日本科学未来館の常設展示は「地球環境とフロンティア」「技術革新と未来」「情報科学技術と社会」「生命の科学と人間」という4つのテーマにわけられている。どのテーマも「地球」の活動とそこに生きる「人間」の活動との相互作用でおこる事象に対し、どのような問題意識をもち、先端科学がどのような提案をしているかを示しているのだが、その見せ方がなかなか面白いのである。例えば約2年の準備期間をかけて、5Fに新しくオープンした展示「医療」のコーナーでは、個人差を考えに入れた医薬や治療法、再生医療など最先端の医療の研究を、映像だけでなくパズルやハンドルを実際に動かすことによって、遊びながら理解できるように構成している。この日は大勢の子供たちが来ており、治療ロボットのハンドルをうまく動かせずに手術に失敗してしまうダメ医師になったり、時間内に「分子標的薬」をデザイン(パズル)して得意気な薬剤師になったりしていた。
この「医療」展示ブースの中で私が最も関心を持ったのが最後のコーナー。パネルスクリーンにさまざまな生命倫理に関する質問があらわれ、いくつかの選択肢から最も自分の意見に近いものを選ぶというものだ。選んだ答えはデータとして蓄積されると同時に、これまでに答えた人の中で自分と同意見の人が全体の何パーセントいるのか、数字データが花火のように上部に設置されたスクリーンにあがる。
やり方は気軽なものだが、質問の内容はかなり頭を悩ませるものだ。例えば遺伝子治療についての質問はこんなふう:「ペットのクローンは許される?」あなたが選ぶ選択肢は:「認めてもよい」「禁止したほうがよい」「1匹のペットにつき1回に限りクローン作成を認めてもよい」。他にはこんな質問も:「もしある人の幹細胞から精子をつくることができたら女性同士のカップルの間でも子供をもてることになります。女性だけで子供をつくってもよいか。」あなたが選ぶ選択肢は:「認めてよい」「認められるべきではない」「使われてもよいが性同一性障害など特定の病気を認定されたときだけに限定されるのがよい」さてあなたの意見は?
1Fの企画展示では「65億人のサバイバル展」が開催中である。サバイバル?ときいて、頭の中には自然災害に見舞われて途方にくれている自分が、使い慣れていないアーミーナイフで太いロープのようなものをギリギリと切ろうとしている姿が浮かんだ。しかし「サバイバル展」はそんな私のあさはかで何の意味も見いだせない想像をはるかに超越した人類の現在、また近い将来直面するであろう問題と「人類のサバイバル・ツールとしての科学の最前線の探求」を紹介する展示であった。
はじめの「たった一人のサバイバル」コーナーでは「生体」「生活」「現代」の3つの切り口から、人が一人生きて行くことに必要なものをふりかえる。そしてメイン会場では「フード」「道具」「住環境」「エネルギー」「コミュニケーション」の5つの切り口から先端科学が行っている「人類をサバイブさせるための研究と問題」を知ることになる。
例えば今や世界中の人口が十分生きていけるだけの食料をつくりだせるようになっている現代なのに、なぜ未だ飢餓による問題に直面する国があるのだろう?より量をふやしていくために農業はどんな改良が必要なのだろう?人工太陽の研究や、物質の完全なるリサイクルをさぐる人工的閉鎖生態系でのシミュレーションなど、安穏と日常をすごしている私のような人にとっては、こんなことが今現在研究開発されているのか!!とショックに目を見張るに違いない。
つまり科学を知ることは自らの状態を知ることなのだ。先端科学は私たち人類の存続の欲望のために研究開発されている。非常に根本的でスリリングなことだ。科学は私たちの日常から遠く離れたものではなく、もっとも身近でもっとも基本的な生活に影響するものであることが分かるだろう。時には先端科学に触れて、未来をディスカスしてみるのはどうだろう?日本科学未来館のエキジビションデザインはグラフィックもコンテンツもかなり刺激的で魅力的だ。
Chihiro Murakami
Chihiro Murakami