2023年3月28日に逝去した音楽家、坂本龍一。その追悼展となる展覧会「坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア」が東京・初台のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で開幕した。会期は12月16日~2024年3月10日。
本展をキュレーションしたのは、ICC主任学芸員の畠中実とライゾマティクスの真鍋大度。今年4月、訃報を受けた直後に同じ場に居合わせたふたりがすぐに構想を始め、約8ヶ月で展覧会実現へと至ったかたちとなる。
ICCと坂本の関係は深く、開館前の1991年、約100人のアーティストや作家、文化人らの作品やメッセージを電話、ファックス、コンピューターを通して人々が鑑賞するという実験的イベント「電話網の中の見えないミュージアム」まで遡る。「ICCの各節目に坂本さんの存在があり、ずっとサポートしていただきました」と畠中。そして、本展の大きな目的のひとつが、坂本がどのようにアート表現を行ってきたかを振り返ることだと主張する。「坂本さんがなぜアートやサウンドインスタレーションに向かって実験精神を発揮していったかというと、マーケットの中で音楽をつくることに限界を感じていたからだと思います。ただ、パブリックイメージとしての坂本さんはやはり音楽家ですよね。ICCとしては、坂本さんが音楽を超えて拡張していき、その結果アート表現に主軸が移っていったということを伝えたかった」。
本展は、坂本と縁の深かったアーティストの作品に加え、真鍋キュレーションによる坂本が生前残した様々なデータを再構成するパートがある。「坂本さんの遺志をどのように継承できるのかというのがテーマのひとつ。真鍋さんキュレーションのセクションは新作のみで構成され、トリビュート展でありながら坂本さんが作ったかもしれない作品として見ることができます」と畠中。
プレス会見で語られた内容に加え、真鍋が出演した12月17日のトークイベントで話された内容をあわせて紹介していこう。
展覧会冒頭に展示されるのは、坂本龍一と真鍋大度が共同で制作したインスタレーション作品《センシング・ストリームズ 2023-不可視、不可聴》(ICCヴァージョン)(2014/23)。札幌、東京、成都、北京で展示された本作は、都市における電磁波=血流ととらえ、その情報を可視化・可聴化するインスタレーションだ。手元のコントローラーで操作すると、目の前のヴィジュアルとサウンドに変化があらわれ没入感がもたらされる。「2020年あたり、坂本さんと本作をアップデートしようと話していました。生前それが叶いませんでしたが、今回のアップデートは今後の展開を見据えた良い機会になりました」と真鍋。
真鍋がキュレーションを行ったのは、Strangeloop Studios《レゾナント・レコーズ》(2023)、404.zero《The Sheltering Sky - remodel》(2023)、真鍋大度+ライゾマティクス+カイル・マクドナルド《Generative MV》(2023)の3作品が大型スクリーン上で交互に展示(上演)される空間だ。
マルチメディアスタジオであり、BLACKPINK、フライング・ロータス、エリカ・バドゥ、ケンドリック・ラマー、SZAら名だたるアーティストのコンサート映像演出や没入型インスタレーションなどを手がけてきたStrangeloop Studiosは、坂本のピアノ曲「Before Long」を起点としたヴィジュアル表現を発表。同スタジオのイアン・サイモンは「坂本さんの音楽はパワフルで、感情を呼び起こさせるもの。ヴィジュアルの喚起力が強く共鳴する気持ちがありました」と話し、《レゾナント・レコーズ》では坂本龍一の音楽を通じて、いかにリスナーが時間を横断することを可能にするかを探求している。「『Before long』を何度も繰り返し聴き、瞑想するように音楽に浸りました。そこから出てきた記憶、ノスタルジア、共鳴、タイムレスなどのキーワードをヴィジュアル要素に落とし込みました」と振り返る。
坂本龍一の音楽ファンであれば、Strangeloop Studiosにおける「Before long」のように、誰しもお気に入りの一曲があるだろう。ロシアを拠点とするオーディオヴィジュアルアーキテクトとツールメーカーからなるデュオ404.zeroにとっては、それが「The Sheltering Sky」だった。「坂本さんの音楽は私たちの親世代から聞き継がれ、異空間への瞑想のようなイメージを持っていました。今回、私たちふたりはそれぞれに坂本さんのアルバムを聞いて曲を選ぶことにしました。性格が全然違うのに選んだ曲が一緒(The Sheltering Sky)だったんです」と、404.zeroのクリスティーナ・カールプリシェヴァ。もとの楽曲の音符をインプットデータとして用い、独自の音と映像へと変容させた本作について「複雑、不安定で美しい作品になったと思う」と自信をのぞかせる。
生前、坂本と真鍋は最新動向の情報交換を行っていたというが、やりとりのなかで坂本が注目アーティストとして話題に出したのが404.zeroだったそうだ。いわば相思相愛とも言えるコラボレーションを氏が目の当たりにできなかったことが悔やまれるが、このエピソードからもわかるように、生前の坂本には気になる表現、アイデアがいくつもあり、それらを実現するため、あるいは新たな表現へとつながるためにテキスト、MIDIデータ、映像など多岐にわたるデータを保存したという。
真鍋大度+ライゾマティクス+カイル・マクドナルドが本展で発表する《Generative MV》(2023)は、遺された数あるデータのなかから、2020年のオンライン・コンサート『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 12122020』の演奏楽曲「Perspective」の映像を活用。後から合成可能にするためグリーンバックで収録されたこの映像で、観客はその背景を自由に変えることができる。手元にあるiPadでAIに向かってテキストで指示を与えるかたちだ。
この《Generative MV》で用いられるAIソフトを開発したカイル・マクドナルドは坂本の大ファン。とくに「Perspective」が大好きで、その歌詞から河原温の「Date Painting(日付絵画)」シリーズとの同一性を見てきたのだという。「どちらの作品も、なんでもない日常に眼差しを向けたものです。同じようにいま私が取り組んでいるAI技術も、私たちとインターネットとの関わりという日常生活の上に作られてきたものなのだと考えています」とマクドナルド。長らくAI技術に取り組んできたマクドナルドの技術と、真鍋をはじめとした関わるアーティストの坂本への思いが結晶化したようなヴィジュアルは、ぜひ実際に見て文字を打ち込んで体験することをおすすめしたい。
会場奥の空間では、坂本と縁の深かった高谷史郎、Dumb Type、alva noto(カールステン・ニコライ)、毛利悠子、李禹煥(リ・ウファン)の作品やコラボレーション作品が展示されている。
Dumb Typeとのコラボレーションによって実現した坂本自身の未発表音源「Tokyo 2021」(*)をはじめ、どの作品もなかなか見ること・聞くことのできない貴重な作品ばかりだが、今回初公開となるのは、李が坂本の病の平癒を願って描いたという円環のドローイング《祈り》(2022)。そのドローイングの裏に書かれたメッセージはシンプルだがユニークで温かな優しさを伴うもので、こうして多くの人々が坂本にメッセージを励まし、その回復を祈っていたのではないかと想像させた。その横ではオリジナルアルバム『12』ジャケットに使用されたドローイング原画《遥かなるサウンド》(2022)を展示。ジャケットでは李のアイデアによりドローイング部分を13度の角度に傾けたものが使用されているが、展示では真正面からその作品を見ることのできる初の機会でもある。
なお、今回のように音や音楽を扱う展覧会で問題視されるのが、音同士の干渉問題。今回、真鍋によるキュレーション部分では、タイムシークエンスを組むことでその問題を回避するような構成となっている。インターミッションで自然と次の空間への移動を促されたり、音があえて混ざり合ったりするような時間もあり、音で行動を促される体験は新鮮で、真鍋の坂本へのリスペクトがさりげなく示される部分にもなっていた。
本展で印象に残ったのは、畠中、真鍋が度々口にしていた、坂本が残したデータの活用方法だ。いつの時代も最新テクノロジーにいち早く可能性を見出し、積極的に自作に取り入れてきた坂本にとってのデータとは、連綿と続く人間の創作活動におけるバトンでもあり、今回、そのバトンを受け取ったのが本展で紹介されるアーティストたちと言えるだろう。
「坂本さんの残したものを継承するのもテーマ。作品やアーティスト自身がどうなるのかというのを考えていけるのではないか、考えなければいけないんじゃないかと思う」と畠中。そして真鍋は「AIを使って死者を蘇らせるような試みは今後もっと増えていくと思う。ただ、それについてはすごく慎重にならないといけないのでやらなかった。たとえば、MIDIデータが坂本さんふうの曲を作曲することもできますが、ライセンスや倫理の問題から避けました。そういう意味では、本展ではデータを使うというところで試行錯誤があった」と、様々な葛藤があったことをうかがわせた。
今後、技術が発展するにつれ、坂本のデータを活用した作品も多数生まれるだろう。その開始地点でもある本展を通して、生前坂本と関わりのあったアーティストがリスペクトをもって何をどのように使用し、何をしなかったのかを考えることは今後のデータ活用を展望するうえでも重要なことのように思われた。
*──世界限定100セットで2023年8月にcommmonsから発売された『Ryuichi Sakamoto | Art Box Project 2023: Dumb Type + Ryuichi Sakamoto, Playback 2022』に収められている
関連イベント
坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア 上映プログラム
ICC館内のシアターにて、坂本龍一が出演したパフォーマンスやコンサートの記録映像を上映します。
上映期間:12月16日〜2024年3月10日
会場:ICC 4階 シアター
定員:29名(このうち車椅子席 2)* 当日先着順.12月中の上映については1名様につき1枚整理券を配布します
*「坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア」の入場チケットが必要です
上映作品
野村萬斎+坂本龍一+高谷史郎《LIFE - WELL》2013年/85分50秒
出演:梅若紀彰、野村萬斎、大倉源次郎、一噌隆之、亀井広忠、小寺真佐人、坂本龍一ほか
演出・構成:野村萬斎、坂本龍一、高谷史郎
映像:高谷史郎
上映協力:山口情報芸術センター [YCAM]
《After the Echo》2017年/40分06秒
出演:カミーユ・ノーメント、坂本龍一
インスタレーション:毛利悠子《そよぎ またはエコー》
企画:毛利悠子
監督:フェリペ・マルティネス
*「札幌国際芸術祭2017」関連イヴェント
alva noto + ryuichi sakamoto《insen live(short)》2006年/27分13秒
出演:カールステン・ニコライ(alva noto)、坂本龍一
監督:カールステン・ゲープハルト
Alva Noto & Ryuichi Sakamoto《Glass》2016年/26分50秒
出演:カールステン・ニコライ(Alva Noto)、坂本龍一
監督:デリック・ベルチャム
「坂本龍一 with 高谷史郎|設置音楽2 IS YOUR TIME」 コンサート 2017年/60分02秒
出演:坂本龍一
野路千晶(編集部)
野路千晶(編集部)