公開日:2021年3月31日

凍結した時間の中で:マーク・マンダースの国内美術館初個展「マーク・マンダースの不在」レポート

マーク・マンダース、国内美術館では初の個展が東京都現代美術館で開催中

「建物としての自画像」がキーワード。現代のアートシーンに独自の位置を占める作家、マーク・マンダースによる国内美術館での初個展「マーク・マンダース —マーク・マンダースの不在」が東京都現代美術館で6月20日まで開催中だ。

東京都現代美術館の外に展示される《2つの動かない頭部》(2015-16)

マンダースは1968年オランダのフォルケル生まれ。86年より「建物としての自画像」をコンセプトに作品を制作し、現在はベルギーのロンセを拠点としている。「建物としての自画像」とは何か? それは、自身とは別人の架空の芸術家として設定した「マーク・マンダース」という人物の自画像を「建物」の枠組みを用いて構築するというもの。多彩な彫刻やオブジェがインスタレーションとして展開し、作品の配置全体によって人の像を構築するというユニークな作品が完成する。

作家にはファンが多く、以前同館のコレクション展で作品が展示された際にも大きな反響があったというが、今回の個展は、マンダースの近年の重要な個展では必ず出品されてきた代表作が含まれるファン必見の展覧会。なかでも《夜の庭の光景》(2005)、《マインド・スタディ》(2010-11)は本邦初公開となるマンダースの代表作だ。

作家は「テンション(緊張)」という言葉をしばし使うというが、上記の代表作をはじめとしたマンダースの作品では作品の大小、ロープのメリハリなどの差によって親密さと疎遠さ、力強さと脆さのような対極的なものが緊張感を伴って共存する。

会場風景より《マインド・スタディ》(2010-11) ボンネファンテン美術館蔵
会場風景より《夜の庭の光景》(2005) ゲント市立現代美術館蔵

「マンダースは作品と作品の距離を緻密に考える作家で、鑑賞者は映画を見るように鑑賞に集中できると思います。鑑賞者が能動的に動いているようであっても、じつは作品のしかけによって導かれているような、感覚が開かれていくように感じられるのではないでしょうか」と話すのは、担当学芸員の鎮西芳美。本展は、通常の展示室に使われる仕切り用の移動壁が用いられず、1フロア全体(1000平米)という空間の広さを生かした展示になっている。その結果、出品作品33点を、ひとつの映画やマンダースの言う「センテンス(文章)」であるように見ていくことができる。それは、順路に逆らっても成立するのだという。

会場風景より《4つの黄色い縦のコンポジション》(2017-19)
会場風景より、右が《乾いた土の頭部》(2015-16)

本展タイトルにある「不在(Absence)」も、作家を読み解くうえで大切なキーワードになる。「不在」は、インスタレーションに見られる時間が凍結したような感覚や静寂、既に立ち去った人の痕跡、作家本人と架空の芸術家との間で明滅する主体など、複数の意味を担うもの。作家は「不在」と同様に「欠落」や「未完成」にも愛着を抱いていることを質疑応答で明かしていた。「それらは、次になにか起きる予感と静けさというものを感じられるから好きなんです」。

その欠落の意識は美術史へも向けられる。「アーティストは、自分自身を適宜歴史に入れ込むことができるのが楽しい。美術史を調べてみると1920年代に欠落しているものが多くあるように見えるので、私はその時代を意識した作品をつくっています」。

会場風景より《舞台のアンドロイド(88%に縮小)》(2002-14)部分

ネタバレになるが、本展には不在と言いながらも作家の存在を強く明示する箇所がある。それが、マンダースの考えを直接色濃く反映するドローイングの中から2つの顔が並ぶドローイングと、マンダースの目の高さ、目のあいだの距離に打ち込まれた釘と真鍮が並ぶ《短く悲しい思考》(1990)。自画像としての色合いの濃いこの2つの作品が展示室を挟み込むようなかたちで配置されており、小説を包むハードカバーのように、結果としてマンダースの強い存在感を示している。

会場風景より《ドローイングの廊下》(1990-2021)
《ドローイングの廊下》(1990-2021)より、2つの顔が並ぶ自画像的なドローイング
会場風景より《短く悲しい思考》(1990)

最後に、東京都現代美術館によるインタビュー(2021年2月17日、24日実施)でのマンダースの言葉を引用する。この言葉によって展示室の中に漂う人の不在感、凍結されたような時間、静寂へのこだわりとその理由がわかるのではないだろうか。

「物はもっとも強い瞬間をとらえることができるものだと思う。感染症、戦争、季節…と、移り行く世界の中で物はそのままの状態であり続けます。私が芸術を本当に愛する理由はそこにあると思っています。200年前と今とで作品の見方は違ったとしても、その作品自体は変わっていません。物が同じに留まっているということは、とても美しい。これは人間が作った魔法のようなもので、人類がこのようなものを作ったり考えたりできるのは極めて重要なことです。物を作ることで時間を共有することができるし、共通点を見出すことができます。エジプトやギリシャの彫刻には、様式化されたような、凍結した時間があります。動きを止めるというようなローマの彫刻とは異なる時間が」。

会場風景より、これまでの作品を博物館的に見せる部屋
会場風景より《3羽の死んだ鳥と墜落する辞書のある小さな部屋》(2020)

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