公開日:2024年9月19日

「LOVEファッション―私を着がえるとき」(京都国立近代美術館)レポート。装いへの尽きない偏愛、時代と私的な物語の共鳴(文:Naomi)

会期は11月24日まで。2025年にかけて熊本・東京でも巡回展を実施。

Chapter 4「自由になりたい」展示風景 撮影:筆者

京都・岡崎公園内にある京都国立近代美術館(MoMAK)で、京都服飾文化研究財団(KCI)とのコラボレーションによる特別展「LOVE ファッション ─私を着がえるとき」が開催されている。会期は9月14日〜11月24日。

ファッションと現代美術を通して、装う「私」への問いを試みる

KCIは1978年に京都で設立。国内外の服飾と文献の収集、保存、研究、公開を行い、世界的に知られる専門機関だ。ファッションがテーマの企画展を美術館で実施することが非常に珍しかった1980年から、京都国立近代美術館と5年に1度、特別展を企画・開催してきた。

京都国立近代美術館 撮影:筆者

9回目となる本展のテーマは、「LOVE」。

装うことへの愛情や情熱、こだわり、憧れや願望だけではなく、私たちの心の奥にひそむ欲望、葛藤、矛盾など、一筋縄ではいかない「LOVE」を受け止めてきた存在としてのファッションを、18世紀から現代までの衣服作品と5つのチャプターで巡る構成だ。

Chapter 1「自然にかえりたい」展示風景 撮影:筆者

加えて、ファッションブランドが企画・開催する展覧会と本展が似て非なるのは、衣服を通してだけではなく、現代美術の作家らによる多種多様な表現をキュレーションし、装う「私」という存在への問いを試みている点だ。現代美術もファッションも、‟いま” という時代を起点にした表現であることを再認識させられる。また、国内外の文学作品などから引用されたフレーズの数々も、展示空間を巡る鑑賞者の思考を立ち止まらせ、大いに刺激を与えている。

会場風景より、松川朋奈《いつになったら、満足できるのだろう》(2024、作家蔵) 撮影:筆者

美への情熱と欲望、執着と狂気性

横山奈美の絵画作品《LOVE》で幕を開けるChapter 1「自然にかえりたい」は、様々な時代に作られた動物の毛皮素材や、華やかな草花のモチーフを豪華な刺繍であしらった18世紀の男性用ウエストコート、2000年代以降のワンピースやドレスなどを展示する。

Chapter 1「自然にかえりたい」展示風景 撮影:筆者

たとえば、人類が最初に手にした衣服とも言える動物の毛皮、20世紀前半に流行した鳥の羽根や剥製が飾り付けられた帽子の数々は、一目でリッチで豪華なことがわかる。

いっぽうで、2001年の創業時より、動物愛護と環境保全、サステナビリティの観点から、動物由来の素材を使ってこなかった「STELLA McCARTNEY(ステラ マッカートニー)」の登場は、私たちの倫理観を変化させ、素材の技術革新を後押ししただろう。

会場風景より、左から、STELLA McCARTNEY(ステラ マッカートニー)フェイクファーのコート(2015年秋冬、KCI蔵)、Bottega Veneta(ボッテガ・ヴェネタ/ダニエル・リー)赤いラム・ファーのコート( 2021年秋、KCI蔵) 撮影:筆者

しかしそれでも、動物の毛皮に魅せられてしまうのはなぜか。そして、同じ動物由来の素材なのに、毛髪を三つ編みにしてより合わせたドレスには、強烈な違和感と狂気性を感じてしまうのはなぜだろうか。

続くChapter 2「きれいになりたい」でも、美への情熱と欲望、執着と狂気性が、紙一重であることを考えずにはいられない。顔より大振りな袖、コルセットによって締め上げられたウエスト、歩けないほど広がったスカートや高さのあるヒールレスシューズなど、美しいフォルムを追い求めた様々な衣服や小物が並ぶ。

会場風景より、小谷元彦《ダブル・エッジド・オヴ・ソウト(ドレス2)》(1997、金沢21世紀美術館蔵) 撮影:筆者
Chapter 2「きれいになりたい」展示風景 撮影:筆者

そのなかで、ステレオタイプな美の観念に一石を投じたのが、川久保玲による「Comme des Garçons(コム・デ・ギャルソン)」が、1997年春夏に発表した「Body Meets Dress, Dress Meets Body」コレクション、通称「こぶドレス」だ。誰も見たことのなかったフォルムの登場と、ファッション史における重要性は、四半世紀を経たいまも揺るがないだろう。

会場風景より、Comme des Garçons(コム・デ・ギャルソン/川久保玲)トップ、スカート (1997年春夏、いずれもKCI蔵) 撮影:筆者

「ありのまま」の自分とは何か

誰もが日々、社会のなかで様々な役割を担い、TPOをわきまえて装ういっぽうで、2000年代以降のボディ・ポジティブやボディ・ニュートラルな考え方、ありのままの自分を受容しようとするムーブメントも続いている。

Chapter 3「ありのままでいたい」では、1990年代に多くの共感を集めたヴォルフガング・ティルマンスが、2000年に発表したインスタレーションと、ありのままの身体を表出させるアンダーウェアから着想し、ほぼ同時代に発表された「Helmut Lang(ヘルムート・ラング)」のアイテムなどを展示。

会場風景より、ヴォルフガング・ティルマンス《Kyoto Installation 1988-1999》部分(2000、京都国立近代美術館蔵) 撮影:筆者

また、同世代の女性たちのインタビューを題材に、彼女たちの日常や内面を写実的に描き出す松川朋奈の絵画は、年齢とともに属性が変化するなかで、「ありのままの自分」とは、「ありのままに生きる」とは何かを問いかけているように見える。

Chapter 3「ありのままでいたい」展示風景 撮影:筆者

コム・デ・ギャルソンと『オルランド』

白を基調にした空間から一転、Chapter 4「自由になりたい」では、黒の空間に6体のトルソーが登場。川久保玲が手がけた「Comme des Garçons」と「COMME des GARÇONS HOMME PLUS(コム・デ・ギャルソン オム・プリュス)」の2020年春夏コレクションのルックだ。背景のスクリーンには、川久保が初めて衣装デザインを担当した、ウィーン国立歌劇場でのオペラ作品『Orlando(オルランド)》(2019)のダイジェスト映像が流れる。

Chapter 4「自由になりたい」展示風景 撮影:筆者

オペラ作品は、1928年にヴァージニア・ウルフが発表した同名小説を元に、脚本、演出、作曲、衣装の全てを女性が手がけた。川久保は、主人公が性別や身分を越境しながら経験する、300年にわたるアイデンティティの変容を、衣服を「着がえる」描写で表現した。また、コレクションのテーマを予め明かしたのは、後にも先にもおそらくこの時だけ、という歴史的なシーズンでもあった。展示室でぜひ追体験してほしい。

そして、本展を締めくくるChapter 5「我を忘れたい」は、誰もが抱く‟こんな服が着てみたい” ‟あの服を着たらどんな気持ちだろう”という願望や期待、または欲しかった服に袖を通したときの高揚感を想起させる作品が並ぶ。

Chapter 5「我を忘れたい」展示風景 撮影:筆者
Chapter 5「我を忘れたい」展示風景 撮影:筆者

トルソー同様にライトアップされた、AKI INOMATA の《やどかりに「やど」をわたしてみる》に登場するヤドカリの「やど」には、着替えることで「私」を改め、違う「私」に変わろうと望む人間の心理が思わず重なる。

会場風景より、AKI INOMATA 《やどかりに「やど」をわたしてみる-Border-(東京)》(2015、作家蔵) 撮影:筆者

熊本市現代美術館と東京オペラシティアートギャラリーで巡回展

コレクション展を行う上階へ続く展示は、カラフルなチュール素材が身体を覆う「Yoshio Kubo(ヨシオクボ/久保嘉男)」のルックや、ふわふわとしたポリエステル・オーガンジーでできた「Tomo Koizumi(トモ・コイズミ/小泉智貴)」のドレスなどと、原田裕規のヴィデオインスタレーションによって幕を閉じる。

なお本展は2024年末から25年春にかけ、熊本市現代美術館東京オペラシティ アートギャラリーへの巡回が予定されているが、「Tomo Koizumi」と「Worth(ウォルト/ジャン = フィリップ・ウォルト)」のドレスは、京都会場のみの展示だ。

会場風景より、Worth(ジャン = フィリップ・ウォルト)ドレス、ヘッド・ドレス、ドレス・オーナメント (1912年頃、いずれもKCI蔵) 撮影:筆者
Chapter 5「我を忘れたい」展示風景 撮影:筆者

パンデミックを経て、再びオフラインの日常が戻って久しい。日本の夏はいっそう過酷になり、四季もはっきりしなくなりつつある。日々、何を着たらいいのか頭を悩ませ、振り回されるような気分にもなる。

それでも、本展を巡って再認識するのは、どんな時もどこにいても、ファッションが私たちの日常を彩り、楽しさやときめきを、奥底に秘めた欲望や執着を、体現してくれる存在ということだ。

ファッションというフィルターを通して現れた様々な「LOVE」とともに、これからの私たちは装うことから何を考え、どうありたいと望み、生きていくのだろうか。

Chapter 1「自然にかえりたい」展示風景より 横山奈美《LOVE》(2018、豊田市美術館蔵) 撮影:筆者

Naomi

アートライター・聞き手・文筆家。取材して伝える人。服作りを学び、スターバックス、採用PR、広報、Webメディアのディレクターを経てフリーランスに。「アート・デザイン・クラフト」「ミュージアム・ギャラリー」「本」「職業」「生活文化」を主なテーマに企画・取材・執筆・編集し、noteやPodcastで発信するほか、ZINEの制作・発行、企業やアートギャラリーなどのオウンドメディアの運用サポート、個人/法人向けの文章講座やアート講座の講師・ファシリテーターとしても活動。学芸員資格も持つ。