東京都現代美術館のエントランスに貼り出された、大きな1枚の絵。訪れた人に強烈な印象と圧倒的な存在感を放つこの絵は、1月3日にお正月イベントとして開催した淺井裕介による「巨大描き初めパフォーマンス」で制作された作品だ。
淺井は、日常にある身の回りの素材を用いて絵画やドローイングを制作する作家だ。代表作としてはマスキングテープを用いて植物の絵を増殖させる《Masking Plant》や、現地で採取した泥や土を使用した泥の壁画がある。しかし今回は、お正月イベントということで、普段の制作には使用しない墨を素材に、書道用の大きな筆に加えて、モップや刷毛など大小さまざまな筆を使って幅4メートル、長さ15メートルの巨大な墨絵を描き上げた。多くの観客が見守る中、2名の踊り手を従え、繰り広げられた”描き初め”の様子を写真でご紹介する。
いつか、淺井は水があまり得意ではない、と言っていた。淺井が作品の素材としてよく用いる泥とは違い、水分が多く含まれた墨汁をどう使いこなすのか、気になった。《Masking Plant》や泥絵では、するすると描き続ける印象を受ける。ところがパフォーマンス時は、描いては途中で筆を止め、全体を見渡し確認しながら再び描きだすという具合で、終始慎重に描いていた。やはり、使い慣れない素材に戸惑っていたのだろうか。それでも、わずか1時間ほどで完成した《描き初め・生きものたちの柱》には、人間や狼、うさぎや蛇などに見える生きものたちが画面いっぱいに力強く描かれていた。筆を入れたときに飛び散った墨の跡や、淺井や踊り手たちの足跡がところどころに残り、かえってそれがパフォーマンスの痕跡やそのときに生じたエネルギーを目に見えるような形で私たちに伝えていた。
踊りも良かった。淺井がずっしり重く筆を走らせ、黒い線を描くのとは対照的に、白い衣装に身を包んで軽やかに舞う二人の姿はお正月にふさわしい舞いだった。
わずか1時間ほどで完成した、と述べたが実はこの時点ではまだ完成していなかった。数時間後に再びこの場に戻ると、まだ淺井は描き続けていたのだ。パフォーマンス時に比べ、集中できる環境であるとはいえ、その姿は泥絵を描くときのようにするすると描き続けていた。もしかしたら、墨も自身の素材として獲得することに成功したのかもしれない。結局、閉館後まで淺井は筆を止めなかった。いつか墨を素材にした作品が発表されることに期待したい。
この作品は現在、東京都現代美術館のエントランスホールに天井から吊るされた状態で展示されている。1月末までの展示なので、お見逃しなく!