公開日:2022年7月3日

ドイツ表現主義からロシア・アヴァンギャルド、抽象絵画まで。国立新美術館「ルートヴィヒ美術館展」レポート

カンディンスキー、マレーヴィチ、パレルモなど、近現代を代表する作家が集結。市民コレクターの果たした多大な貢献にも注目したい

会場風景より、手前はヴィルヘルム・レームブルック《振り返る少女のトルソー》(1913-14)。奥は左からマリア・マルク《青いカップと赤いボウルのある静物》(1911-12頃)、アレクセイ・フォン・ヤウレンスキー《扇を持つお伽噺の王女》(1912)

国立新美術館で「ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション」が開幕した。会期は9月26日まで。本展ではドイツのルートヴィヒ美術館の所蔵するコレクションから、絵画や彫刻、写真など選りすぐりの作品152点が公開される。企画構成はシュテファン・ディーデリヒ(ルートヴィヒ美術館学芸員)、長屋光枝(国立新美術館学芸課長)、池田祐子(京都国立近代美術館学芸課長)。

ギャラリートークの様子。中央がイルマーズ・ズィヴィオー(ルートヴィヒ美術館館長)、右が長屋光枝(国立新美術館学芸課長)

ルートヴィヒ美術館はドイツ第4の都市、ケルン市が運営する美術館で、1986年に開館。そのコレクションは20世紀以降の作品が中心であり、展覧会タイトルの通り、市民の力によって形成されてきた。とくに多大な貢献を果たしたのが、美術コレクターだったペーター&イレーネ・ルートヴィヒ夫妻とケルンの弁護士、ヨーゼフ・ハウプリヒだ。

ルートヴィヒ夫妻は76年、ケルン市に約350点の作品を寄贈。これが美術館構想のきっかけとなった。その後も夫妻は寄贈を続けており、館の名前も夫妻のファミリーネームが冠されている。
他方で、ハウプリヒのコレクションはもともと46年に別のケルン市立美術館に寄贈されたものの、その後ルートヴィヒ美術館へ移管された。現在まで、コレクションの基盤を担っている。

彼らの貢献の大きさが示されるように、展示冒頭にはアンディ・ウォーホル《ペーター・ルートヴィヒの肖像画》(1980)とオットー・ディクス《ヨーゼフ・ハルプリヒ博士の肖像》(1951)が配されている。

会場風景より、手前はヴィルヘルム・レームブルック《振り返る少女のトルソー》(1913-14)。奥は左からマリア・マルク《青いカップと赤いボウルのある静物》(1911-12頃)、アレクセイ・フォン・ヤウレンスキー《扇を持つお伽噺の王女》(1912)

ルートヴィヒ美術館館長のイルマーズ・ズィヴィオーは本展について「美しく、強力。とくに一般市民がどうやって作品展を作り上げてきたのかというメッセージにも注目してほしい」とコメント。質、量ともに豊かな同館のコレクションを、市民コレクターたちの話を交えつつ紹介していこう。

ワシリー・カンディンスキー 白いストローク 1920 © Rheinisches Bildarchiv Köln, rba_d056273_01
会場風景より
会場風景より、アウグスト・マッケ《公園で読む男》(1914)

第1章「ドイツ・モダニズム:新たな芸術表現を求めて」では、20世紀初頭のドイツ美術をピックアップ。ドイツで結成された芸術家グループである「ブリュッケ」と「青騎士」に注目し、エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーやワシリー・カンディンスキー、パウル・クレー、フランツ・マルクの作品が展示されるいっぽう、ハウプリヒが注目していた新即物主義(ノイエ・ザハリヒカイト)の作品、ジョージ・グロス《エデュアルト・プリーチュ博士の肖像》(1928)やディクスの《自画像》(1931)も公開。ほかにも、エルンスト・バルラハやケーテ・コルヴィッツの彫刻作品も展示されるなど、近代ドイツを代表する作家を存分に見ることができる。

カジミール・マレーヴィチ スプレマティズム 38番 1916  © Rheinisches Bildarchiv Köln, rba_d033965_01
会場風景より、立体作品は手前からアレクサンドル・ロトチェンコ《空間構成 5番》(1918)、《宙吊りの空間構成 10番》(1920)。写真奥の平面作品はカジミール・マレーヴィッチ《スプレムス 38番》(1916)
会場風景より、ミハイル・ラリオーノフ《レイヨニスムによるソーセージと鯖》(1912)

第2章ではドイツ表現時代と同時代に起こったロシア・アヴァンギャルドを紹介。スプレマティズムで知られるカジミール・マレーヴィチの幾何学的な絵画やラリオーノフのレイヨニスム作品などが展示される。民衆の生活や思想に根ざした運動であったロシア・アヴァンギャルドの作品を通じて、およそ1世紀前の文化や風土への想像が掻き立てられる。

アレクサンドル・ロトチェンコ ライカを持つ少女 1934 © Rheinisches Bildarchiv Köln, rba_c009362
会場風景より
会場風景より、左からアルカジー・シャイヘト《身体の鍛錬[朝の体操]》(1927)、ゲオルギ・ペトルソフ《野外での食事》(1934)

本展の見どころのひとつは、美術史を彩る第1章〜第3章の作品たちの合間に配された写真だろう。ルートヴィヒ美術館は約7万点にのぼる写真作品を保有しており、写真が誕生した19世紀前半から現在までの写真史を網羅するほどの質と量を誇る。本展でも、第1章ではピクトリアリズムの作品を中心に、第2章では1910年代後半〜30年代前半、ロシアからソ連へ国家が替わった時期の人々や風景を映し出した写真作品が公開される。

会場風景より、アメデオ・モディリアーニ《アルジェリアの女》(1917)
会場風景より、マリア・ブランシャール《ランプのある赤い静物》(1916-18)

第3章ではピカソと周辺の作家にフォーカス。美術コレクターだったペーター・ルートヴィヒは、じつはピカソについての論文で博士号をとっているほど高い関心を持っており、ピカソ作品を数多くコレクションしている。彼と同時代にパリで活躍したアメデオ・モディリアーニやマルク・シャガール、モーリス・ド・ヴラマンク、マン・レイらの作品も展示されており、合わせて見ておきたい。

ヴォルス タペストリー 1949 ©︎ Rheinisches Bildarchiv Köln, Peter Kunz, rba_d032855_01
会場風景より、ジャクソン・ポロック《黒と白 No. 15》(1951)

続く第4章では、シュルレアリスムの影響を受けた抽象表現に注目する。第二次大戦後、ヨーロッパではフランスを中心にアンフォルメルが、アメリカでは抽象表現主義が台頭。本展では前者の作家としてヴォルスやジャン・デュビュッフェが、後者としてはジャクソン・ポロックやウィレム・デ・クーニングなどの作品が公開。さらにエルンスト・ヴィルヘルム・ナイなど、ドイツの抽象画家も紹介される。

モーリス・ルイス 夜明けの柱 1961 © Rheinisches Bildarchiv Köln, rba_d040139

第5章ではリチャード・ハミルトン、アンディ・ウォーホルなど、ポップ・アートの作品を紹介。イギリスから興り、アメリカで花開いたポップ・アートの潮流が、複製やアイコニックなイメージ、オリジナリティの欠落として大量消費や大衆文化とどのように関係していたのかに注目してみよう。

ポップ・アートが隆盛した1960年代はカラーフィールド・ペインティングやミニマリズムなど、さまざまな前衛芸術が台頭した時代でもある。第6章ではケネス・ノーランド、モーリス・ルイス、ドナルド・ジャッドらの60年代の作品を展示。ミニマリズムと共鳴するような「より少ないことは、より豊かである(Less is More)」という言葉を残したモダニズムの建築家、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエの建築を探求したトーマス・ルフの写真《h.t.b. 03》(2000)も合わせて見ることができる。

会場風景より、カーチャ・ノヴィッツコヴァ《近似(ハシビロコウ)》(2014)
会場風景より、マルセル・オーデンバハ《映像の映像を撮る》(2016)

展示を締め括る第7章「拡張する美術——1970年代から今日まで」では、ドイツにゆかりのある作家が並ぶ。戦後ドイツ美術を代表するヨーゼフ・ボイスや、彼の教え子であるウルリーケ・ローゼンバハ、東ドイツの閉塞感を描き出したヴォルフガング・マットホイアー、長くドイツを拠点に活動してきたイケムラレイコの作品が鑑賞できる。
ルートヴィヒ美術館のコレクションは、個人コレクターからの支援だけでなく、団体との協働によっても拡充している。たとえば、ルートヴィヒ美術館ケルン現代美術教会はヴォルフガング・ハーン賞を主催し、受賞者の作品を購入してきた。本展でもアンドレア・フレイザーやマルセル・オーデンバハら受賞者の作品が展示されている。ポスト・インターネット時代を牽引するカーチャ・ノヴィッツコヴァ(katja novitskova)の作品は、同協会の若手が発案した作家支援の事業による成果であり、同館がいまもなお、市民によって支えられていることを示していよう。

オフィシャルショップの様子
オフィシャルショップの様子

展示室を出てすぐのオフィシャルショップでは、ホワイトボードや、マスキングテープなどルートヴィヒ美術館との限定コラボグッズが多数。豊富なラインナップが取り揃えられたドイツの紅茶はお土産にピッタリだ。
ドイツ屈指のコレクションを通じて、20世紀から現在の美術史の潮流を知る絶好の機会である本展。市民が果たした役割の大きさに思いを馳せながら、豪華な作品を楽しんでみてほしい。


浅見悠吾

浅見悠吾

1999年、千葉県生まれ。2021〜23年、Tokyo Art Beat エディトリアルインターン。東京工業大学大学院社会・人間科学コース在籍(伊藤亜紗研究室)。フランス・パリ在住。