日本には昔から、この蒸し暑い夏をすてきに楽しむ工夫があるじゃないですか!例えば風鈴。風を受けてリーン、と鳴る高い音色は、吹き出す汗の勢いをおだやかに沈めてくれるようではないですか。例えば金魚売り。透明なちいさな水槽の中ですずやかに泳ぐ赤い金魚を眺めていると、まるで水に浸っているような触感がよびさまされるようではないですか。
現在横浜美術館で開催中の「水の情景」展は、歴史的名画から現代アートまで全て「水」をテーマにした作品のエキジビション。視覚と知性で水を堪能する、なかなか高度でしゃれた展示なのです。
展示は水にちなんだ4つのテーマ;「たゆたう」「動く」「満ちる」そして「水と人」によって構成されており、このTABlogではそれぞれのテーマから選んだ私が最も気に入った作品をご紹介しながら、ひととき涼しさを味わっていただけたらと思います。
たゆたう:さまざまな作品の中で、私の心を捕らえたのは金村修の写真群。水のある横浜の風景をきりとった数々の写真は、都会に住む人なら誰もが見覚えのある、華やかさの一歩裏側にある景色。人がいずとも、強く人の匂いを感じさせる。「たゆたう」水というテーマを「人の移ろい、時間の移ろい」にも投影させているような、心を静かにゆさぶる作品だ。
雨にけむる景色の向こう側にキリンの群れ。雨の音を聞きながらキリンは何を考えているのかな。
動く:ダイナミックな水のフォルムに魅了された作品群がならぶ中で、びっくりするくらいさりげなく設置されていたのが、巨匠アンソニー・カロの彫刻。あまりのそっけない所在と、なんじゃこりゃ?のフォルムに目が釘付けになった私だが、面白いことにほとんどのオーディエンスはこの超有名作家の作品の前をさらりと通りすぎて行く。羊の群れの中にいるオオカミ、のようなカロの作品を目の前で体験して、カロの新たな魅力を発見したような気分になった。
人が見てみぬふりをするのか、それとも作品がそれと気付かせないのか。カロの作品はやっぱり魅力的。
満ちる:原田正路の「水滴」シリーズは、じわじわと満ちてきて、つう、と落ちる、霧の軌跡とその緊張感が美しい。自然がつくる濃淡は時にエロティックに、時にグラフィカルに様相を変え、みているものを飽きさせない。なによりもすてきなのは、この作品をみているとまるで真冬にこたつでアイスクリームを食べているような贅沢な気持ちになるところ。ひんやりと空調が整ったミュージアムの空間で、ゆっくりと水滴のつくる繊細なパターンを堪能する贅沢。なんとすばらしいことでしょう。
水滴のつくる自然のグラデーションはなんて幻想的なんでしょう。さて、これらは外が寒くて、中が暑いのか、それとも外が暑くて、中が冷たいのか。
水と人:ギリシャ・ローマ神話にみられる「水」への宗教的思想から、消費社会の日常で酷使される「水」の姿まで。水と人との深淵な関係をさぐるこのコーナーでは、なかなか目にする機会がない西洋のエングレービングが圧巻だ。しかし私がもっとも惹かれたのはジュン・グエン=ハツシバの映像作品。映像では2人一組になった数人の若者が水の中でリヤカーをひいている姿が流れている。私はその水の中の若者達が、息がきれ、ふうっと海面にあがる様子がとても好きだった。時間をおいて代わる代わる浮上する姿は、まるで胞子がひろがっていくように、鳥が羽ばたいていくように、何か解放と発展にむかっているように見えたからかもしれない。
水中の苦痛を解放するために浮上し、また苦痛へ戻っては浮上する。単純な繰り返しなのに、なぜかみていて飽きない。
クーラーのきいた部屋でへばっているより、ちょっと元気をだして「水の情景」展に足を運んでみれば、和・洋の歴史的名画はもちろん、現代アートによる「水浴び」で、涼しさを楽しめることでしょう。そして美術館から出た後は、ベイエリアから運ばれてくる潮の香りと自然の風のやさしさに、日本の夏の魅力もまた、再発見できるかもしれませんね。
Chihiro Murakami
Chihiro Murakami