公開日:2022年4月26日

アメリカの気鋭の作家ラシード・ジョンソン。エスパス ルイ・ヴィトン東京「Plateaus」展レポート

アメリカの黒人の歴史、ルーツ、文化的アイデンティティと自身の経験を織り込んだインスタレーションを展示。エスパス ルイ・ヴィトン東京で4月27日~9月25日開催

ラシード・ジョンソン PLATEAUS  2014 579.1×457.2×457.2cm Exhibition view at Espace Louis Vuitton Tokyo, 2022 Courtesy of Fondation Louis Vuitton © Rashid Johnson Photo credits: © Keizo Kioku / Louis Vuitton

ラシード・ジョンソン《Plateaus》を日本初公開

表参道に浮かぶようなエスパス ルイ・ヴィトン東京の開放的な展示室。そこに現れた、ジャングルジムのような黒いグリッドと植物による構造物。視覚的なインパクト大な本作が、ラシード・ジョンソン(Rashid Johnson)による《Plateaus》(2014)だ。

ラシード・ジョンソン PLATEAUS  2014 579.1×457.2×457.2cm Exhibition view at Espace Louis Vuitton Tokyo, 2022 Courtesy of Fondation Louis Vuitton © Rashid Johnson Photo credits: © Keizo Kioku / Louis Vuitton

フォンダシオン ルイ・ヴィトン所蔵のコレクションを世界的に紹介する「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムの一環として企画された本展は、この作品を日本で初めて展示するもの。会期は4月27日~9月25日。すでに国際的に高い評価を得ているものの、日本ではまだ十分に紹介されていないラシード・ジョンソンの作品を間近で見られる貴重な機会だ。

ラシード・ジョンソンは1977年アメリカ・シカゴ生まれ。現在ニューヨーク在住。美術史から個人的な経験、アメリカやアフリカといった自身のルーツと文化的アイデンティティ、文学、哲学といった様々な要素を交差させた作品を様々なメディアで発表する、現代アメリカを代表する気鋭のアーティストのひとりだ。

シカゴ美術館附属美術大学で写真を学び、2001年に若手の黒人アーティストを招聘した展覧会「フリースタイル」展(スタジオミュージアム・イン・ハーレム、ニューヨーク)にて初の写真作品シリーズを発表。そこで「ポスト・ブラック」と呼ばれるポスト公民権運動世代の一翼を担うものとして、アメリカで大きな評判を呼んだ。

Portrait of Rashid Johnson, in front of his work Plateaus (2014) at Fondation Louis Vuitton, Paris (2017). © Rashid Johnson. Photo credits: © Fondation Louis

その後ジョンソンは、写真だけでなく彫刻、絵画、ドローイング、映画、パフォーマンス、インスタレーションと、作品の形態を多様に発展させていく。2014年に制作された《Plateaus》も、こうした作家のアイデンティティや様々なメディアへの横断的な関心が結実したものだ。

Plateaus=プラトーとは台地を意味するフランス語で、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズと精神分析家フェリックス・ガタリの共著『千のプラトー』のタイトルでよく知られている言葉だ。本著に登場する哲学用語「リゾーム(地下茎)」も、植物を多用し、とこどころケーブルが垂れ下がる、非中心的なネットワークのあり方を想起させる本作にとって重要なアイデアだという。

グリッドのなかを注意深く見てみると、そこには書籍やシアバターでできた彫刻、無線ラジオなどが組み込まれている。これらはそれぞれ作家とその家族の個人的な物語と、その背景にある歴史に由来するものだ。

「私が用いる素材にはどれも実用的な用途があります。シアバターは、体に塗ること、そして、それを塗ることでアフリカ人らしさの獲得に失敗することを物語ります。
本は情報を広めるもの。狙いは、すべての素材が『異種混交』して、私を著者とする新たな言語へとなることです。骨組みは、この異種混交のためのプラットフォームです。それは、コロニー化されるべき未知の空間として存在しています」(ラシード・ジョンソン/プレスリリースより)

ラシード・ジョンソン PLATEAUS  2014 579.1×457.2×457.2cm Exhibition view at Espace Louis Vuitton Tokyo, 2022 Courtesy of Fondation Louis Vuitton © Rashid Johnson Photo credits: © Keizo Kioku / Louis Vuitton

たとえば何冊も積み置かれた、アメリカの黒人の小説家リチャード・ライトの長編小説『Native Son(邦題:アメリカの息子)』。1940年に刊行された本作は、黒人青年の悲劇的な物語を通して、アメリカ社会における黒人への構造的差別に抗議の意を示した。ジョンソンは子供の頃、歴史家である自身の母から本作を読むよう勧められたという。ジョンソンは監督として本作を2019年に映画化しており(『ネイティブ・サン アメリカの息子』)、作家にとって非常に重要な位置を占めていることがうかがえる。

ラシード・ジョンソン PLATEAUS  2014 579.1×457.2×457.2cm Exhibition view at Espace Louis Vuitton Tokyo, 2022 Courtesy of Fondation Louis Vuitton © Rashid Johnson Photo credits: © Keizo Kioku / Louis Vuitton

作家は子供時代から家庭において、アメリカとアフリカの歴史、政治と哲学に関する知識を様々なかたちで与えられてきた。母だけでなく継父も文学、作家、思想家(ジェイムズ・ボールドウィンから、ヘンリー・ミラー、ジェイムズ・ジョイスなど)への関心を導いた。この継父が趣味としていた無線ラジオも、本作に組み込まれている。SNSなどない時代にあって、無線ラジオによる通信は、ユーザー同士がニックネームで呼び合い、肌の色が見えない匿名的な状態で一般社会とは違うコミュニケーションを可能にするものだった。

ラシード・ジョンソン PLATEAUS  2014 579.1×457.2×457.2cm Exhibition view at Espace Louis Vuitton Tokyo, 2022 Courtesy of Fondation Louis Vuitton © Rashid Johnson Photo credits: © Keizo Kioku / Louis Vuitton

いくつも設置されている白っぽい彫刻は、シアバターで作られている。現在は日本でも美容のためによく使われているが、シアバターの産地はアフリカである。このシアバターを肌に塗りこむ行為は作家にとって、自分たちの祖先が住んでいた遠いアフリカから、すでに時間的・物理的・精神的な距離で隔たれた自分が、アフリカ性を取り戻そうとし、しかしそれに失敗することのメタファーであるようだ。このシアバターを使った、黒人と思われる人物の頭部彫刻もある。

また作品の中央に高くそびえるキングパームをはじめ、作品の重要な位置を占める様々な植物たちは、本来自然界では同じ環境下に育つものではない種がともに設置されている。「ポスト・ブラック」は、「黒人アーティスト」としてひと括りにされることを拒み、自らのアイデンティティの複雑な再定義を要求する人々の姿勢を反映したものだった。本作の植物にも、こういったアイデンティティの多様性に関する思索を読み取ることができるかもしれない。

会場で見ることができるインタビュー映像(2017年、パリで収録)で、作家は以下のように語っている。

「私の作品のほとんどはある意味では自画像と考えられますが、それはまた集合的な肖像画や私とまさに同じ経験を持った誰かの肖像画と考えることができます。誰かが私とまったく同じ経験を持っているかということですが、それはないでしょう。しかしパラレルな空間では起こるのかもしれません。私たちの経験の多くは、集合的に少し類似しているという考えです」

作家の自画像であり、集合的な肖像画。個人的な物語と、時間と場所を越えた歴史が複層的・有機的に織り込まれた本作から、鑑賞者はどのように自分自身を省みることができるだろうか。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。