東京・表参道の交差点に位置するスペースOMOTESANDO CROSSING PARKで、今年8月に「Made in Shiga」展が開催された(主催:anonymous art project)。滋賀県の出身者や移住者、この地で制作を行う者など、滋賀県ゆかりの現代アーティスト11名が参加した本展では、陶磁器から絵画、巨大な立体まで多様な手法による作品が展示された。
キュレーターを務めた保坂健二朗(滋賀県立美術館ディレクター・館長)は、「京都からほど近いエリアには、大きな湖と山々があり、六古窯のひとつである信楽には、大きな作品をつくるためのノウハウが蓄積されています。そんな地理的特徴を持つ滋賀県は、実は知られざるアートの産地なのです」(本展ステートメント)と語るが、そんな滋賀の魅力とはなんなのか。同展参加作家で滋賀県に移住し制作を行う笹岡由梨子と、保坂、そして三日月大造滋賀県知事とともに、アートの持つ力や自治体の関わりなどについて話を聞いた。【Tokyo Art Beat】
──表参道という東京の真ん中で、滋賀にゆかりのある現代作家たちの展覧会が開催されました。三日月知事も8月に展覧会を鑑賞されましたが、どのようにご覧になりましたか。
三日月:素晴らしかったです。どの作品からも新鮮な感性をもらいました。笹岡さんの《LOVERS》は表現や動きがすごいですが、あの交差点であのような作品の出し方ができることに驚きました。たくさんの人が足を止めていたよね。動物たちがこちらを向いている小沢さかえさんの作品も、特殊詐欺で押収されたものからインスピレーションを受けた千賀健史さんの作品もよかったです。
笹岡:《LOVERS》は滋賀からたくさん刺激をもらってつくった作品なので、ありがたいです。
三日月:展覧会を見て、アートには見る人に何を感じるか、どんなふうに考えたらいいのかを投げかけてくれる効果があると思いました。僕ら行政はすぐに難しい漢字や行政ワードを使っちゃうけど、保坂さんがいつも「共感」と言うように、アートは一方的ではなく、相互理解の橋渡しをしてくれる。アートの視点を加えると、行政が発するメッセージもみんなの心に届くようになるかも、と表参道のあの場所で思いました。
保坂:たとえば笹岡さんの作品の場合、音の力が強いですよね。そうすると、認識よりも感覚を通じて強く入ってくる。そこに共感というスイッチが作動すると、普通は語りにくいものや難しいものもすっと入ってくるんだと思います。
三日月:わかります。ちょうど今日、小学校で話をしてきたんですが、ほとんどの時間じっとできなかった子がいたんです。最後に僕が花束をもらって記念写真を撮るとき、その子が僕の隣に来て、嬉しそうにじっとしていて。「どの花が好き?」と聞いたら「これが好き」と黄色い花を指差してくれました。その子は普段あまりスムーズにコミュニケーションがとれなくて、そんなことを言うのはすごく珍しいんですって。保坂さんの言うように、感性に訴えるものは、好き嫌いや「気持ちいい」「楽しい」を表現しやすいのかもしれません。
笹岡:作品(を見る体験)は、自分のことも教えてくれますよね。「自分は赤い色に反応しているな」とか「顔ばかり見ているな」とか。
三日月:自分ひとりで見るのもいいし、人と話すとまた違う引き出しが出てくるんですよね。作家さんと話したり、保坂さんの解説を聞いたりすると「ああそうか」と気づくことが多いです。自分とは違う視点を感じて、さらに「こう感じました」「いや、じつは違うんです」とやりとりすることが大事なのだと思います。
笹岡: 2年前に京都から滋賀に引っ越してきて、京都にいた頃の自分はいらついていたんだとわかりました。
三日月:いらついていたの?(笑)
笹岡:滋賀に来て、ストレスが溜まっていたことに気づけたんです。以前は空も狭いし、人も近いし、作家さんと会って作品か仕事かアートゴシップの話をすることが多かったなと。もっとパーソナルな話をするほうが居心地もいいと自覚できたし、私自身も変わってきました。
三日月:幸か不幸か、滋賀県は空も抜けているし、高い建物もあんまりない。ここ県庁も京都から10分なのにしーんとしているでしょう。
笹岡:騒音もないし観光客もそれほどいなくて、自分の制作に没頭できます。
三日月:以前、滋賀に来た通な観光客のかたに「いちばんすごい」と言われたのがコオロギなんです。大阪や京都では虫の声がしないのに、電車で滋賀に入った途端コオロギの鳴き声が大きくなると。でも、人間だけじゃなく生き物にとってもいい場所であることは、僕らからすると大事なことなんです。
笹岡:最近はコンビニの中にトンボやセミが入ってきたら逃がしてあげるようになりました。
三日月:滋賀の人は優しいんですよ。たとえば獣害についても、農家の人はもちろん困っているんだけど、「撃ってくれ」じゃなくて「そういう獣たちがおられる山にしてください、知事さん」とおっしゃるんです。「針葉樹ばかり植えずに、山にも実がなるようにしてやってよ」と。
笹岡:『平成狸合戦ぽんぽこ』のタヌキが喜びそう(笑)。土地のパワーかわからないけど、滋賀にいると生き物たちに優しくなれますね。
笹岡:大学で教えるなかで、Z世代以降の世代には大失敗をしない子が多いという印象を持っています。たとえば授業に遅刻するときも、LINEで文章をしっかりつくって送ってくる。失敗しないためのテンプレートがあるんですね。だから作品を見ても、0点の子はいないけど、同時に100点の子もいないんです。
保坂:逆に、笹岡さんは0点か100点を狙っていたと?
笹岡:100点を狙って0点を取るタイプでした。
三日月:もし僕が学生だったら「X点」を目指します。その物差しじゃないところで勝負したいから。
笹岡:たぶん、それが0点です(笑)。
三日月:なるほど(笑)。
笹岡:「X点」を狙う子がいないのが課題だと感じていました。
三日月:僕らもいま、学校をもっと自由にしてあげたいと思っているんです。たとえば机もみんなが前を向いていなくてもいいし、毎日座りたいところに座ってもいい。学校や教育が自由じゃないから、発想も自由じゃなくなるんだと思います。アートを見ると、みんな感じたままを言えるじゃないですか。「何を表現しようとしてはるのかな?」って。ひとつの物差しだけで見たり比べたりしない楽しみ方に可能性があると思います。
笹岡:三日月さんが人生で見たなかで印象に残っている作品はなんですか?
三日月:澤田真一さんの作品です。近くに住んでいたこともあって、よく会話しながら作品を見ていました。こだわりと粘り強さがあって、人を惹きつけますよね。
笹岡:滋賀のスターですね。私もお会いしたいです。
保坂:滋賀県立美術館にも30点ほど澤田さんの作品があります。
三日月:子どもの頃から美術は見るのもつくるのも好きなんですが、澤田さんの作品を見ると「ああいうつくり方はしたことないな」と。アール・ブリュットも含めて、アートは新たな物差しや楽しみをくれますね。
笹岡:滋賀はアール・ブリュット先進都市ですよね。スイスのアール・ブリュット・ミュージアムにも滋賀の作家さんの作品がたくさんあります。
三日月:滋賀には美術教育を受けていなくても、ある意味で自由につくりたいものをつくる人たちがいて、その作品を周りで「面白いね」「いいじゃん」と言う人たちもいる。保坂さんもその最たる人なので全幅の信頼を置いているし、いつも話すと刺激をもらいます。
──2026年1月には、滋賀県立美術館で笹岡さんの個展が開催されます。
保坂:若い作家の個展は集客などの面でどうしてもリスクがあるので、二の足を踏む美術館が多いんです。そこに問題意識を持ったanonymous art projectの牧(寛之)さんが「支援するから若手の作家の展示をしてください」と言ってくださって。企業版ふるさと納税の仕組みを使って展覧会の事業費を支援していただくかたちで実現することになりそうです。
三日月:楽しみにしています。
笹岡:新作も出すんですが、制作する場所が足りなくて、いまは家を買おうと動いているところです。
三日月:ああいう作品をつくるにはスペースがいるよね。
笹岡:どうしても広い場所が必要なので、大学の先生をしている間に買いたいですね。そうしないと住宅ローンが組めないから。
保坂:アーティストはフリーではなかなか生活が難しいという問題もあって、キャリアのつくり方を考えることも重要ですよね。
──知事は、滋賀に現代アートの作家が移り住んでいることをどう思いますか。
三日月:牧さんも「滋賀はアーティストを生んだり、感性を磨いたりするすごくよい土壌を持っているので、大事にしてください」とおっしゃっていました。滋賀に土壌があるなら大事にしたいし、これからどんなことができるかを考えたいです。
保坂:滋賀の湖西のエリアはアーティストにもアトリエの候補地としてよく選んでいただける場所で、「Made in Shiga」展はそうしたことも含めて知って欲しいと思って企画しました。美術館としては、移り住んできた人たちも含めて、若手を、展示と収蔵の両面でフォローしていきたいと考えています。共存共栄していきましょうと伝えたいし、うちの美術館が若手にとって登竜門になればと思います。
三日月:保坂さんが言ったように、若手の作家さんのキャリアや暮らしについても同時に考えないといけないですね。
保坂:創作を含む、障害者による芸術文化活動については、厚労省が主導する形で2024年現在、45都府県に支援センターがあるんですが、それに対して、いわゆるプロの若手アーティストに対する国によるサポートは、最近ようやく活性化しているような状況です。一方で、顔が見える県単位、町単位でやるべきこともあると思います。自治体によっては、静岡県や宮崎県など、ユニークなアーツカウンシルをつくって面倒を見ている場合もありますね。
三日月:いままで作家さんとお話しする機会が少なかったので、今日を楽しみにしていました。笹岡さんにお会いして「この方があの作品をつくったんだ」という驚きがあったし、作品のイメージも変わりましたね。
保坂:今後、笹岡さんの作品が滋賀県立美術館に常設されたら、《LOVERS》がいつでも見られるようになると思います。滋賀では有名な平和堂の歌(「かけっことびっこ」)みたいに、みんながあの歌を歌えるようになるかも。
笹岡:「《LOVERS》の歌」ですね。そうなったらいいな。
三日月:あのリズム感、独特でしたね。またお会いできるのを楽しみにしています。
笹岡:こちらこそ楽しみです。
2025年1月、青森県の自然と歴史が育んだ現代アートに東京・表参道で出会う
展覧会名:「Made in 青森 −自然と歴史の交差点」
会期:2025年1月24日〜2月24日
会場:OMOTESANDO CROSSING PARK(東京都港区南青山5-1-1)
主催:anonymous art project
協力:青森アートミュージアム5館連携協議会
ウェブサイト:https://anonymous-collection.jp/mia2025
弘前れんが倉庫美術館館長の木村絵理子をキュレーターとして迎え、青森県に縁のある現代アーティストたちの作品を紹介する展覧会「Made in 青森 ―自然と歴史の交差点」が東京・表参道のOMOTESANDO CROSSING PARKにて開催。
青森県出身や在住、あるいは青森で制作を行うアーティストたちによる作品を通じて、本州最北端の地が持つ自然の豊かさと歴史の奥深さが、現代アートにどのように息づいているかを紹介する。
参加作家は、岩根愛、工藤麻紀子、小林エリカ、⽥附勝、奈良美智、桝本佳⼦、三村紗瑛⼦、吉田真也、L PACK.ほか。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)