金沢は、金沢九谷や加賀友禅、金沢箔など、多くの日本伝統工芸で知られる街だが、じつは国立工芸館が東京から金沢に移転したのはたったの3年前の2020年である。それに比べ、ポケットモンスター(通称 ポケモン)は1996年に携帯ゲーム機の名機、ゲームボーイのソフト「ポケットモンスター赤・緑」から始まり、以降もゲームのみならずアニメやカードゲームなどもさまざまな商品展開を行い、海外でも人気がある。
しかし、世界に誇る日本の工芸の歴史は、もちろん遙かに長い。たとえば、金沢箔は400年の歴史を持つ。漆はなんと縄文時代(10,000年以上も前)からあるとされていて、世界でいちばん古い工芸かも知れない。
ここ金沢で、ポケモンと工芸のコラボ?そんな疑問を抱いてもおかしくはないが、アートとポップ・カルチャーとの組み合わせはそう珍しいものではない。
たとえば、キリンラガービールとアンディ・ウォーホルのコラボや、ジブリのトトロを起用した商品展開、またはミッキーマウスを題材にしたロイ・リキテンスタインの《ルック・ミッキー》など、枚挙にいとまがない。
歴史を持ち、洗練された技と知恵が必要とされる伝統工芸と、エンターテインメント産業から生まれたポケモンにはどのようなつながりと共通点はあるのだろうか。主催者である国立工芸館の企画趣旨にはこう書かれている。
案外この2者、共通項が少なくないのです。たとえば工芸の原材料 や製造工程のエネルギーを挙げてみれば土や草や金属や 、水に炎に電気など、そのままポケモンの タイプといっても通用するかのよう 。さらにはわざを磨いたり、育てたり、収集や交換といったシ ステムも工芸にかける作り手や愛好者の想いと重なるところが多そうです。
この企画は国立工芸館が東京から金沢に移る前から、株式会社ポケモンが持ち出した話である。株式会社ポケモンの社長石原恒和によると、工芸作家とのコラボによって、もともと二次元であったポケモンが、三次元の世界に現れることに魅力を感じたという。1996年当時150種類しかなかったポケモンのキャラクターは、現在1000種類以上にまで増えている。会社としては、新しいキャラクターを少しずつ出すのではなく、2、3年に一度、シリーズとして思い切って出すのが戦略であると石原社長は記者会見で説明した。今回のポケモン×工芸展に出品される70品以上の作品も、そういう意味では新しい戦略として考えられる。
国立工芸館としては、子供やいままで伝統工芸にあまり馴染みがなかった人たちが、ポケモンを通じて工芸に興味を持ってくれることに期待しているという。さらに、ポケモンは日本国内だけではなく、欧米を含む海外でも絶大な人気を誇る。そこで、展覧会と同時に出版された公式図録は完全に日本語と英語のバイリンガルである。
今回の展覧会の特徴として挙げられるのは工芸作品がすべてポケモンにインスピレーション・影響を受けていること。出展する20名のアーティストの中には人間国宝の桂盛仁、若手の桝本佳子や吉田泰一郎、ベテランの田中信行や林茂樹などがいる。展覧会の作品は「すがた」、「ものがたり」、「くらし」の3つのカテゴリーに分けられている。
ゲーム内の二次元キャラクターとして誕生したポケモンが、作家の手による工芸作品として、新たな命を得る。「すがた」のカテゴリーでは、ポケモンの見た目の面白さを工芸で表した作品を紹介。展覧会のポスターを飾る吉田泰一郎の《サンダーズ》や今井完眞の《フシギバナ》はポケモンファンなら誰もが知っているキャラクターである。
「ものがたり」の作品には抽象的なものが多い。たとえば、田中信行の無題の作品は謎の黒いオベリスクに見える。田中は漆工における成形法である乾漆を使用し、漆黒というもっとも深い黒を出し、ポケモンの技である「かげうち」を再現している。そのいっぽう、池本一三の作品ではポケモンの世界にあるガラル地方を牧歌的な風景として描いている。
言葉の通り「くらし」では、ファンタジーとも言えるポケモンと日常とをつなぐ作品を紹介。たとえば、人間国宝の桂盛仁によるブラッキーの形をした帯留とブローチのシリーズや、ポケモンが壺に溶け込んでるのか変身しているのかが分からない桝本佳子の器などが並ぶ。ポケモンの模様を使用している着物やコップや茶箱などの作品もある。
名キャラクター・ピカチュウやポケモンのシンボルでもあるモンスターボールなどが意匠として目立つ作品もあるが、なかには近づいてよく見てみないとポケモンとの関係がすぐには分からない作品もある。このように、ポケモンファンがポケモンという入り口から工芸に興味を持てるよう、楽しい誘いや仕掛けが至るところに散りばめられている。そして、工芸ファンは作品そのものを楽しみながら、新しく加えられたポケモンという要素に、新鮮な面白さを発見することができるだろう。