1950年代から70年代に活躍したデンマークの家具デザイナー、ポール・ケアホルム(1929〜1980)の日本の美術館では初となる本格的な展覧会が開幕した(会期は9月16日まで)。椅子研究家でコレクターとしても著名な織田憲嗣が収集した、北欧を中心とする20世紀デザインの家具や日用品のコレクションで、北海道東川町が所有する「織田コレクション」の作品を軸に展示を構成。椅子を中心に50点ほどの家具が並ぶのだが、素材の特性を活かしたミニマルな美が集結する様子は圧巻だ。
身近な天然資源である木材の加工技術が発達した北欧諸国の例外ではなく、デンマークでもその伝統が受け継がれ、家具の意匠や建築における優れた造形性と機能美が育まれた。デンマーク北部に生まれ育ったケアホルムは、木工家具製作のマイスターの資格を習得したのち、コペンハーゲンの美術工芸学校でインダストリアルデザインを学んだのだが、そのプロセスを経て高次元のデザイン言語を取得したものだと想像される。オーガニックな曲線などに見られる木工デザインの温かみが、当時の新しい工業素材を用いたデザインにも反映されているのだ。
展示第1章は、「ORIGINS 木工と工業デザインの出会い」。ケアホルムが美術工芸学校の卒業制作としてデザインした《エレメントチェア(PK25)》から始まる。1枚の大きな鉄板から切り出されたパーツがフレームとなり、「フラッグハリヤード」というヨットに旗を張るための丈夫なロープで座面と背面が形成されている。スチールのフレームが柔らかな曲線を生み出し、同時にフラッグハリヤードが張られたテンションによって、デザインに緊張感が生まれている。
少し進むと、曲面の美しいラウンジチェア《PK 24》が展示されている。「DESIGNS 家具の建築家」と題された展示第2章の序章だ。ステンレススチールのフレームに、籐を編んで制作したシートを載せる仕組みは、ル・コルビュジエやシャルロット・ペリアンが考案した構造を源流に持つものだと言われている。座面を載せる2本の薄いステンレス製のベルトで支える構造になっており、座る人の体重によって座面が固定されることから、ケアホルムは「ハンモックチェア」と名付けた。
ケアホルムがデザインし、製品化された家具には、原則的にイニシャルのPKと数字で構成された名称が付けられているが、これは制作年に沿ったものではなく、分類を目的に付けられたものだ。チェアがPK 0-9、アームレスト付きチェアがPK 10-19、ラウンジチェアがPK 20-29といった具合であり、素材や機能による識別を尊重したケアホルムの姿勢が反映されている。生前には数字のみが振られていたようだが、没後になってイニシャルも付けられるようになったそうだ。
奥へ進むと、展示第2章のメインの展示室へと続く。真っ黒の空間に光で浮かび上がる家具の数々。展示空間の要素を削ぎ落とすことで、ミニマリズムの美を際立たせるセノグラフィは建築家の田根剛によるもの。《PK 25》を発展させた木製のラウンジチェアを皮切りに、「織田コレクション」の織田による作品解説のナレーションで個別に作品が紹介され、展示を耳でも楽しむことができる。
展示を辿っていくと感じられるのは、本章が「家具の建築家」と題されているように、力の働きを徹底的に考慮して構造体をデザインした「線」の表現力だ。フレームを描くことに始まり、その利用者の力——椅子であれば座る人の体重や体の向き——がどの方向にどの程度かかるか、といった力の動きと方向を念頭に、最低限の線の数でかたちをデザインしようとしていたのだろう。完成した家具とあわせて図面も紹介されており、ケアホルムが立体の構成や力のかかり方を「線」で意識していたのだろうと想像できる展示構成だ。
そして、展示を追うごとに見えてくる。ケアホルムが木工の国に生まれ、技術を学び、その伝統的な価値観をどのように同時代のデザインに反映させようとしたのかが。木を用いたパーツの、力のバランスを考えた曲線的デザインは徹底している。座部のかたちと背もたれの力のかかり方の双方への視点を持ってデザインされた《PK 11》。柔らかなラインに屈強さを与えた《PK 27》脚部。テーブルの直線的な表現もディテールにこだわっている。対角線と三角形のパーツを組み合わせた天板と、細長い六角形に加工され、見る角度によって太さの印象が変わる脚部で構成されたテーブル《PK 70》。
金属やプラスチックなどインダストリアルな素材を使用した家具からは、繊細な表現によって工業的な冷たさを消し、木を用いたデザインに関しては、伝統的な技術にモダンデザインの要素を注入して洗練させた。
最後の展示室は、第3章「EXPERIENCES 愛され続ける名作」。ケアホルムが手がけた家具が、実際に使用されている様子を写した写真資料を家具とあわせて展示している。
北欧モダンデザインの名匠が歩んだキャリアを網羅する展示に足を運んでほしい。削ぎ落とされたシンプルなフォルムと機能の融合や、繊細なデザインを実現する技術の役割など、デンマークで実現したモダンデザインの粋を味わうことができるはずだ。