「自分を表現する方法が『写真』なので、こうしてコトバで答えるインタビューは苦手なんだけれど……(笑)写真展というのは自分の家に招待するような、ある意味とても親密な感じがあります。特に、この日本の写真を日本の人々に見せるというのは自分自身も怖い気がしますが、どうぞ私の世界にいらして下さい。」そう語るのは、幼少期をマリ共和国バマコで過ごした経験をもつフランス人写真家、ルシール・レイボーズ氏。日本を拠点に活動している彼女の写真は、リコーフォトギャラリーRING CUBEで行われている写真展「OVERSEAS 2011ー世界を選んだ写真家たちーPartⅡ」に展示されている。日本で活躍する写真家のひとりとして、お話を伺った。
―幼少期をアフリカで過ごし、現在日本を拠点に活動されているということですが、その生活は自身の作品にどんな影響を与えていると思いますか?
10代のときセネガルへの旅を通じて写真を撮りはじめました。最初は歌手の方などのポートレートなどを撮っていたんですが、20代になってからトーゴの人々、そして「アニミズム」に出会いました。アフリカの伝統的な生活様式は、私の作品にだんだんと反映されていったのだと思います。
日本には長年興味をもっていましたが、はじめて来日したのは1999年、坂本龍一の「ライフオペラ」のときです。日本にきて「神道」に触れ、この神道とアフリカのアニミズムは非常に似ている、つながりがあることが明らかでしたので、アフリカで出会ったアニミズムの探求を日本でも続けているという流れですね。
―今回の展示、日本人女性が温泉に入っているものなどがありますね。日本以外の国にも温泉(ホットスプリング)はありますが、それと日本の温泉は違うと感じますか?
私にとっては全く違いますね。温泉というのは、人と自然のつながりというのを一番自然に表しているのではないかと思います。そう、アニミズム……自然とのつながりですね。また温泉のなかには「誕生」といった意味もあると思っています。と同時に「死」も表しているのではないかと。温泉には「生と死」というものが表現されているのではないかと考えています。
以前、写真家の荒木さんに(温泉の写真を)撮り始めたときにお見せしたんですが、最後まで撮り終わったときに「あなたは本当に好く理解している」と言っていただきました。温泉というのは、穴から温かいお湯がでてきてまた穴のなかに帰っていくという……その生死のようなものを、うまく表現したからではないかと思います。また温泉には、一種の儀式的なものを感じています。温泉に入ると浄化され、自然とつながり、頭も心も浄化されてゆく感覚があるのではないかと。
―どこの温泉で撮影されたのですか?
群馬の宝川温泉です。とても大きな温泉で……大きな温泉だったので写真撮影が容易でした。他の小さな温泉では放り出されてしまって(笑)
―なぜ日本をベースに活動しているのでしょうか?フランスでも、アフリカでもなく。
私は幼年期から両親とともに多く旅行をしてきましたが、アフリカと日本という二カ所の国は、非常に自分らしくいられる国でした。でも女性としてアフリカをベースにするのは難しいと感じましたし、日本でより自分を発見したという部分もあります。また、2~3年前に日本で出産しまして、子どもを育てるという意味でも、日本は非常によい所だと思いました。
―ご自身が「母」になってからの写真(表現)というのは変わったのでしょうか?
時間がなくなってきたので、あんまり馬鹿なことをする時間がなくなったというのはありますね(笑)非常に常識的というか、自分にとって納得のいくことに対して時間を使うようになってきました。また、時間が足りないながらも(写真を撮る時間は少なくなったが)去年からは、表現がさらに「強く」なってきていると思います。
―強く?
非常に核心的なところに目がいくようになっています。母親として、表面的なことをやりたくない、本質的なことをつかみたいという欲求がでてきたような感じですね。
―写真をはじめたきっかけは、お父様の影響と伺いました……
ええ。父は医師でありながら写真に興味をもち、長年写真を撮っていました。その関係で白黒のラボ(現像所)が自宅にあって、私が9歳のときに父が最初に現像するのを見せてくれました。現像しているのを横で見ていた私は、まるで魔術のように感じたんですね。12歳くらいに自分のカメラを父からもらい、それから自分でもラボに行って写真を現像することをはじめました。
最初に父から譲り受けたカメラはニコンです。
―今はどんなカメラを使っていますか? また何故そのカメラを使うのですか?
ハッセルブラッド※です。雑誌社はデジタルカメラを使えというんですが(笑)私は肌の質感にしても、こちらのカメラのほうが好きなんです。デジタルで撮る場合は、あまり考えずにたくさん撮って、あとから選ぶ。ハッセルブラッドで使う中判フィルムは12枚までしか撮影できないので、撮る前に非常に考えないといけませんから。
また、このカメラで撮ると上から覗き込むような形で撮るスタイルになりますので、モデルに対し尊敬を払っているような形になり、写真を撮ることが一種の儀式のように感じられるんですね。ハッセルブラッドで撮るのとデジタルカメラで撮るのでは、モデルと私の関係が全く違います。
―カメラ以外に写真を撮るときに必要不可欠なものはありますか? 例えば……三脚とか
三脚は使うのはいやなんです。「カメラがある」ということだけで、その場のもつリズムが邪魔されてしまう気がして……ですから、なるべくモノを使わないで対象と自分が向き合えるようにと考え、カメラ以外は使わないようにしています。
―モデルと向き合ってシャッターを押す瞬間、何を考えていらっしゃいますか?
もちろんモデルにもよりますが、その人の「人柄」をなるべく引き出そうと思います。特に、その人のもつ自信というか……モデルが私に何かをくれるよう引き出すような、そんな関係になるように、その人が自信をもって、そこにいられるようにような撮り方をするようにしています。
―以前雑誌の表紙で撮影されていた、 北野武さんのポートレートが非常に力強く印象的でした。
あの時はとてもたくさんの人がいて、時間がないなか撮ったので複雑でした(笑)彼はアフリカのことが好きで、一緒にアフリカについての話をしました。私の家はトーゴとベナンの国境の近くの村にもあるんですが、武さんがそのすぐ近く、ベナンに学校を建てたんです。
―ご縁があったのですね……今後、ポートレートを撮ってみたいという方はいらっしゃいますか?
北野武さんは本当に、私にとっては夢のモデルでしたが(笑)例えばファッションデザイナーの方、山本寛斎さん、三宅一生さんなど、撮ってみたいですね。
―人物以外に、他に撮りたいものはありますか?
やはり、日本に非常に興味がありますので、できるだけ多く旅行をし撮影をしていきたいですね。今年は南九州のほうに行きたいと思っていますし、仙台など北のほうにも足を運びたいです。北にはまだ伝統的な信仰などが残っていると思いますので。あとはエチオピアとか…… アフリカの国にもまた戻りたいですね。エチオピアの周りの国はまだよく知らないので、その周辺国などにも行ってみたいと思っています。
―今回の展示会のテーマは「OVERSEAS」。海外で活動する場合の難しさなど、これから海外にでようとする若者、あるいは海外で活動している方に向けてご自身の経験からいえるアドバイスはありますか?
写真を撮るというのは、非常に個人的な体験なので一般的なことは言いづらいんですが……私の場合、文化や人に対して「自分から離れたところで撮る」という距離が重要だったんですね。新しくものを見るのには、私にとっては距離が必要でした。海外での活動という意味では、恐れることはなく「何かをやりたい、表現したい」という強い欲求を大切にして、行動を起こすことが重要だと思います。
―とはいえ、なかなか一歩を踏み出すのは難しいと思います。
誰かが背中をおしてくれた、サポートをしてくれたということはありますか?
最初は音楽業界……レコード会社に作品をもっていきましたが、今その頃のポートフォリオを見ると「本当によくこんなものを」というほど、馬鹿げた作品でした(笑)けれど、そこで素敵な人々にたくさん出会いましたし、そういった人たちが背中をおしてくれ、やりなさいよといってくれたことが現在の日本での活動につながっているとも思えます。
ただ、やはり自分の内部から出てくる「やらなければいけない」という駆り立てられるような感情があったので、それが一番強いかもしれません。
―最後に、あなたにとって「写真」とは?
自分が写真を撮るというのは、この世界で生き残っていくために必要不可欠な行為でした。私は、写真で「世界の美しさ」を表現したいと思っていますので、 もちろんアフリカでは悲惨な現状があるというのも知りながらも、非常に肯定的な写真を撮ってきました。やはり「美」ということに注意を向けていかなければ、この世の中というのは生き残っていけないのではないかと思っています。
日本の温泉風景をテーマにした「ソース(泉・Source)」という写真集のなかにはある意味、非常に個人的な体験が入っているんですが、そこにはまさに「私自身」が反映されています。写真というのは自分のなかの感情、自分のなかの狂気というか……ちょっとクレイジーな私自身を表現する方法ですし、私にとっては秘密の花園のようなもの。残酷で非常に厳しい世界で生き残るための手段でもあり、なによりも、私の言語だといえます。
―Photography is your language!
本日はどうもありがとうございました。展覧会楽しみにしています。
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ルシール・レイボーズ(Lucille Reyboz)
http://www.lucillereyboz.com/
1973生まれ。幼少期をマリ共和国バマコで過ごす。10代の頃にセネガルへの旅を通じて写真と出会う。主にポートレイトの分野において活動を行い、ブルーノートなどのレコードカバーの撮影を手掛けてきた。 トーゴのタンベルマ族をテーマにした「バタンマバ(Batammaba)」や「BELLES DE BAMAKO(バマコ美女)」をはじめ、日本の温泉風景をテーマにした「ソース(泉、Source)」などの写真集を刊行。 2008年パリフォトにて日本をテーマにしたシリーズ”Chroniques Japonaises”を展示。2011年1月にはシャネル・ネクサス・ホールにて個展を開催。現在は東京をベースに活動している。
※ハッセルブラッド (Viktor Hasselblad Co. )はスウェーデンのカメラメーカー。大型カメラ全盛の時代、世界で初めて携帯に便利なレンズ交換型6×6cm判一眼レフカメラを発表。