公開日:2025年2月11日

マーク・マンダースが作品を語る。東京都現代美術館で行われたトークイベントをレポート

12月14日、東京都現代美術館で行われたトークイベント。過去作品の解説を中心に行われた

マーク・マンダース 撮影:編集部

去年の12月14日、東京都現代美術館にてマーク・マンダースの来日トークが開催された。同館で2021年に行われた個展「マーク・マンダースの不在」ではコロナ禍で来日が叶わなかったマンダースだが、今回「MOTコレクション 竹林之七妍/小さな光/開館30周年記念プレ企画 イケムラレイコ マーク・マンダース Rising Light/Frozen Moment」の関連として行われた。

満席の会場でマンダースは何を語ったのか、いくつかのキーワードをもとにレポートでお届けする。

詩人になりたかった

マーク・マンダースは1968年オランダのフォルケル生まれ。86年より「建物としての自画像」をコンセプトに作品を制作し、現在はベルギーのロンセを拠点としている。自身とは別の架空の芸術家として設定した「マーク・マンダース」の自画像を「建物」の枠組みを用いて構築する、「建物としての自画像」のスタイルで知られ、多彩な彫刻やオブジェがインスタレーションを展開し、作品の配置全体によって人の像を構築するというユニークな作品を手がけてきた。

「MOTコレクション 竹林之七妍/小さな光/開館30周年記念プレ企画 イケムラレイコ マーク・マンダース Rising Light/Frozen Moment」会場風景より、マーク・マンダース《椅子の上の乾いた像》(2011-15) 撮影:編集部
「マーク・マンダース —マーク・マンダースの不在」(東京都現代美術館、2021)会場風景より、《4つの黄色い縦のコンポジション》(2017-19) 撮影:編集部

過去作についての説明を中心に行われたマンダースのトークは、18歳のときに初めて制作した作品にまでさかのぼった。

元々は文章を書く作家、そして詩人になりたかったというマンダース。そんな夢を描きながら18歳のときに初めて制作した《Inhabited for a Survey(First Floor Plan from Self-Portrait as a Building)》(1986)は、自分が持っていた全筆記用具を床に置き、間取り図のような図面を描いた作品。「私は自分の人生をこの建物(間取り図)の中で過ごそうと思いました」と振り返る。

マーク・マンダース Inhabited for a Survey(First Floor Plan from Self-Portrait as a Building) 1986 出典:公式ウェブサイト(https://www.markmanders.com/work/perspective-study)

間取り図の部屋のひとつを実際に具現化したものが、《Room with Fives》(1993〜2001)。「この部屋は“5”という単語しか存在していない部屋で、壁に貼ってある新聞にも“5”としか書いてありません」。約10年のあいだ、マンダースは「5」に大きな関心を寄せ、ずっと考えていたのだという。「5」を三次元で表現したこの部屋に行くと、「“5”という単語が自分に歌いかけているような気持ちになる」と話す。マンダースの展覧会ではしばしこうした小さな「部屋」が出現する。

マーク・マンダース Room with Fives 1993〜2001 出典:公式ウェブサイト(https://www.markmanders.com/work/room-with-fives)

「5」のようにひとつの単語を作品化する、その手法によって作られたいくつかの作品のうちのひとつが、《執拗な不在を提供するために作られ、放置された部屋》(2022)だ。一見粘土に見えるが、じつはブロンズ製の本作。「犬」の言葉を根本的に表現する方法として粘土のような見た目を採用したのだという。

「私は詩人として活動をスタートしましたが、もしそのままものを書くということだけをやっていたならば、“犬・犬・犬”と書くような、まったく何も意味をなさないものを作り出してしまったと思います。でも、こんなかたちで犬を表現、制作していくことで違った視点で物事を考えていくことができるようになったと思います」

時間を凍結する

マンダースは、自身の作品のキーワードを「時間の凍結」だと語る。

「私のすべての作品は“時間を凍結する”というところ至り、それはある意味死を意味しています。ただ私自身は、自分が生きていていることに対して本当に感謝しているので、できる限り自分の人生、多くのものを永続することができるように凍結していきたいと思っています」

たとえば新聞で見つけた単語を組み合わせたという《Fox/Mouse/Belt》(1992)は、タイトルの通りキツネ、ネズミ、ベルトという3つのモチーフからなる作品で、ここでも「時間の凍結」が表されているのだという。

マーク・マンダース Fox / Mouse / Belt 1992-1993 出典:公式ウェブサイト(https://www.markmanders.com/work/fox-mouse-belt-1992-1993)

「キツネというのはある意味ネズミの天敵で、同じ部屋にキツネとネズミを置くと、ネズミはキツネのお腹の中に消えてしまいます。そしてベルトとは、おなかの周りに巻くものです。こうやって作品として3つを合わせていくと、キツネはもはや敵ではなく、母親のようにも見えますね。キツネはいままさに飛び上がっているようであるとともに、そこにいることを強制されているようでもある。時間との奇妙な関係性を感じていただけると思います」

濡れた粘土のように見えるテクスチャだが、こちらもブロンズ製。強固な素材を用いて未完性のフラジャイルなイメージを作り出す。この手法はマンダースの代表スタイルだ。

本作と同様、なんの脈略もない3つのモチーフを組み合わせた作品《A place where my thoughts are frozen together》(2001)の紹介もなされた。骨(大腿骨)を模した造形物とコップ、角砂糖という同系色のモチーフからなる本作について、「私が死んだ後も、こうして私のためにつながり、残っていく」と語る。

いっぽう、いわば直接的に「死」を言及した作品に、《Small Room with Three Dead Birds and Falling Dictionary》(2005〜2019)がある。

マーク・マンダース Small Room with Three Dead Birds and Falling Dictionary 2005〜2019 出典:公式ウェブサイト(https://www.markmanders.com/work/small-room-with-three-dead-birds-and-falling-dictionary)

落下する辞書が描かれた絵画で構成されている本作は、空間の床が柔らかい素材で作られており、マンダースいわくその床の下に3羽の死んだ鳥が埋められているのだという。「その上を歩いても、どこにその死んだ3羽が埋められているのかはわかりません。この床が私の表現する鳥の絵画です」

この部屋を歩く際に踏み出す一歩一歩が特別な意味を持つことになるが、マンダースは「私たち人間は、本当は基本的に死の上を歩くことに慣れている」と話す。太古から現在まで、地球は大小様々な幾多の生物の死の厚い層で覆われている。この作品ではそのことがより希薄になり、「死んだ鳥の上に立っているかどうか」が頭のなかで問題となるのがユニークなポイントだ。

忘れ去られた言葉と“人喰い”

マンダースと言えば、おそらく多くの人々が思い浮かべるのは彫刻作品かもしれない。しかし、トークの最後でそうした作品とは一線を画すある言葉に関する2000年初頭のプロジェクト《Skiapode》を紹介した。「Skiapode」とは、古代ギリシャの神話に登場する生物で、名前はギリシャ語で「shadow foot(影の足)」を意味する。巨大な1本の足を持ち、その足を使って日差しから身を守り、影を作り出すとされるが、一般的にはほとんど知られていない存在だ。

Skiapodeについて解説したマーク・マンダースのウェブサイト 出典:公式ウェブサイト(https://www.markmanders.com/wikipedia-skiapode)

マンダースは、ほとんど未知の言葉と言われてもと言われてもおかしくない「Skiapode」の概念を深く掘り下げ、現実と虚構が交錯する部屋を作り出した。また、検索サイトで「Skiapode」を調べると、「Wikipedia」ならぬ「Wikipekia」なるマンダースの自作ウェブサイトが出現。トークの終盤まで本作の主旨が明かされていなかったため、最後に種明かしがされたときは虚実混交ぶりに観客席から自然と笑いが起きていた。

「私は以前、インドネシア、アフリカ、カトリックなど、様々な文化や宗教を組み合わせた立体作品を手がけたこともあります。そうした作品も《Skiapode》も、どちらも人喰いのようであると思います。ある言葉を変容させに、別の文化に落とし込むということを試みているからです」

こうして1時間半にわたって行われたトークでは、詩と言葉、時間の凍結といった作品のキーワードが丁寧に語られた。一貫して冷静だがどこか柔和な口調、「凍結」というキーワードの裏側にある、2度にわたって語られた「いま生きていることへの感謝」という言葉が、ミステリアスな作品群の輪郭を照らし出すような光を当てていた。

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。
Loading.................................................