公開日:2025年2月14日

「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」(森美術館)レポート。AIとテクノロジーが切り拓く未来のアートとは?

最新テクノロジーを活用した現代アートを多面的に紹介。会期は2月13日から6月8日まで

会場風景より、ルー・ヤン《独生独死一自我》(2022-)

六本木の森美術館「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展が開幕した。会期は2月13日〜6月8日。

本展は、ゲームエンジン、AI、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)などの最新テクノロジーを活用した現代アートを紹介するもの。アルゴリズムや生成AIといった、人間の創造性を拡張する技術を取り入れた作品を通じて、新たな「マシン」時代における芸術の可能性を探る。企画担当は片岡真実(森美術館館長)、マーティン・ゲルマン(森美術館アジャンクト・キュレーター)、矢作学(森美術館アソシエイト・キュレーター)。アドバイザーを畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員)と谷口暁彦(メディア・アーティスト)が務める。

「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」参加作家と企画者

参加作家は、ビープル、ケイト・クロフォード、ヴラダン・ヨレル、ディムート、藤倉麻子、シュウ・ジャウェイ(許家維)、キム・アヨン、ルー・ヤン(陸揚)、佐藤瞭太郎、ジャコルビー・サッターホワイト、ヤコブ・クスク・ステンセン、アドリアン・ビシャル・ロハス、アニカ・イ

キャラクターが演じる人間関係

展覧会は、生成AIが作成した用語解説からスタートする。それぞれのプロンプトは同館のスタッフが作成し、不完全な部分を補うために編集を加えているという。各作品の解説文の下には関連する用語が記されており、それらを通じて作品の背景にある技術やアイデアをより深く知ることができるのだ。

会場風景

来場者を最初に迎えるのは、ウェブを中心に活躍するデジタル・アーティスト、ビープルによるヴィデオ彫刻《ヒューマン・ワン》(2021〜)だ。本作は、メタバースで誕生した「最初の人間」が、絶えず変化する世界を旅する様子を描いた作品で、展覧会ごとに新たなバージョンが制作されている。今回は、本展のために制作された第6章が展示されており、会期中に内容が更新される可能性もあるという。さらに、作品内に隠されたヒントを解読した人のなかから、ひとりだけがビープルのNFT作品を手に入れられる仕組みになっている。

会場風景より、ビープル《ヒューマン・ワン》(2021-)

佐藤瞭太郎は、大学院在学中からインターネット上のデータ「アセット」を素材に、ゲームエンジンを用いた映像制作を開始。本展では、新作映像《アウトレット》(2025)と写真作品のシリーズを出品。アセットのキャラクターが均一化された都市郊外に放たれる光景は、安部公房の短編小説やシュルレアリスムの絵画を思わせるとともに、現代社会における人間の存在や生命の価値を問いかける。感情を持たないはずのキャラクターに、いつの間にか感情移入してしまうような作品だ。

会場風景より、佐藤瞭太郎「ダミー・ライフ」シリーズ
会場風景より、佐藤瞭太郎《アウトレット》(2025)

続くスクリーンでは、ディムートによる実験的インスタレーション《総合的実体への3つのアプローチ》(2025)を展示。AIと人間が対話する《エル・トゥルコ/リビングシアター》、対立するAI同士が議論を交わす《エリスの林檎》、AIが人間の独り言を外在化させる《独り言》の3部で構成されている。部屋の奥に設置されたマイクを使って、観客はAIと会話することができ、機械は日本語と英語のどちらにも対応している。

会場風景より、ディムート《総合的実体への3つのアプローチ》(2025)
会場風景より、ディムート《総合的実体への3つのアプローチ》(2025)

キム・アヨンは、地政学、神話、テクノロジー、未来的な図像が融合した「スペキュラティブ・フィクション」をもとに作品を制作するアーティスト。今回は、ゲーム作品とインスタレーションで構成される《デリバリー・ダンサーズ・スフィア》(2022)を展示。本作は、コロナ禍で注目を集めた配達サービスをテーマに、都市における不可視の存在として、最短距離・最短時間に挑む女性配達員を主人公とする。来場者は実際にコントローラーを使ってプレイできるが、10分以内にクリアしなければならないというルールが設けられている。

会場風景より、キム・アヨン《デリバリー・ダンサーズ・スフィア》(2022)

拡張するアイデンティティと精神性

ルー・ヤンは、仏教的思想を通じて人間の身体と意識に関する問いを投げかけるアーティスト。本展では、2022年から制作している映像シリーズ「DOKU(ドク)」の第1部と第2部を展示する。作家をモデルにしたデジタル・アバターが仏教世界を旅し、「生と死」を問う映像に加え、チベットで出会った師が記した世界平和を願う言葉を示す書も展示。4月に東京で公開される第3部の予告編も合わせて見ることができる。

会場風景より、ルー・ヤン《独生独死一自我》(2022-)
会場風景より、ルー・ヤン《独生独死一自我》(2022-)

壁一面に広がるのは、ジャコルビー・サッターホワイトの《メッター・プレイヤー(慈悲の瞑想)》(2023)だ。サッターホワイトは、新しいテクノロジーを「クィア化」する手段として、アナログ技術とアフロ・フューチャリズム、アフリカ系アメリカ人の解放ビジョンを融合させている。急速に普及するテクノロジーを通じて、マイノリティ文化の歴史やアイデンティティを再解釈し、次なる自己表現のかたちを模索している。

会場風景より、ジャコルビー・サッターホワイト《メッター・プレイヤー(慈悲の瞑想)》(2023)

テクノロジーの進化と創造性の境界を探る

黄色い照明に照らされた部屋に置かれているのは、VRゴーグルをつけたブイ。その揺れに合わせて、スクリーンに映し出される海中の映像も緩やかに動く。シュウ・ジャウェイの《シリコン・セレナーデ》(2024)は、現代のデジタル製品に不可欠なシリコンを砂浜から採取できるという着想から、バーチャルな海辺や水中でのチェロ演奏、台湾のAI専用チップ研究施設の映像を、生成AIによる音楽とともに構成し、最新テクノロジーを素材から考察する。

会場風景より、シュウ・ジャウェイ《シリコン・セレナーデ》(2024)
会場風景より、シュウ・ジャウェイ《シリコン・セレナーデ》(2024)

藤倉麻子は仮構の都市で巨大な工業品が生き物のように動く映像を3DCGで制作している。幼少期を過ごした都市郊外の高速道路やインフラに対する関心が反映された作品は、都市空間を規格化する目に見えないルールを解き明かすものだ。新作《インパクト・トラッカー》(2025)は、青森県下北半島の運河計画を手がかりに制作されている。

会場風景より、藤倉麻子《インパクト・トラッカー》(2025)

ヤコブ・クスク・ステンセンの《エフェメラル・レイク(一時湖)》(2024)は、映像、音響、光るガラス彫刻で構成され、カリフォルニアのデス・バレーとモハーベ砂漠で採取した動植物や風景のデータをもとに仮想の湖とその生態系を創り出している。スクリーンに映し出される映像はゲームエンジン内でリアルタイムに生成されるため、つねに変化を楽しむことができる。

会場風景より、ヤコブ・クスク・ステンセン《エフェメラル・レイク(一時湖)》(2024)

技術と想像力の先あるもの

アニカ・イは、生物学とテクノロジーの流動的な関係を探索し、独自のアートを実践してきたアーティスト。本展では、アルゴリズムを用いた「絵画」シリーズとインスタレーションを出品。絵画の伝統的な概念や人間の知性が及ぶ範囲にテクノロジーを通して問いを投げかけている。

アドリアン・ビシャル・ロハスは、手続き型生成(アルゴリズムの処理による生成)とAIを基盤にしたソフトウェア「タイムエンジン」を使い、シミュレーションされた環境をモデリングし、3Dプリンターで彫刻を作成している。不思議なかたちを「想像力の終焉」シリーズは、人間の想像力の限界を問う作品である。

会場風景より、アドリアン・ビシャル・ロハスの作品

展覧会を締めくくるのは、AIとその影響に関する研究で国際的にリードするケイト・クロフォードと、ICT研究者でアーティストのヴラダン・ヨレルによる《帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降》(2023)。全長24メートルの「地図」は、16世紀以降のテクノロジーと権力の歴史を描き、テクノロジーの歴史的・政治的文脈をあらゆる方向から学ぶことができる。

最先端技術と創造性の境界を広げる本展。テクノロジーが拓くアートの未来を体験できる貴重な機会になりそうだ。

会場風景より、ケイト・クロフォード、ヴラダン・ヨレル《帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降》(2023)

ハイスありな(編集部)

ハイスありな(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。研究分野はアートベース・リサーチ、パフォーマティブ社会学、映像社会学。
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