カラヴァッジョ 音楽家たち 1597
ニューヨーク、セントラル・パークの東端に位置し、1870年の創立以来、現在まで拡張を続けるメトロポリタン美術館。そのヨーロッパ絵画部門から、珠玉の作品が多数来日する展覧会「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」が、国立新美術館にて2月9日~5月30日に開催される。(同展は大阪からの巡回で、大阪市立美術館での会期は21年11月13日〜1月16日)。
有名美術館の名前を冠した大型展はしばしば開催されるが、多数の初来日作品を含む巨匠たちの優れた逸品を間近で見られることがなんといっても本展の魅力。展示室は比較的ゆったり構成されており、ルネサンスの巨匠ラファエロの若き日の作品から、ルカス・クラーナハ(父)、エル・グレコ、カラヴァッジョ、フェルメール、レンブラント、ターナー、ゴヤ、モネ、ゴッホ、セザンヌまで……日本でも人気の高い画家の作品とじっくり向き合うことができる。メトロポリタン美術館では2018年より照明設備を改修する「スカイライト・プロジェクト」が進められており、この工事をきっかけとして今回の展覧会が実現した。本展における西洋絵画の「500年」というのは、初期ルネサンスからポスト印象派まで。この時代における西洋絵画の変遷を時系列に沿って3つの章で紹介する内容だ。
「Ⅰ.信仰とルネサンス」では、イタリアと北方のルネサンスを代表する画家たちの名画17点が展示されている。
展示室に入ると、15世紀初頭のイタリア絵画の美しい小品に出迎えられる。たとえばヴェネチア出身のカルロ・クリヴェッリ、シエナ派の重要画家ジョヴァンニ・ディ・パオロ・ディ・グラツィアといった国際ゴシック様式の影響を受けた装飾性を持ち合わせた作品。


そしてフラ・アンジェリコ《キリストの磔刑》(1420-23年頃)は、金地で埋め尽くされた平面的で非現実的な空間にゴシック様式を留めつつ、人物の配置には立体的な奥行きがある。まさに時代の転換期、ルネサンスの幕開けにおいて革新的な表現を探究した画家らしい作品だ。

奥へと足を進めると、イタリア・ルネサンスの巨匠たちの作品が並ぶ。ラファエロ・サンツィオが20〜21歳頃に描いた《ゲッセマネの祈り》(1504)。風変わりな画家として知られるピエロ・ディ・コジモが、サテュロスやケンタウロスが暴れ回る騒々しい風景を描いた《狩りの場面》(1494–1500年頃)。ヴェネチア派を代表する画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオが神話を題材に描いた《ヴィーナスとアドニス》(1550年代)。そしてヴェネチア派からも多くを学びながら、劇的な演出と縦に伸びるプロポーションといった独自の表現を獲得しスペインで活躍したエル・グレコ《羊飼いの礼拝》(1605–10年頃)。




隣の小部屋には同時代の北方ルネサンス、すなわちディーリック・バウツやヘラルト・ダーフィットといったネーデルラントの主要画家や、ドイツ出身のハンス・ホルバイン(子)、ルカス・クラーナハ(父)の作品が展示されている。クラーナハの《パリスの審判》(1528年頃)は、華奢な体つきでエロティックな裸婦像を、神話の形式を借りて描いた画家のおなじみのモチーフだ。


「Ⅱ.絶対主義と啓蒙主義の時代」は、17〜18世紀頃における巨匠たちの名画30点を紹介。17世紀はヨーロッパ各国で君主が主権を掌握する絶対主義体制が強化された時代であり、美術においては明暗の対比や劇的な構図でドラマティックな画面を特徴とするバロック様式がローマで誕生。やがて各地に伝播したこの様式には、カトリック教会と専制君主の宮廷というふたつの権力が密接に関わっていた。

ルネサンスからバロックへという大きな転換の立役者は、まずはなんと言ってもカラヴァッジョだ。本展に出品される《音楽家たち》(1597)は、綿密な観察に基づき、官能性を漂わせて人物を描くことを得意とした画家の、代表的な作例のひとつだろう。


その隣に展示されたジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、暗闇における光の描写が傑出した「夜の絵」の画家としてよく知られる。出品作の《女占い師》(おそらく1630年代)はいっぽうで、明るい光が空間を満たす「昼の絵」。当時カラヴァッジョを皮切りに、占い師のモチーフはヨーロッパ中で流行していた。

さらに、古典主義絵画を代表するニコラ・プッサン、17世紀オランダの巨匠レンブラント・ファン・レイン、そして17世紀オランダの画家フェルメールの作品などが続く。


日本初公開となるヨハネス・フェルメール《信仰の寓意》(1670-72年頃)は画家晩年の作品。中央の女性の劇的な身振りから、フェルメールの絵画でおなじみの日常的な風景とは異なることがわかる。本作は「信仰」の擬人像を表したもので、地球儀を踏む動作はカトリック教会による世界の支配を示唆するものと解釈されるという。当時オランダではプロテスタントが公認宗教であったが、フェルメールはカトリックに改宗していた。


続く18世紀は啓蒙思想が隆盛した時代。ルイ14世の治世晩年には、優美で軽やかなロココ様式が登場した。本展ではその代表的な作家であるアントワーヌ・ヴァトー、フランソワ・ブーシェらの作品を展示。


また本展では、女性画家の躍進もこの時代のフランス美術の特徴であると紹介。マリー・ドニーズ・ヴィレールと、エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブランの2枚が並ぶ。アントワネット王妃の肖像画家として著名なヴィジェ・ル・ブランよりひと世代あとの画家であるヴィレールは、1799年から1814年の間にサロンに数回出品していた。出品作《マリー・ジョゼフィーヌ・シャルロット・デュ・ヴァル・ドーニュ(1868年没)》(1801)は、逆光のなかで浮き立つ女性のまなざしが印象的で、割れた窓ガラス、奥にいるカップルの姿といった謎めいた要素が鑑賞者の想像を掻き立てる。本作は長らく新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドが作者だと考えられていたが、1996年に研究者によってヴィレールの作品であると認定された。また確実にこの画家の作品とされる作品は、現在3点しか確認されていないという。


最終章である「Ⅲ.革命と人々のための芸術」は、ターナー、クールベ、ゴヤ、マネ、そして印象派・ポスト印象派へとつながる、近代化がもたらした絵画の革新の歴史を見せるパート。19世紀を代表する画家の18点が紹介される。

19世紀は社会構造の変化とともに様々な絵画の潮流が登場。普遍的な理想美を追求するアカデミズムに、個人の感性や自由な想像力に基づき、幻想的な風景や物語場面を描くロマン主義。そして19世紀半ばに誕生した、生活に根ざした風景をありのままに描くレアリスム(写実主義)。

こういった様式の違いをわかりやすく紹介するのが、ジャン=レオン・ジェローム《ピュグマリオンとガラテア》(1890年頃)とギュスターヴ・クールベ《水浴する若い女性》(1866)を併置した展示だ。フランス・アカデミズムを代表する画家であるジャン=レオン・ジェロームが描いたガラテアの滑らかな肌や優美な姿と対照的に、「見たものをそのまま描く」ことを良しとしたクールベの女性像は、理想化を排したリアルな姿で描かれている。

レアリスムはその後、マネやドガ、そして印象派の画家たちの絵画へと受け継がれていく。さらにセザンヌ、ゴーギャン、ゴッホといったポスト印象派の作家たちの絵画は、続く20世紀の前衛芸術に大きな影響を与えることになる。



500年におよぶ西洋絵画のダイナミズム。本展では厳選された作品たちから、そのエッセンスを感じることができるだろう。
福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)
福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)