2023年3月より国立新美術館、6月より京都市京セラ美術館で「ルーヴル美術館展 愛を描く」が開催される。同展は、多彩なコレクションを誇るルーヴル美術館のコレクションから「愛」の表現に特化してセレクトしたもの。18 世紀フランス絵画の至宝ともいうべきジャン=オノレ・フラゴナール《かんぬき》、フランス新古典主義の傑作であるフランソワ・ジェラール《アモルとプシュケ》をはじめ、74点の名画が揃う。
愛のプロローグは、古代ギリシア・ローマとキリスト教という二大源流にさかのぼる。ルネサンス以降の西洋の画家たちは、古代神話や聖書や聖人伝から題材を得て作品を描いたが、そこには、ギリシアの哲学者たちが思考したエロス(性愛・恋愛)の世界が反映している。恋愛感情を植え付ける矢を放つキューピット、最初の人間であるアダムとその妻であるエバの姿などから、西洋における愛の起源が示される。
ギリシア・ローマ神話では神々や人間の愛が数多く表現されてきた。アントワーヌ・ヴァトーの《ニンフとサテュロス》に描かれる神々や人間が意中の相手の無防備な寝姿を一方的に眺める場面には「眼差し」を通して示される男性的な欲望の表現を見いだすことができるだろう。いっぽう、女性から男性の誘惑を描いたのがドメニキーノの《リナルドとアルミーダ》では、外見の美しさや性的魅力、あるいは魔力や妖術を用いて男性を誘惑。(まんまとそれに引っかかったようにも見える)2人の騎士が緑の茂みの向こうに描かれているのもポイント。
キリスト教の愛において重要な位置を占めるのが、孝心をはじめとする親子愛。愛する者を「所有する」ギリシア・ローマ神話の愛とは対照的に、そこでは愛する者のために「自分を犠牲にする愛」が見いだされる。聖母マリアと幼子イエスを中心に据えた「聖家族」の絵画が教会だけでなく個人の祈祷用としても盛んに描かれるようになり、人々はこうした作品に自分の家族を重ね合わせたかもしれない。それに対して「キリストの磔刑」に込められた「受難」のテーマには、神への愛のためなら苦痛も死も厭わないという厳しい側面も。
時代が下り、17 世紀のオランダ、18世紀のフランスでは現実世界に生きる人間たちの愛が盛んに描かれるように。オランダの風俗画では、身分や年齢を問わず、様々な男女の人間味あふれる愛の諸相が描かれ、フランスでは、「フェット・ギャラント(雅なる宴)」の画題が流行し、上流階級の男女が会話やダンスをしながら、誘惑の駆け引きに興じる優雅な場面が人気を得た。さらに18世紀後半になると啓蒙思想の発展とブルジョワ階級の核家族化を受けて、結婚や家族に対する考え方が変化。夫婦間の愛情や子どもへの思いやりといった感情の絆が尊重されるようになり、画家たちも夫婦や家族の理想的関係を描くようになっていった。
1789年のフランス革命の勃発を受けて身分制が解体されたフランス社会では、結婚に際して、身分や家柄ではなく、愛情に基づく絆を重視する傾向が次第に強まっていく。フランソワ・ジェラールの傑作《アモルとプシュケ》に見られるような純朴な若者たちが愛を育むというロマンティックな牧歌的恋愛物語が文学でも美術でも流行。また、そういった作品に描かれる思春期の若者特有の両性具有的な身体は、しばしば男性裸体の理想美の表現に結びつけられていき、クロード=マリー・デュビュッフの《アポロンとキュパリッソス》は、男性同士の愛の物語に題材を得た好例と言えるだろう。
神、信仰、家族、近代的なロマンティック・ラヴの予兆など、人間にとって愛は身近でありつつ複雑で厄介なものでもある。これらの名画を通して、「愛」を多角的に考えてみることもできそうだ。
*展覧会のレポートはこちら(追記)