建築というものを展覧会で見せる時に、ひとつの理想ともいえる結果が伊東豊雄展にはあった。
通常建築の展覧会といえば、マスタープランのパネルや模型が並び、とっつきにくい印象を持つ方が多いだろう。建築の勉強をする学生の方や、関連する仕事をされている方はともかく、私も含めて日ごろそういったものを目にする機会の少ない人間にとっては、自分が興味のある作品・プロジェクトを見つけ出し、その展示部分を解読するだけでもひと苦労なのである。
ところが驚くべきことに、伊東豊雄「建築ー新しいリアル」には全くそういうところがなかった。伊東の思想を簡潔に分かりやすく伝え、それが実現されている具体例を提示し、模型や資料、展示空間が一体となったエンターテイメント空間を出現させ、映像やパネル展示で踏み込んだ内容にも触れる。無駄がなく一貫して「伝える」「体感させる」姿勢が貫かれた展示構成はなかなか見ることができるものではない。
伊東が近年手がけてきた建築の特徴として、内部空間に柱がほとんどなく、空間の利用方法を既定しない(TOD’S 表参道ビル/せんだいメディアテーク)、曲面を大胆に取り入れた、周囲の環境に溶け込む有機的な造形(瞑想の森 各務原市営斎場/アイランドシティ中央公園中核施設 ぐりんぐりん)などが挙げられる。
近代建築は効率的(=直線的)に空間を分割し、言わば強制的にそれぞれの空間に機能を与えてきた。伊東の建築に見られる特徴は、思想的にもこれらを大きく覆すものであり、いかにして敷地の特徴や空気、そこに集う人々の動きを取り入れ、建築そのものを有機的なものにしていくか、といった試みだと言えるだろう。
最初の展示室(space A)では、伊東が提示する最新の概念「エマージング・グリッド」にもとづいた進行中の《台中メトロポリタン・オペラハウス・プロジェクト》が紹介されている。床と壁が曲面で連続的に連なり、有機的な造形でありながら安定感のある建築。大きな模型と豊富な映像資料により、伊東の概念が視覚を通して伝わってくる。
space Bへと続く空間には、《瞑想の森 各務原市営斎場》の屋根が大伸ばしにされた写真。そこから連なるようなかたちで実寸大の型枠構造が再現され、複雑な施工の跡を間近に見ることができる。全てが曲面でつくられているこの屋根は、驚くべきことに天板からコンクリートを流し込む型枠、それらを支える仮設の支柱まで、ひとつとして同じパーツはない。伊東の独創的な概念を実際に建築として実現する時に、そこには並ならぬ技術力と作業量が必要であることがわかる。
クライマックスはspace Bの本空間である。床全面に「エマージング・グリッド」の曲面構造が採用され、《多摩美術大学新図書館》や《リラクゼーション・パーク・イン・トレヴィエハ》など近年のプロジェクトが紹介される。ここで床となって出現した「エマージング・グリッド」はただその存在を観客に体感させるためだけではなく、同時にそこに置かれた模型の敷地としても機能している。
例えば《多摩美術大学新図書館》は水平の敷地上に建設されるわけではなく、敷地の勾配を利用した状態で設計されている。展示空間としての「エマージング・グリット」が、そのまま模型としての敷地に連続しているのである。さらに原寸大に伸ばされた図面が壁を囲む入れ子構造。模型の周囲に配されたくぼみに入ってみれば、建築模型を見る際に基本とされている「模型と同じ高さでの目線」が自然に確保される。(模型の見方を知らない人も、知らないうちに正しい模型の見方をしていることになる)
つまり、採用されている展示方法の全てに理由があるのだ。プロジェクトの目的をふまえ、コンセプトを提示し、それを模型や素材により実感させた上で、空間として実現する。伊東ならずとも、建築家が行うプレゼンテーションのスタイルそのものを展覧会の構成に取り入れることに成功しているのだ。もちろんこれは、近年の一貫した伊東の仕事、身体に訴えかけてくるような生き生きとした空間づくりを可能にする「エマージング・グリッド」があってこそ成せる業ではあるが。
後半では、伊東豊雄建築設計事務所の35年間をパネル展示。所員数などのデータ、主要作品、1年ごとに当時を振り返った伊東のテキスト、手書きのスケッチやメモなども合わせて構成し、建築関係者や、この展示ですっかり伊東に興味を持ってしまった観客もしっかりと満足させるものになっていた。
Makoto Hashimoto
Makoto Hashimoto