2024年2月、アンリ・マティスの「切り紙絵」(様々な色が塗られた紙をハサミで切り取る技法)に焦点を当てた日本初の展覧会「マティス 自由なフォルム」が国立新美術館で開かれる。会期は2024年2月14日〜5月27日。本展は当初は2021年に予定されており、開催を心待ちにしている方も多いのではないだろうか? 8月24日、本展の内容についての記者発表会が開かれた。
発表会はまず、国立新美術館長の逢坂恵理子の挨拶からスタート。マティスの日本での初展覧会は1951年の東京国立博物館(その後大阪市立美術館、大原美術館へと巡回)、当時マティスは80歳を超えていいて、切り紙絵の作品制作に没頭していた時期だったこと、「マティス 自由なフォルム」にはそうした切り紙絵を中心に約150点の作品が来日することなどが話された。
ビデオメッセージでは、フランス・ニースから2名が登場。ニース市長のクリスチャン・エストロジは、「日本の皆様のマティスへの愛に応えるため、ニース市の各部署が一丸となって展覧会のプロジェクトを進めてきました」「マティス流の生きる喜びを感じられるはずです」として、ニース市にとってもマティスが大切な存在であることを滲ませ、最後は「マティス万歳!」と笑顔で締め括った。
前ニース市マティス美術館長で本展監修者のひとりであるクロディーヌ・グラモンは、「マティス 自由なフォルム」というタイトルについて、晩年のマティスはアトリエの壁を切り紙絵で埋め尽くし、それぞれの作品の位置を自由に可変可能なピンで留めていたことに由来すると説明。「マティスのアトリエを訪れたような気分を味わってほしい」と語った。
クロディーヌ・グラモンとともに展覧会を監修する米田尚輝は、本展がセクション1「色彩の道」、セクション2「アトリエ」、セクション3「舞台装置から大型装飾へ」、セクション4「自由なフォルム」、セクション5「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」の5章からなると発表。
セクション1「色彩の道」では、マティスの故郷であるフランス北部で描かれた作品や、その後移り住んだパリで描かれた作品を展示する。見どころは、マティスが「私の最初の絵画」と言い、そう通称される《本のある静物》(1890)や、マティスの代名詞でもあるフォーヴィスムの色彩が輝く《マティス夫人の肖像》(1905)、マティスの絵付け作品《蓋のある壺》(1907年頃)など。
《本のある静物》では、絵の右下にあるサインにも注目。「H.Matisse」という名前を逆さに綴った珍しい作例になっており、「作家としての自分に自信がなかったのかもしれません」と米田。
セクション2「アトリエ」では、マティスにとって重要なモチーフのひとつでもあったアトリエで描かれた作品、あるいはアトリエを主題とした作品が中心に紹介される。
アトリエの中でポーズをとる女性をドラマチックな情景で描くため、たくさんのオブジェを収集したというマティス。本展では、たとえば《小さなピアニスト、青い服》(1924)の背景でアクセントとなる赤い布、《ロカイユ様式の肘掛け椅子》(1946)の椅子なども展示される。どちらもマティスにとって思い入れのある品々だが、肘掛け椅子にいたってはマティスが「夢見る芸術」だと喩えるほどの思い入れで、小説家のルイ・アラゴンにこの椅子の魅力を熱心に語っていたエピソードもあるとのことで、実物が気になっていた方もいるのではないだろうか。
セクション3「舞台装置から大型装飾へ」は、衣装デザイン、壁画、テキスタイルの領域におけるマティスの仕事を紹介する。注目は、《ダンス、灰色と青色と薔薇色のための習作》(1935-36)の出品。マティスはアメリカのアートコレクター、アルバート・C・バーンズ(バーンズ財団)に依頼され壁画《ダンス》を描いたが、初めに描いていたものは設置場所の寸法に合わないことが発覚。そのサイズ違いの作品は《未完のダンス》として現在パリ市立近代美術館に所蔵されており、実際にバーンズ財団に展示中の作品とは構図が異なる。そして今回日本に来日するのは、マティスが最初に描いていたパリ市立近代美術館所蔵のヴァージョンに近い構図の版画となり、エピソードを知ってから作品を見るとより理解が深まりそうだ。「今回は制作プロセスがわかるような資料とともに作品を展示します」と米田。
本展タイトルと同じ名のセクション4「自由なフォルム」では、切り紙絵の技法を用いた作品を中心に紹介。このセクションの見どころは、なんといっても4×8mの大作《花と果実》(1952-53)が日本初公開されることだろう。米田は「本作がニース市を出るのはかなり稀なこと。セラミックで作ろうとしていたため“原案”という位置付けですが、結局依頼者の判断で陶作品にはしなかった。この作品が明確にわかるような構成にします」と、貴重な展示となることを強調。同セクションでは本展のメインヴィジュアルとして使用される《ブルー・ヌード Ⅳ》(1952)や、日本の能面をコレクションしていたというマティスによる《日本の仮面》(1950年初頭)なども披露される。
最終章となるセクション5「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」は、その名の通りマティスの最高傑作と名高い《ヴァンス礼拝堂》にフォーカス。マティスが関わったステンドグラスを身近に見ることは礼拝堂を訪れない限りほぼないが、本展では準備習作《ステンドグラス、「生命の木」のための習作》(1950)が展示され、近い距離から見ることができるのみ楽しみだ。
マティスが切り絵紙を用いてデザインした上祭服のためのマケット《白色のカズラ(上祭服)のためのマケット(正面)》(1950-52)も、ニース市マティス美術館から5点が来日。さらに、礼拝堂と同じスケールの空間で時間によって移りゆく光を体感できる、まるで礼拝堂にいるような体感型インスタレーションも予定されているという。
本展は巡回なし。2024年に大きな話題を呼ぶ展覧会になるのは間違いなさそうだ。
野路千晶(編集部)
野路千晶(編集部)