紀元後79年、イタリア・ナポリ近郊のヴェスヴィオ山で大規模な噴火が発生し、火山噴出物に飲み込まれたローマ帝国の都市ポンペイ。火山灰で埋没した居住地は、当時の人々の生活空間と家財をそのまま封印する“タイムカプセル”となった。古代ローマの人々の暮らしとはどのようなものだったのか。その謎を解き明かす発掘は18世紀に始まり、現在まで続いている。
このポンペイ出土の膨大な遺物を収蔵するナポリ国立考古学博物館の全面的協力のもと、東京国立博物館で特別展「ポンペイ」が1月14日~4月3日に開催。壁画、彫像、工芸品の傑作から、食器、調理具といった日用品にいたる発掘品が多数展示される、“ポンペイ展の決定版”だ。出品点数は、日本初公開を含む約150点。
会場に入ると、大迫力のヴェスヴィオ山噴火CG映像が目の前に広がる。本展はこのような巨大ディスプレイと高精細映像の展示が各所で展開されている。
噴火当時、約1万人が暮らしたこの都市。「第1章 ポンペイの街:公共施設と宗教」では、古代ローマの都市生活を支えた、フォルム(中央広場)、劇場、円形闘技場、浴場、運動場、神殿といった公共施設やインフラにまつわる作品を展示。ポンペイで信仰されたアポロ、ウェヌス、イシスといった神々に関する作品も並び、宗教と信仰についても紹介される。
「第2章 ポンペイの社会と人びとの活躍」では、ポンペイの街で暮らした裕福な市民たちの暮らしぶりがわかる出土品を展示。
また、街の有力者の多様な出自にも注目し、ビジネスの才覚でのし上がった解放奴隷や低い出自の女性たちの存在にもフォーカス。たとえばポンペイの毛織物業界の保護者となった女性エウマキアの像や、古代ギリシアの女性詩人であるサッフォーという通称名で呼ばれる女性像が目を引く。
解放奴隷であったユクンドゥスの父親の肖像と思われるヘルマ柱型肖像は、奴隷階級出身の一家が街の有力者となった歴史を物語っている。
「第3章 人びとの生活:食と仕事」では、仕事台所用品や食器類、出土した食材を展示し、都市の食生活を紹介。真っ黒なケーキのような「炭化したパン」は、展覧会グッズとしてクッションになっていていたりして面白い。また、医療用具、画材、農具、工具など仕事道具も展示されている。
「第4章 ポンペイ繁栄の歴史」では、3軒の豪奢な邸宅「ファウヌスの家」「竪琴奏者の家」「悲劇詩人の家」の一部を再現する、没入型の展示が楽しめる。
歴史の教科書などを通して多くの人が目にしたことがある「アレクサンドロス大王のモザイク」が発見されたのが、「ファウヌスの家」のエクセドラ(談話室)の床。「ファウヌスの家」は、1つの街区すべて(3000平方メートル)を占めるポンペイ最大の邸宅だった。本展ではこのエクセドラの空間を再現し、アレクサンドロス大王とダレイオス3世の戦闘場面を描いたモザイクの複製を床に配置するとともに、正面の大画面に高精細映像を映し出す。
そのほか驚くほど緻密で美しい床モザイクの実物や、アトリウムにあった《踊るファウヌス》像などを見ることができる。ポンペイはもともとサムニウム人が上流層を占めていたが、紀元前80年以降はローマ人植民者がその上位に立つようになりローマ化した。紀元前180〜170年に建設された「ファウヌスの家」は、ローマ化以前のポンペイの文化様式をいまに伝える点でも貴重なものなのだ。
「竪琴奏者の家」も指折りの大きな邸宅で、ここから発見されたブロンズ像などが展示されている。
「悲劇詩人の家」は上記の2つの邸宅に比べると小さな家だが、神話やトロイア戦争のエピソードを中心とした壁画が数多く残されており、室内は絵画ギャラリーのように彩られていたようだ。
「第5章 発掘のいま、むかし」で18世紀から現在に至る発掘の歴史を振り返る展示。79年のヴェスヴィオ山の噴火で埋没したエルコラーノ(ヘルクラネウム)、ポンペイ、ソンマ・ヴェスヴィアーナの3遺跡をとりあげ、現在進行中の修復作業についても紹介する。
古代における大災害。それは、人々の命や輝かしい生活を奪う悲劇を生んだ。しかしこの街の壊滅が、現代の私たちに古代ローマの暮らしぶりを生き生きと想像させることを可能にした。様々な遺物が来日した本展では、2000年の時を超え、かつてそこに生きた人々の息吹を感じることができるだろう。
*本展は事前予約(日時指定券)を推奨。詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)