長野県立美術館(長野市)は、野外に常設展示している美術家・中谷芙二子の作品《霧の彫刻》について「作家の意向に反した商業目的利用があった」として謝罪と対応を記した文書を2022年12月28日付でホームページに掲載した。併せて、弁護士や現代美術の専門家でつくる第三者委員会が経緯を調査した報告書を公開。それに対し、利用に異議を申し立てていた中谷側は1月16日、報告書は「当方の見解と異なる点もある」として意見書を発表した。
《霧の彫刻》(正式名《霧の彫刻#47610- Dynamic Earth Series Ⅰ-》)は、中谷が2021年に同館がリニューアルオープンした際にコミッションワークとして制作した。同館本館と東山魁夷館をつなぐ「水辺テラス」に設置した装置から一日数回霧が発生し、その日の気温や風向により様々に変化。鑑賞者は気象の影響を霧を介して体感することができ、周囲と調和する「ランドスケープ・ミュージアム」をコンセプトに掲げる同館のアイコンにもなってきた。
第三者委の報告書によると、2021年9月に都内のファッションブランドのデザイン事務所が同館の許可を得たうえで、パリ・ファッションウィークへの出展を目的とした動画を《霧の彫刻》の前で撮影し、ホームページやSNSで公開した。動画は、ブランドの服を着用したモデルが作品の霧の中を歩く場面が登場し、霧の動きを逆再生した編集映像やスモークを使って撮影した映像も含まれていた。
動画を見た中谷側は、作品の利用を許諾しておらず、撮影・編集による無断改変も加えられ著作権侵害だなどとデザイン事務所と館に指摘。ブランドは映像の公開を中止した。同館を運営する長野県文化振興事業団は、第三者委員会(メンバー:照井勝・青山綜合法律事務所弁護士、飯田高誉・スクールデレック芸術社会学研究所所長、佐藤恵太・中央大学法務研究科教授)を設置し、問題の原因調査と再発防止の提言を求めていた。
第三者委は報告書において、《霧の彫刻》が屋外展示であることなどから、著作権法上は「(方法を問わず)自由に利用できるもの」と解釈し、著作権侵害に当たらないとした。作者の人格的利益を保護する著作者人格権についても、動画の「編集加工には一切関与していない」として同館の侵害行為を認めなかった。だが、同館がブランド側に適切な説明や指導を怠ったことや、作品利用許諾が得られたとブランド側が誤認するような連絡を館職員が行っていた点を問題視。同館による「不適切行為」が行われ、原因として「著作権に関する認識」「作家の意向を尊重する意識」が欠けていたと指摘した。
調査の過程では、所蔵作品の撮影希望に対応するフローが欠如していた点や広報担当部署と学芸課のミスコミュニケーションなどの問題も判明。同館は、再発防止チームを発足させて手続きの整備や職員間の情報共有などの対応を推進し、「すべての所蔵作品と作家に対して、誠実に向き合うことが出来るよう体制を改善し整えていく」と文書で表明している。
いっぽう中谷が代表を務める株式会社プロセスアートは今月11日付のリリースで、事業団と解決に向けて協議を継続しているが、合意に至っていないことを発表していた。
追記 2023年1月18日
中谷側は1月16日付で、「長野県立美術館第三者委員会調査報告書に対する意見書」と題した文章をプロセスアートのホームページ上に公開。著作権侵害を認めなかった報告書について「著作権法46条(公開の美術の著作物等の利用)の趣旨を踏まえて解釈すべき」と反論した。動画内での作品改変に関しても「本件の事実関係の下では、本件映像が作家の創作意図から外れるものになる可能性を美術館は十分に認識できたはずであり、美術館には少なくとも過失があった」と指摘した。
また意見書は、近年アニッシュ・カプーアやアイ・ウェイウェイが著作権侵害で訴えたケースを挙げ、「現代美術作品を広告目的の映像と結びつける行為に対しては、アーティストにより明確な異議が出されている状況にある」と警鐘を鳴らした。
意見書における中谷本人のコメントは以下の通り。
今回、長野県立美術館が、自らのコレクションの”霧の作品”を、作者の意図などお構いなく、商品の広告と販売促進に提供したことに対して、大きな憤りを覚えます。
私は、自然から贈られたこの無垢で原初的でトータルな体験を、多くの人たち、特に子どもたちと分かち合いたいという思いから”霧の彫刻”を作ってきました。自然に対するこちら側からの畏敬の念の表現でもあります。
”霧の彫刻” を作り始めて 50 年この方、エフェクトとしての霧の使用はすべて断って来ました。この消費社会においては、アートも一種の流行として、瞬く間に消費されてしまうからです。本来アートはデディケーションであって、著作権などことさら主張しなくてもすむ社会が理想です。しかしいまだにアートへのリスペクトのないこの社会においては、現行の法でプロテクトするしかないと考え、また関わってくれたスタッフのためにも、抗議することを決意しました。
現代のコピーフリー社会について、再考する機会となることを願っています。
中谷側代理人である弁護士の木村剛大は「現代美術作品の利用と著作権について、美術館にはいっそう理解を深めていただくとともに、作家に対するリスペクトを持ってほしい」とコメント。引き続き、長野県立美術館と協議を続けていくという。