こされた著作権侵害訴訟では、シリーズの30作品のうち、《Graduation》、《Meditation》、《Charlie Company》などの5作品以外の25作品について、プリンスによる写真の利用はフェア・ユースに当たると判断され、5作品に関してはさらに審理をするために地裁に差し戻された(*5)。

この事件では、裁判所は、変容的利用に当たるかの判断に際し、両作品を並べて見たときに、合理的な観察者の観点から根本的に異なる美を表現しているか、という点を指摘していたが、これに関しては基準が不明確で批判も多かった。たしかに変容的利用とされた「Back to the Garden」と差し戻しの対象となった「Charlie Company」の区別は困難だろう(*6)。

左からパトリック・カリウ『Yes Rasta』118頁の写真、リチャード・プリンス《Graduation》、リチャード・プリンス《Meditation》
パトリック・カリウ Yes Rasta 83〜84頁の写真 出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix(https://www.ca2.uscourts.gov/docs/opn1197/11-1197apx.html)
リチャード・プリンス Charlie Campany 出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix(https://www.ca2.uscourts.gov/docs/opn1197/11-1197apx.html)
リチャード・プリンス Back to the Garden 出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix(https://www.ca2.uscourts.gov/docs/opn1197/11-1197apx.html)

この事件は地裁に差し戻され、2014年に和解で終了したため、結局、残りの5作品に関する地裁での判断が示されることはなかった(*7)。

この「Canal Zone」判決は、写真家リン・ゴールドスミス撮影によるミュージシャンPrinceの肖像写真をベースとした、アンディ・ウォーホルの「Prince」シリーズ(1984)に関する2019年7月1日の判決で再び確認されることになる。アンディ・ウォーホル美術財団が原告となった「Prince」シリーズ16作品に関して著作権侵害がないことの確認を求める訴訟で、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所は、ウォーホル作品はフェア・ユースに当たる、と判断したのだ(*8)。

このように、アプロプリエーションによるコピーに価値を見出す司法の流れがあった

「New Portraits」シリーズへの判決

しかし、その後、2021年にウォーホル美術財団の訴訟の控訴審で、第一審の判決を覆し、フェア・ユースを否定する判決が出て、この流れに歯止めがかかった(*9)。

このような状況で出されたのが今回の判決である。裁判所は、リチャード・プリンスの「New Portraits」シリーズに果たしてフェア・ユースを認めたのか?

裁判所は、第1要素(使用の目的と性質)について、プリンスによる写真の利用を変容的利用とは認めなかった。裁判所は、合理的な観察者の観点からみて、二次的作品から原作品とは別の意味やメッセージが両作品を並べて観察したときに合理的に知覚できるか、という基準のもとで、プリンスが加えた変更はわずかなものだと評価した。

第4要素(市場への影響)については、コレクターの層が明らかに異なるし、プリンスの作品により原告の作品をライセンスする機会が失われた事情はないことなどから、原告とプリンスの市場が競合することはなく、わずかにプリンスに有利に考慮するとした。

リチャード・プリンス 「New Portraits」(BLUM & POE、2015)展示風景 撮影:編集部

結論として、裁判所は、第4要素がプリンスに有利に働くものの、第1要素で変容的利用とはいえず、また、商用目的でもあるうえ、第2要素では原告の写真が創造性ある作品であり、さらに、第3要素でもプリンスは原告の写真の全体を利用しているから、フェア・ユースは認められないと判断した。

そして本判決の後の2023年5月18日、ウォーホル美術財団の訴訟についても、連邦最高裁は、ウォーホル美術財団のフェア・ユースの主張を認めないとの判決を下した(*10)。

筆者は、2020年の論稿で、「ニューヨーク州ではアプロプリエーションであっても、フェア・ユースの下で適法になる傾向が強まっているのが現状である」と書いた(*11)。しかし、本稿の執筆時点では明らかに風向きは変わっている。

おそらく「New Portraits」シリーズに関する訴訟も、控訴審に続いていくだろう。司法がアプロプリエーションによるコピーに価値を見出すのか、これからも目が離せない。

リチャード・プリンス 「New Portraits」(BLUM & POE、2015)展示風景 撮影:編集部

*1──『美術手帖』2014年9月号77頁は、「既存の要素を戦略的に自作に取り込むこと」
と解説する。滋賀県立近代美術館『コピーの時代−デュシャンからウォーホル、モリムラへ
−』図録(2004)201頁の解説は、「他者の作品をそのまま複製し、自らの作品とすること。コンテクストを置き換えることによって、新しい作品を作ろうとする企てである。オリジナルの作品の忠実なコピーであっても、年代や製作者を偽りオリジナルであると主張して鑑賞者や収集家を欺くことを目的としない限り、贋作とは区別される」とする。
*2──Getting Rid of Collage:Richard Prince on the Invention of Rephotography,
Conversations: Issue No.1, Luxembourg & Dayan, 2018, p.14-21; Richard Prince,
Practicing Without a License, 1977参照
*3──Graham v. Prince et al, 15‑cv‑10160 and McNatt v. Prince et al, 16‑cv‑08896 (S.D.N.Y. May 11, 2023)
*4──米国著作権法107条
*5──Cariou v. Prince, 714 F.3d 694(2d Cir. 2013)
*6──Amy Adler, Fair Use and the Future of Art, 91:N.Y.U.L Rec. 559 (2016) p. 603-604
*7──Randy Kennedy, Richard Prince Settles Copyright Suit With Patrick Cariou Over Photographs, N.Y. Times, March 18, 2014
*8──Andy Warhol Found. for the Visual Arts, Inc. v. Goldsmith et al, 382 F. Supp. 3d 312(S.D.N.Y. 2019)
*9──Andy Warhol Found. for the Visual Arts, Inc. v. Goldsmith, 992 F.3d 99 (2d Cir. 2021)
*10──Andy Warhol Found. for the Visual Arts, Inc. v. Goldsmith, 598 U.S. ___, 2023
*11──木村剛大「現代美術とフェア・ユース-アプロプリエーションと向き合う著作権法-」広告Vol. 414 特集:著作(2020年)177頁では、Andy Warhol Found. for the Visual Arts, Inc. v. Goldsmith et al, 382 F. Supp. 3d 312(S.D.N.Y. 2019)までの司法判断の変遷を紹介している。

木村剛大

木村剛大

きむら・こうだい 弁護士(日本・ニューヨーク州・ワシントン DC)、小林・弓削田法律事務所パートナー。ライフワークとしてアート・ロー(Art Law)に取り組み、アーティスト、アートギャラリー、アート系スタートアップ、美術館、キュレーター、アートコンサルタント、コレクター、パブリックアート・コンサルタント会社、アートメディア、アートプロジェクトに関わる各種企業にアドバイスを提供している。