20〜21世紀、もっとも話題性のある芸術運動かもしれない「アーバン・アート」。これを知るに最適な展覧会「MUCA展 ICONS of Urban Art 〜バンクシーからカウズまで〜」が、京都市京セラ美術館・新館東山キューブで開催される。会期は10月20日から2024年1月8日。
アーバン・アートとは、ストリート・アートを含む、都市環境を背景にして登場したアートのこと。言語、文化、宗教、出身地の壁を超えた視点から、差別や貧困、人種問題などの社会問題や資本主義などをテーマに取り上げ、ルールや規則に縛られず、アーティスト個々の手法によって浮き彫りにするものだ。
出展はすべて、Museum of Urban and Contemporary Art(MUCA)のコレクションによる。MUCAは、アーバン・アートと現代アートに特化した、ドイツ初の美術館だ。25年以上のコレクター歴を持つクリスチャンとステファニー・ウッツ夫婦によって2016年に設立され、ヨーロッパでもっとも重要なアーバン・アートの美術館として名高い。現在は、20世紀以降のアーバン・アートの著名アーティストの作品を、1200点以上コレクションしている。
開催に先駆けて、クリスチャン・ウッツも来日し、「京都の歴史のある美術館で、アーバン・アートの展示をすることに意義を感じている。アーバン・アートはコンテンポラリー・アートなのだと知ってもらえるいい機会だ」と述べた。
本展ではバンクシーを中心とする、過去40年間でシーンを代表する10名のアーティストたちによるオリジナル作品約70点が展示されている。まさにアーバン・アートというジャンルを一望するための目次と言えるような展示内容となっている。早速展示内容を紹介していきたい。
入り口で出迎えてくれるのは、バンクシーによる衝撃の作品《ブレット・ホール・バスト 弾痕の胸像》(2006)だ。ヘルメス像に似た鋳造のこめかみに、まさしくいま銃弾が撃ち込まれている。バンクシーの代表的彫刻作品で、彼の国際的な知名度をさらに押し上げた作品でもある。彼の狙いは伝統芸術への批判であり、強欲資本主義が闊歩する現代社会への一矢とも言えるだろう。
世界的に有名でありながらも正体不明のままであるバンクシーは、ブリストルのアンダーグラウンドシーンで活躍し、14歳でスプレーを用いたグラフィティを始めた。有名な美術館に作品をこっそり持ち込むなどの不正行為も行うなど、遊び心のある批判的な作品で世間に警鐘を鳴らしている。
バンクシーの著名な功績のひとつに挙げられる《ガール・ウィズ・バルーン 少女と風船》(2004)がある。この作品が2018年10月5日イギリスのサザビーズで落札された直後、バンクシーは《Love is in the Bin(愛はごみ箱の中に)》とタイトルを改名。アート史上初、オークションの最中に制作された作品として世界中でニュースとなり、世の中に「バンクシー」の名を広く知らせることとなった。
エドワード・ホッパーの作品《ナイトホークス》をオマージュした作品が、《アー・ユー・ユージング・ザット・チェア その椅子使ってますか?》(2005)だ。イギリス国旗を履いた男性が、礼儀正しく椅子が空いているかという質問をしながらもまるでフーリガンのように、窓ガラスを割って入ろうとしている。
バンクシーは、エドワード・ホッパー、アンディ・ウォーホルなどに次ぐ、美術史における地位を要求しているのだ。シカゴで描かれた絵で、エドワード・ホッパーの作品のすぐ後ろに展示されたこともある。バンクシーの絵でいちばん大きな油彩作品だ。
バリー・マッギーは、ストリート・アーティストの第一人者であり、彼の作品は、木や金属などのリサイクル素材とキャンバス、紙、絵具を組み合わせて作られる。抽象的で幾何学的な構造が特徴で、彼のインスタレーションは、現代の都市文化を反映し、日々目にする広告により感覚過多になっている都市生活者の問題を問うている。
唯一の女性アーティストであるスゥーン。本名は別にあり、あだ名である。彼女の作品は、学生時代に集中的に学んだ古典美術史やおとぎ話、民話からヒントを得ている。彼女は人間は自分の経験を体に記憶していると信じており、肖像画はこの経験を可視化することを目的としている。
ヴィルズがその名を知らしめたのは、20〜40mもの高さのビルに爆発物をしかけた作品だった。爆薬により表面の壁を剥がすことで、顔のイメージをつくり痛烈な大型ポートレートで公共空間に人間らしさをもたらした。「破壊して創造する」という彼の心情に従い、都市が荒廃した素材を用いて、力強く感情豊かな視覚的なステートメントを発表した。消滅・洞察・消滅シリーズは、それぞれ金属やドア、広告の紙をつかったものなど、それぞれ異なる素材により生み出されている。
シェパード・フェアリーは、スケートボードやパンク音楽と同時に、早くから芸術への情熱を育んでいった。ニール・ヤングやインディーズロックバンドのインターポールなど、様々なミュージシャンのアルバムのアートワークを数多く手がけ、音楽業界にも積極的に参加している。彼は芸術と商売の区別を曖昧にしているが、彼は決して商売を敵視しているわけではない。彼の視線にたてば、2つはそれぞれ互いに必要なものなのだ。
1970〜80年代のビデオゲームに影響を受けたインベーダーは、世界中の都市の壁にピクセルアートを制作するストリート・アーティストだ。「スペース・インベーダー」の愛称で親しまれ、1990年代からフランス国内の30以上の都市でモザイク・アートを展開している。現在パリの国内に3000の作品があるという。その土地に根付いた作品を作ることで知られており、マテリアルからアイデアを得て制作することに重きを置いている。
オス・ジェメオスは、ブラジルの双子アーティストだ。イラストを通じたコミュニケーションを学び、やがて2人で活動することを決意する。2人が同時に作業をする際にはお互い会話はしない。意思が繋がっているかのように、突然マジックのように作品が完成する。驚かされるのはその制作スピードの早さなのだとか。作品は見る者の想像力に訴えかけ、彼らの芸術世界への入口となる。
フランスの写真家であるジェイアール。13歳の時、「フェイス3(Face3)」というニックネームで街中に作品を描き始める。《28ミリメートル、ある世代の肖像、強盗、JRから見たラジ・リ、レオイスケ モンフェルメイユ 2004》(2011)は、彼のドキュメントカメラマンとしての腕が生かされている。男性がもっている銃のようなカメラは、時により、武器と同じような力を持つことを示唆している。
「ストリート・アートのゴッドファーザー」と呼ばれている、アーバン・アートの先駆者であるリチャード・ハンブルトン。ニューヨークの庭や路地に、「シャドウマン」として人々を驚かせるために描いた黒い絵の具の人影を描いた。アートシーンでは、この時期が彼のキャリアの始まりとされている。同時代のアンディウォーホルやバスキアとも共に活動していた。
カウズことブライアン・ドネリーは、アメリカのアーティスト、デザイナーだ。1990年代に自分自身のスタイルを確立することを決意し、バス停や電話ボックスの広告に、自ら改良したデザインをスプレーし、カウズ(KAWS)と名乗るようになった。
バツ印の目をしたキャラクター「コンパニオン」は、様々なサイズの作品で知られている。《カウズ・ブロンズ・エディション #1 -12》(2023)は、キャラクターを様々に表現し、人生の中でのいろいろな感情を描き出している。寝転がっているコンパニオンは、マラソン後に疲れているようにも、日向ぼっこしているようにも見えるかもしれない。
内覧会の登壇に際して、京都市京セラ美術館 副館長の小林中は、「開館して90年目となるなかで、アーバン・アートの展覧会は初めて。作品には、現代社会への皮肉、批判、社会問題(差別、貧困)に対する強いメッセージがこめられている。世界で起こっていることに思いを馳せて、気づきのあるいい機会になると思う」と述べた。
また、森美術館の立ち上げに参画し、アーツ前橋の特別館長を務める美術評論家の南條史生も登壇し、「美術館は、メディアであっていい。とくに現代美術はいまの社会事情、現実に結びつきながら、変化している世界を表している。アーティストはアートの世界を通して、我々に知らせてくれている」と語った。
今の時代をアーバン・アートという形で映し出すアーティストたち。既存の思考や概念に、疑問と否定を投げかける新世代アーティストたちのチャレンジに触れ、そこからその作品に込められたアーティストのメッセージを受け取ってほしい。