公開日:2024年9月7日

「Nerhol 水平線を捲る」(千葉市美術館)レポート。対話と紙を積み重ねてきたアーティストデュオのこれまでと新たな1ページ

これまでの活動における重要作や未発表作に加え、千葉市の歴史や土地と関わりの深い蓮をテーマとした最新作、Nerholのふたりが選ぶ美術館のコレクションとの“共存”も見どころ

会場風景

Nerhol(ネルホル)は、紙と平面的構成によるグラフィックデザインを行う田中義久と、紙や文字を素材とする彫刻家の飯田竜太により2007年に結成されたアーティストデュオ。現代においていかにして問題を提起し、人に伝えていくかという方法論において共通項を見出しともに活動をスタートした。今年に入ってからは太宰府天満宮宝物殿、レオノーラ・キャリントン美術館での2つの個展を開催するなど国内外で注目を集めるアーティストデュオだ。

会場にて、Nerhol。左から田中義久、飯田竜太

このたび、Nerholにとって公立美術館で初となる個展「Nerhol 水平線を捲る」(9月6日〜11月4日)が千葉市美術館で開幕した。担当学芸員は千葉市美術館の庄子真汀、森啓輔。

Nerholを一躍有名にしたのは、人物を数分間撮影し、出力された200枚のカットを重ね、一枚一枚を彫り出すことで作品化したポートレイトシリーズ。近年は映像、珪化木(けいかぼく:地中に埋もれた樹木が長い年月をかけ石化したもの)や帰化植物(自生地から日本国内に持ち込まれ野生化した外来種の植物)を素材・テーマとした作品や、素材となる紙そのもののを制作するなど、表現を拡大。通底するのは、写真と彫刻を往還する表現を通じ、グローバリゼーションをはじめとした人間社会と自然環境、時間と空間に深く関わる姿勢だ。

担当学芸員のひとりである森啓輔は、ふたりについて「紙を積層するように多層的な探求を行うアーティスト」と言い表す。

会場風景

本展の展示の全体テーマは近年のふたりの関心ごとでもある“移動”。空間全体が「鑑賞者が歩く流れを意識しながら、シリーズが徐々につながっていくのを体感できるような仕組み」(田中)になっている。初期から現在まで、時系列にとらわれないかたちで多数の作品が点在しているが、「制作するうえで大事にしていることは昔から変わっていないということがわかった」(飯田)と活動を振り返る。

会場風景より、活動最初期の作品シリーズ「circle」(2011)
会場風景より、活動最初期の作品シリーズ「circle」(2011)

8階、7階の2フロアにわたる本展。8階に並ぶ作品は、別府市での滞在制作の成果、パブリック・ドメインの動画を素材とした作品、マッカーサーやGHQのリサーチに基づく作品、日系3世の人物をモチーフとした作品など多彩で、ふたりの関心の広さと眼差しの移り変わり、批評性を映し出す。

会場風景
会場風景
会場風景

7階は、同館のコレクション42点との時空を超えたコラボレーションが見どころ。「共存」をテーマに作品の対話相手として選ばれたのは、イケムラレイコ、小清水漸、白髪一雄、高松次郎、トーマス・ルフ、中西夏之、李禹煥らのコレクション。Nerholがそれらの作品にいかなる関心と魅力、ときに共通点を感じたのか、自由な読み解きを楽しめる。通常収蔵庫に収蔵され、いわば“静的”なコレクションに新鮮な息吹がもたらされるのもこうしたコラボレーション企画の魅力だろう。

会場風景
会場風景
会場風景
会場風景

作品もさることながら、パッと目を引くのは壁紙が剥がされた壁、突然現れる柱といったユニークな会場構成。これは「ホワイトキューブに近づけようとすればするほど、美術館建築の持つノイズが目立つように感じられた。ならばいっそノイズを作り出せば良いと思った」(飯田)という意図によるもので、建築家の西澤徹夫の協力を得て完成した。作品も壁の上部や下部、隙間のような空間に縦横無尽に展示されており、独特のリズムが作り出されている。鑑賞者が各作品の差異にとらわれず、一点一点を新鮮に見ることができる仕組みでもあり、ふたりの編集感覚が感じられるものになっていた。

会場風景
会場風景

展示はメイン会場だけではない。市指定文化財である美術館1階のさや堂ホールでは、千葉市の花「蓮(オオガハス)」をテーマに、オオガハスを一部素材に使用した和紙を用いた大規模なインスタレーションを発表。旧建物全体を新しいビルで覆う方式で建てられたこの場所の歴史に呼応するように床を覆う、一面の和紙が壮観だ。また、スタートバーン株式会社代表取締役の施井泰平と対話を重ね、同社が提供するNFTを展覧会に実装し、来場者はスタンプラリー形式でアートとデジタルテクノロジーの融合が体験できるという仕掛けも。

会場風景より、《Untitled》(2024)

プレス会見で飯田はNerholの活動の真髄は「対話」にあると言い、「平面(田中)と立体(飯田)、視点が違うふたりが目線をあわせてひとつ作品を完成させていくこと。それこそが作品におけるいちばんの対話」として、今後の目標を「探求する状態をベースとした日常とその継続」を掲げた。展示を見れば、ふたりがこれからどのような探求を重ねていくかが楽しみになるはずだ。

会場風景より。近寄って眺めたくなる細部

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。