「戦う人」を描く理由。水戸部七絵インタビュー(文・写真:中島良平)

ロックスターやポップアイコンをモチーフに描く、アーティストの水戸部七絵による人気シリーズの第5弾が渋谷のDIESEL ART GALLERYに登場。7月3日まで開催中の個展「People Have The Power」にて、作家にインタビュー

水戸部七絵

ロックスターやポップアイコンをモチーフに描く、アーティストの水戸部七絵による人気シリーズの第5弾が渋谷のDIESEL ART GALLERYに登場。7月3日まで開催中の個展「People Have The Power」にて、闘いや情熱を表す赤色で彩られた空間で展示されている。個展の会場で作家にインタビューを行った。

絵画がもつ永続的な価値

水戸部が画家を志すようになった原点には、小学生のころに初めて美術館で見たゴッホの絵がある。「もちろんゴッホの作品の力がすごかったこともありますが」と前提したうえで、そのときに感じたことを次のように話す。

「人生や寿命よりも絵画作品が長く生きて、ずっと残っていることにすごく価値があると思ったんです。子供だから言語化できていたわけではありませんが、直感的に、美術館という芸術作品を保管し、展示することに特化した施設で見たことにも大きな意義を感じました。芸術に携わり、芸術を生み出すことができたら、自分という個人がもつ以上の永続的な価値の創出につながるのではないか。そのように考え、美術館に展示されるようないわゆるハイアートみたいなところに憧れを抱くようになりました」。

会場風景より

高校生になり、美術大学を目指し始めるときには、プロの画家としての道を思い描くようになる。ゴッホを入口に、印象派に触れ、モディリアニなどの近代絵画に惹かれた水戸部は、美術予備校でひたすら受験用のテクニックを磨くことには違和感を覚えた。名古屋造形大学に進学してからも、自分が描きたい絵を見失わないことを意識し続けたという。

「絵を描くというのはすごくシンプルな行為なので、描き続けていれば技術的に上手くなっていきます。しかしそうすると、描くことに慣れてきてしまったり、手つきが同じようになってしまったりするし、形式的なバランス感覚が身についてしまうこともある。

そうすると行き詰まってしまいますから、たとえば、写実を極めようと思ったら、写真のように描けるように徹底して技術を磨き、一度壊す。次には極端に抽象に振り切って、抽象の技術に慣れていきそうになったら、それもまた破壊する。そうして、山をつくっては壊すようなことを繰り返しながら、自分のスタイルを表現する方法を模索しました」。

戦う人を描く理由

美術館での展示を想定して、アカデミックな世界で「10年ほど売れない作家を続けた」。そして2020年にコロナ禍となり、突如として起こったアートバブル。絵の本質的なものとは何か。永続的な価値をもちうる絵画の可能性を追究したいという考えを胸に抱く水戸部は、降って湧いたように新人作家が登場し、作品の値段が吊り上がる状況に危機感を感じたという。しかし、その状況を逆手に取り、あえてアートマーケットに参入することで、絵画の本質的な部分を伝えられるのでないだろうか。そこで、作品のモチーフにロックミュージシャンやポップアイコンを選ぶことにした。

会場風景より
左 That’s why they don’t get what they want. - Diesel Limited - 右 Fighting Man - Diesel Limited -

メジャーデビューすると、商業化してマスに取り込まれてしまうミュージシャンも一定数いる。そうしたロックスターとマーケットの関係をファインアートとコマーシャリズムのそれに見立て、水戸部はロックスターやポップアイコンを作品のモチーフに選んだ。そのシリーズ第1弾が2021年の「Rock is Dead」(biscuit gallery)であり、現在DIESEL ART GALLERYで展示されている第5弾の「People Have The Power」へとつながる。

左 A fighting man who dances like a butterfly 右 two cool man

「戦う人、戦う女性を描こうという思いで、『People Have The Power』のシリーズを手がけました。展示室の最初の壁に展示されている4点がマドンナで、そのすぐ後にモハメド・アリの絵がきます。オールド・スクール・ヒップホップの重要な人物であるグランドマスター・フラッシュは、ターンテーブルでスクラッチをした最初のDJのひとりですし、その隣のザ・ランナウェイズは、初めて下着のようなセクシーなコスチュームでライブをした女性ロックグループです。

モハメド・アリはもちろん戦うボクサーですが、それと同時に、マイクパフォーマンスで初めてラップをした人物だとも言われています。戦うことが起源となり、ボクシングから音楽へというジャンルを超えた表現の越境があるのではないかと思ったので、今回のシリーズでアリもモチーフとして選びました。彼らはみな、時代や社会に対して抗議の声をあげ、独自の表現を生み出していった。そこから物議が起こり、時代が変わっていくことに大きな力を感じます」。

Sexy guitarist in underwear

空間に描き上げたペインティング

会場の中央では、デヴィッド・ボウイをモチーフとする立体作品が存在感を放っている。ボウイもまた、ヒッピーたちが席巻した社会へのカウンターとして登場し、支持され、耽美的な演出で新たな時代を切り拓いた表現者だ。

「山本寛斎さんがデザインした衣装を着たボウイを、写真家の鋤田正義さんが撮影した有名な写真があります。今回は展示室を真っ赤な壁にしたので、あの写真の世界観を空間で再現できるのではないかと思って立体作品を手がけました。これまでにもボウイのペインティングは何枚か描いてきましたが、すごく美しい存在なので、とても描きづらい対象です。しかし彼は『自分は宇宙人だ』というような発言をしており、あの美しさには、時代や社会と相容れない感性が結びついているのかもしれない。美しさの裏側に背負っている何かがあるのかもしれないと考えたとき、この人を描けると思ったのです。今回は構造体を石膏で作り、油絵具で表面を描いた立体作品として制作しました」。

水戸部は「立体作品自体が初めてだったので難しかった」と語るが、空間をキャンバスに見立てて描き上げた三次元のペインティング作品として、今後の展開にも期待したくなる手法だ。

左 people walk 彫刻 He's a sexy fighting star
右 I don’t think I’ll make old bones and I don’t care. I’ve lived a full life.

絵を続けるモチベーション

制作に携わっていていちばん好きな瞬間を聞くと、水戸部は「アトリエでボーっとしている時間」だと答えた。アトリエにいる時は孤独な時間だが、自然や動物、虫たちに囲まれて、素で穏やかな気分になれる。絵を描いている時間は集中しすぎていて、その最中の記憶がまったく残っていないこともよくあるほどだといい、その創作から解放され、ただ絵を見ながらコーヒーを飲んでボーッとしているような時間が心地よいのだという。

会場風景より

「自分は顔を起点として、絵画の原理を追求することで作品を描いてきました。一斗缶に入った絵具を手で直接すくいあげ、身体を使いながら一気に描いてしまうのですが、ずっと油絵具を使用してきて、その特性を理解するようになったもののやりづらさや扱いにくさは消えません。しかし、そういう部分がやはり魅力的で、挑戦しがいがあるのかもしれません。重さと独特な匂いがあり、絵画性を誇張する意味も込めて厚塗りをしたり、油ならではの色づくりにこだわって絵を描くことは、絵画の物質的な側面からも意義があると思っています」

かつての巨匠たちの画集をパラパラとめくっていると、若き日の作品から晩年の表現までが時系列で並んでいる。いずれ来るそのキャリアの晩年で、自分はどのような表現に到達しているのだろうと、ふと考えることがあるという水戸部。自身の作品が、未来の誰かとどのようにコミュニケーションをとっているのか。また、美術史にどのようなかたちで残っていくのか。そんな思いを抱きながら、彼女はこれからもキャンバスに向かい続けるはずだ。

会場風景より
When you are peace you can forgive a great deal.

会場では、展示作品をはじめ、本展のために特別に作られた限定グッズや、ディーゼルとコラボレーションによるプロダクトも販売中。

会期:2024年5月18日〜7月3日
会場:DIESEL ART GALLERY
住所:東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocoti B1F
開館時間:11:30〜20:00(変更になる場合があります)
DIESEL ART GALLERY ウェブサイト

中島良平

中島良平

なかじま・りょうへい ライター。大学ではフランス文学を専攻し、美学校で写真工房を受講。アートやデザインをはじめ、会社経営から地方創生まであらゆる分野のクリエイションの取材に携わる。