例えば私たちが日常街なかで見かけるポスター。親しみやすいモデルの笑顔や美しい写真やイラストは何を伝えようとしているのか。どうしてこのポスターは私の目をとらえたのか。なぜこのポスターはこのような形状をしているのか、などなど。
東京大学大学院情報学環が所蔵する第一次大戦期のプロパガンダポスター・コレクションを紹介したモード・オブ・ザ・ウォー展では、ポスターのもつ社会性、デザイン性をどのように伝えようとしているのか。私は期待で胸をいっぱいにして印刷博物館を訪れた。
「印刷はヴィジュアルコミュニケーションメディア」であることを示した、壁面一杯に人類の記録の歴史が展示されたプロローグゾーンを抜けると、企画展示空間に入る。モード・オブ・ザ・ウォー展は「第一次大戦とアメリカ」「描かれた戦争」「情報学環所蔵のプロパガンダ・ポスターにみる印刷技術」という3つのエリアで構成されている。
「第一次大戦とアメリカ」では、これまで体験したことのない戦争というものを具体的にイメージさせるような象徴的なモチーフを起用したポスターや、「かっこいい!」「こんなことができるようになる!」とモチベーションをあげさせるようなものなど、ポスターのメッセージをよみとることで、特にその時代の「社会」の気運が考察できるように構成されている。
THAT LIBERTY SHALL NOT PERISH FROM THE EARTH
「地球上から自由が消滅しないように 自由公債を買おう」
真っ赤な海に自由の女神が燃えおちてゆくイメージ画像は、戦争に対するどんな思いを国民に抱かせたのだろうか。描画平版4色刷(東京大学大学院情報学環所蔵)
「描かれた戦争」では、「白頭鷲」や「アンクル・サム」といったアメリカを象徴するシンボルを起用したポスターや、当時人気のあったポスターをイラストレーターごとに紹介したりと、表現的な面を中心に、ポスターの嗜好性や図版のトレンドという「イメージ」面が読み取れるように構成されている。さすが当時人気のあったポスターというだけあって、画像としても興味深いものが多く、昔教科書で見たことがあったような、という画像もみつかるだろう。
IF YOU WANT TO FIGHT JOIN THE MARINES
ハワード・チャンドラー・クリスティー作。彼が描いた女性は「クリスティー・ガール」と呼ばれ広告や雑誌などで、広く大衆に好まれたという。原色版4色刷(東京大学大学院情報学環所蔵)
最後の「情報学環所蔵のプロパガンダポスターにみる印刷技術」では、これらのポスターコレクションのアーカイブ化プロジェクトとして版式調査を行ったことから判明した当時の高い印刷技術を紹介している。他の美術館ではめずらしい印刷博物館ならではの展示だ。たとえば描画版の製版技術で驚くのは、技師が原画をみながら自らの目と頭で仕上がる色を想像して、それを手を使って色ごとの版に描き分けるといった職人技であったということだ。いかに人間の感覚とは鋭敏であることか!印刷技術のコーナーは少し専門的な内容かもしれないが、印刷やグラフィックデザインに興味がある人にとってはわくわくするような内容だろう。
SERVICE/Lucille Patterson
写真技術による製版ではなく、製版技術者の手描きによって版を作る平版印刷によって印刷されたポスター。画面を拡大してみると、手描きで調子を表現した部分と、「網伏せ」と呼ばれる手法で細かな点を敷きつめて調子を表している部分がみえる。描画平版5色刷(東京大学大学院情報学環所蔵)
またここでは東京大学大学院情報学環が先に公開しているプロパガンダポスター・コレクションのデジタルアーカイブも閲覧できるようになっている。
デザインをみると、社会がみえる。それはデザインが社会のニーズや思想や技術と密接に結びついているからだと私は思う。その意味で「社会」「イメージ」「技術」という3つの柱で「ポスター」というメディアに施されたデザインを編集したこの展覧会のキュレーションは非常に爽快だ。
欲を言えば、それぞれのポスターのキャプションがもう少し内容を説明していてくれたら、展覧会を見た後のディスカッションがもっと有意義になっただろうに、と思うのだが、それはいつも高い要求をするわがままなオーディエンスの独り言、なのかな。
Chihiro Murakami
Chihiro Murakami