とはいえ、たったそれだけの加工によってボール紙がそれほどの耐久性を持ちえるということは、やはり少なからぬ驚きを与えずにはいない。事実、用途次第でそれは家にすらなるのである。
坂茂(1957-)は、紙製の管を建築の主体構造として用いた「紙の建築」で知られる。紙管を用いて建造された彼の建築のひとつである「MDSギャラリー」は、代々木上原から徒歩10分ほどの閑静な住宅街にあり、下北沢の北側から渋谷へと抜ける井の頭通り沿いにおいて美しくも一種独特な雰囲気を纏っている。この建物は坂茂の作品としては通称「紙のギャラリー」(1994)として知られ、他の「紙の建築」と異なる点としては横力を外壁が担い、紙管が垂直荷重だけを負担している点などが挙げられる。現在そこで開催中の「坂茂:災害支援と学生参加の建築」は坂茂の近年の活動を概観すると同時に、この「MDSギャラリー」自体をひとつの作品として提示することを意図したものである。普段は立ち入ることのできない奥の回廊も期間中は開放されており、そこでの資料からはこれまでのギャラリーの来歴を詳しく窺い知ることができる。言うまでもなく、既存のホワイトキューブから大きく逸脱したこのギャラリーでは、展示は必然的にサイトスペシフィックなものにならざるをえない。ここでは過去にヤノベケンジら多くの作家が作品の展示を行ってきたが、そうした過去の展覧会資料からは作家たちがこの空間といかに向き合ってきたかというその一端を垣間見ることができるだろう。
ところでこの「紙の家」が日本で初めて被災者の家として建てられたのは、1995年の阪神淡路大震災の時のことだった。当時、ルワンダの難民用シェルターとして開発が進められていたこの「紙の家」は、家を失った被災者の仮設住宅として、公園の敷地にゲリラ的に建てられていったのだという。近年では新潟中越地震の一時避難所として用いられるなどその需要は年々高まっており、また津波の傷跡をいまだ生々しくとどめるスリランカでは現地の素材を用いた復興住宅を建てるなど、慶応大学坂茂研究室の活動の広がりは近年特にめざましい。
建築物の主体構造が紙であることの主なメリットとしてはそのコストの低さ、あるいは素人でも短時間で組み立て可能であることなどが挙げられるだろう。ただし、それにすぐさま付け加えておきたいのは、この紙管を用いた建物がその外観の美しさから言ってもきわめて秀でたものであるということである。すでに述べたように、この「紙のギャラリー」において紙管はその横力だけを担い、外壁としてはコンクリートが用いられていることから、これらは日中差し込む光とも相俟って時間帯によって極めて多様な表情を見せる。だが残念なことに、都内唯一の「紙のギャラリー」であったこのMDSギャラリーは今回の展示を最後に閉廊となる。是非この機会を逃さず足を運ばれるようお勧めしたい。