オピーと言えば、シンプルで、強いアウトラインと鮮やかな色彩によるポートレート作品、ラインだけで表現される人物の終わることなくくりかえされるムービー、が特に印象的だったのだが、近年は自身もコレクターの一人である日本の浮世絵をもとにしたLEDによるデジタル作品も発表しているときいて、その共通項は何であろう?と、私は個人的に興味深く思っていた。
今回、はじめて「実物の」作品を目の前にすることができて、彼の作品にそれぞれ違った「テクスチャー」が施されていることに驚いた。どの作品も、出版物やポストカードなど紙媒体だけでみれば、シンプルなラインと色が視覚的最大興味の対象となり、どの作品も等しく平面的なものにしかみえてこない。しかし実際にはキャンバスの上に描かれた作品もあれば、鏡面加工されたプレートの上に施された作品もあり、ポートレート作品に見られる黒のラインも、プラスチック、毛、カッティングシート、と実にさまざまなテクスチャーで表現されているのだ。LEDによる光の色や動きも、これまでとは違ったメディアによる全く新しいテクスチャーといえよう。
オピーの作品をみていると、究極までに単純化されたフォルムや動きだからこそ、眉や口の端の角度など、ほんの少しの情報からそのキャラクターを特徴づけようとみてしまう。それがもっと単純に、それこそ本当にアウトラインだけになった時は、その上を覆っているもの、例えば着ているもの、手にもっているもの、動き方という情報だけが頼りだ。
LEDによる浮世絵も、よくみれば川面や水草がゆれている。もとの絵がつくられた時代とテーマや描かれるオブジェは似ているし、色使いもそっくりなのに、作品は紙でもないし、写真でもない。動かすことのできるメディアを使用 した「絵」なのだ。つまりそのものを特徴づけるものはすべてテクスチャーによる情報なのだ。これらはすべてオピーによるテクスチャー情報のミキシングであり、冷静なしかけであればあるほど、観るものは彼の作品の表層にみるカワイさ、ポップさの背後から、じんわり薫りだす彼の作品の魅力のひとつであるブキミさを敏感に嗅ぎとるのではないだろうか。
開催期間も残りあとわずか。オピーのしかけを目で確かめ、体感しにいくには、どうやら季節は文句なしのようだ。
Chihiro Murakami
Chihiro Murakami