高松宮殿下記念世界文化賞(以下、世界文化賞。公益財団法人日本美術協会主催)の第35回受賞者が、9月10日(日本時間10日18:00)、東京、ロンドン、パリ、ローマ、ベルリン、ニューヨークの各都市で発表された。
世界文化賞は、1989年に始まった世界の優れた芸術家に贈られる賞。これまで絵画部門ではウィレム・デ・クーニング、デイヴィッド・ホックニー、李禹煥、草間彌生、ビル・ヴィオラ、蔡國強、シンディ・シャーマンら、彫刻部門は彫刻部門はクリスト&ジャンヌ=クロード、レベッカ・ホルン、アニッシュ・カプーア、中谷芙二子、モナ・ハトゥム、オラファー・エリアソンらが受賞してきた。
今年の受賞者は5名。絵画部門を受賞したのは、ソフィ・カル。フランスを代表するコンセプチュアル・アーティストのひとりで、他者へのインタビューを通して詩的な要素を含む話を探求し、写真と文字を組み合わせた作品を発表してきた。
人生や日常の空間をアートに昇華させる斬新な作風は世界中で注目され、2012年にはフランス芸術文化勲章コマンドールを受章。見知らぬ人を自宅に招き、自身のベッドで眠る様子を撮影し、それにインタビューを加える《眠る人々》(1979)、目が見えない人々に「美しいと思うもの」を訊ねる《盲目の人々》(1986)、失恋による痛みを写真や言葉で表現した《限局性激痛》(1999–2000)など。世界文化賞受賞のための来日で、新たなアイデアが生まれることを期待しているという。11月に再開館する三菱一号館美術館で展覧会も開催予定。
彫刻部門は、南米コロンビア・ボゴタを拠点にインスタレーション作品を手がけるドリス・サルセド。コロンビアからの世界文化賞受賞はサルセドが初となる。
サルセドは暴力、喪失、記憶、痛みをテーマに、そのメタファーとして椅子など木製家具や衣類、花びらといった身近な素材を再利用、再構築しながら表現。コロンビア革命軍(FARC)などの左翼ゲリラと政府軍、右翼民兵組織とのあいだで半世紀以上続いた内戦が創作活動の原点となっており、全作品が暴力の被害者をモチーフにしている。
ロンドンのテート・モダンから委嘱を受け、タービンホールの床に亀裂を創出し、植民地の奴隷や人種差別といった問題を表現したインスタレーション《シボレス》(2007)で一躍有名となった。ヒロシマ賞、ナッシャー彫刻賞(アメリカ)、野村アートアワード大賞など受賞多数。
建築部門は、独創的な素材、紙管の選択と革新的デザインで建築に新たな地平を切り拓いた坂茂。
当初は展覧会キュレーターの仕事なども行っていた坂。会場設計をするなかで木の代替材料を探し、ロールのファックス紙の芯や、事務所にあったトレーシングペーパーの芯に使われていた再生紙でできた紙管に着目。学生時代より温めてきた「自分独自の素材や構造を作り出したい」という思いから、紙管を構造に使う開発を始めた。紙管の建築は、1995年のルワンダの難民シェルターや阪神・淡路大震災の仮設住宅建設などでも使用。
災害で困窮する人を救う仮設住宅の建設は、トルコ北西部地震やインド西部地震など国際的な広がりをみせ、国内でも東日本大震災や今年の能登半島地震などで高く評価されている。また、プライバシーを守るための紙管の間仕切りを作り、ロシアのウクライナ侵攻による避難民を受け入れる施設の改善にも貢献、戦争で生まれる社会的弱者にも温かな目を注いできた。パリの「ポンピドー・センターメス」(2010)や「ラ・セーヌ・ミュジカル」(2017)など、特徴的な美術館や劇場も相次いで設計。2014年にはプリツカー賞を受賞。
会見で坂は世界文化賞受賞の喜びを語り、同賞の過去受賞者で尊敬する人物として小澤征爾、三宅一生、フライ・オットーを挙げ、各人とのエピソードを語った。また「災害により人が死ぬわけではなく、建築が崩れて人が死ぬ。尊敬する御三方のように、世界のために活動を続けていきたい」として、今後もライフワークである災害者支援を続けたいと強調した。
音楽部門は、現代を代表するピアニストのひとりであるピアニストのマリア・ジョアン・ピレシュ。
3歳のときに独学でピアノを始め、4歳で初舞台を踏む。譜面を読むより先に、曲を耳で覚えて弾いていたという。「音や呼吸など大切なものは、技術以前に存在します。私は手が小さかったし、イマジネーションを実現するには、知識や技術だけではなく身体全体を使う必要がありました」と語り、独自の奏法を模索した。
1970年、ベートーヴェン生誕200周年記念コンクールで優勝。1986年にロンドンのクイーン・エリザベス・ホール、1989年にニューヨークのカーネギー・ホールでリサイタル・デビューを果たし、国際的なキャリアをスタートさせる。1970年代以来は生活、コミュニティ、教育における芸術の影響を考察し、その考え方を社会に定着させる方法を見出そうとしてきた。
演劇・映像部門は、アメリカを中心に活動する台湾生まれの映画監督アン・リーが選ばれた。
洋の東西を問わず、時代の奔流と向き合う人間を描く芸術性と、多くの観客を引きつける娯楽性を両立させた作品を生み出し、世界的な名声を得ている。台湾・米国合作映画『推手』(1991)で長編映画デビュー2度にわたりベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。『いつか晴れた日に』(1995)は、米アカデミー賞でも7部門にノミネートされ、ハリウッドで脚光を浴びた。
中国の武侠小説を映画化した『グリーン・デスティニー』(2000)でアカデミー賞外国語映画賞を受賞。男性同士の「愛」を描いた『ブロークバック・マウンテン』(2005)でアカデミー賞監督賞を初受賞。この作品と、日本軍占領下の上海を舞台にしたスパイ映画『ラスト、コーション』(2007)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を2度にわたり受賞した。トラとともに救命ボートで漂流する少年の運命を描いた3D映画『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(2012)で、2度目のアカデミー賞監督賞を受賞。多彩なジャンルの作品を手がけてきた。
世界文化賞と同時に発表される第27回若手芸術家奨励制度の対象団体には、インドネシア・ジャカルタで音楽、ダンス、演劇、文学、映画、美術など、さまざまなジャンルの表現活動を推進し、若手芸術家を支援している民間の複合芸術施設、コムニタス・サリハラ芸術センターが選ばれた。
会見で統括キュレーター&プログラム・ディレクターのニルワン・デワントは「私たちがここで伝えたいのは、インドネシアの芸術における新たな才能を奨励するためのすべての取り組みが、国際社会において自由、民主主義、そして平和を育むという私たちの大きな使命の一環であるということです」と語り、それらの3つの柱が現在脅かされていると訴えた。
今後の予定としては、11月18日に合同記者会見が行われ、20日に坂茂の講演会、21日にアン・リーのアーティストトークが行われる。