香港の大規模ミュージアムM+(エムプラス)が、計画開始から10年以上の歳月を経て11月12日、ついに開館した。当初の開館予定は2017年。そこから工事の遅れなどで幾度の延期を経ての待望のオープンとなった。
ロンドンのテート・モダン、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、パリのポンピドゥー・センターなど世界的な美術館に匹敵する美術館を目指して作られたM+は、20〜21世紀のヴィジュアル・アート、デザイン、建築、映像を中心に収集と展示を行い、アジア初のヴィジュアル文化のグローバルミュージアムであると標榜する。世界中のアートファンの注目が集まる同館の様子を紹介する。
M+は、香港のなかでもアートや文化のハブとして開発が著しい西九龍文化区、ビクトリア・ハーバーのウォーターフロントに位置し、総面積は6万5000平米。そのうち展示空間は1万7000平米、33ギャラリーにも及ぶ。
話題の建築は、プラダの東京旗艦店やテート・モダンなどを設計したスイスの建築事務所、ヘルツォーク&ド・ムーロンが、同じく国際的建築事務所のTFPファレルズ、エンジニアリング会社のアラップの協力を得て設計。来場者はゆるやかにつながる各空間をスムーズに移動できる。建物のファサードには、コレクション作品や特別なコミッション、美術館に関するコンテンツを表示するためのLEDシステムが設置されており、きらびやかな香港の夜景でも一際強い存在感を放つ。
建物内にはリサーチセンター、マルチメディアライブラリー、レストラン、映画館など、作品鑑賞のみならず、教育や研究、エンターテインメント施設としての多様な機能を備える。
M+が2012年より集めてきたコレクションの一部が披露されるオープニングは、アジアを中心に世界各地のヴィジュアル・アート約1500点を紹介するという大規模なもの。1960年代から現在までの香港の変貌と独自の文化を紹介する「Hong Kong: Here and Beyond」、スイスのビッグコレクター、ウリ・シグ(Uli Sigg)の寄贈コレクションを通して1970年代から2000年代までの中国美術を振り返る「M+ Sigg Collection: From Revolution to Globalisation」、アジアの視点から戦後の国際的なヴィジュアル・アートを語る「Individuals, Networks, Expressions」など核となる6のテーマ展が開催される。
そのなかから、いくつかのコレクション作品を紹介していこう。
アーティストの巨大なセルフ・ポートレイトと、編み物をする手が映された小さなスクリーン、それらを結ぶコットンやリネンの組み紐。《Braiding》は、長いあいだ、社会における女性の役割に「紐付け」られた仕事である編み物や織り物と、中性的なセルフ・ポートレイトを通して、ジェンダーに対する先入観を考えさせる作品。
世界的なインテリアデザイナーと知られる倉俣史朗。同作家がデザインを手がけ1988年に新橋にオープンした寿司屋「きよ友」が、外観内観ともに再現。緩やかなカーブを描き障子を連想させる天井や、青と赤のラインが配された扉によって、日本の伝統とモダンさが同居する空間が生み出されている。
トランクの箱を意味する本作は、デュシャンの80個にも及ぶ作品のレプリカをトランクに収め、「持ち運び可能な美術館」として作品化したもの。展示ではその内部や関連する写真も展示される。
アントニー・ゴームリーが世界各地で行ってきた彫刻プロジェクト《Field》のアジアバージョン《Asian Field》は、中国・広州で制作された。住民約300人を招いてゴームリーが提示した条件は、「手のひらサイズ」「直立できること」「目が2つあること」の3つだけ。300人によって、約20万個の粘土彫刻が作られた。
コレクションは、著名アーティストの作品だけではない。街並みの一部として、また映画や小説を通じて香港を象徴するものとして認知されてきたネオンサイン。文化的な重要性を紹介するだけではなく、都市化する街から消えゆくネオンサインを保存することも目的に掲げて収蔵された。
今回のM+開館に際して、テート、MoMAなど各国の美術館関係者が祝福のコメントを寄せた。森美術館館長の片岡真実は、「M+をグローバルなミュージアム・コミュニティ、とくにアジア太平洋地域のミュージアム・コミュニティに迎え入れることができ、感無量です。アートは人間の生活に欠かせないものであり、美術館は自分が生きていることを実感できる場所です。世界はかつてないほどの困難と複雑さに直面していますが、M+が満開になることで、より良い未来に向けて、美術館の使命をともに達成できると確信しています」として、M+が今後のアジアミュージアム・コミュニティを盛り上げるための重要な一員となることに期待を示している。
中国を中心に、アジアや日本の美術作品の収集も積極的に行うM+は、今後アジアの美術館のハブとなっていくのだろうか。ついに本格始動したM+の今後に注目が集まっている。